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第14話ーシトリナ・アレキペンシスー

カタフィギオの会議で使う円形のテーブルが置かれた会議場。そこに到着した者たちが居た。私が入ると、皆が一斉に頭を下げる。ハイラムが私を促し、あのタペストリーの前に立つ。リビウスは私に続いて入って来て、私のすぐ傍に立った。入った瞬間に感じた違和感。私の前に膝を付く者たちを見て、その違和感の正体に気付く。


一人だけ、髪の長い者が居る。


ここ、カタフィギオに逃げ延びて来る者たちのほとんどが男性だ。反乱を起こす者自身が戦うのだから、それは当然だと思って来た。けれど、今、目の前に居る者たちは一人の女性を守るように男性が配置されている。きっとどこかの御令嬢なのだろうと一瞬そう思ったけれど、良く見れば彼女の腰には剣があった。彼女も戦って来た、という事なんだろうか。令嬢なのに剣を持っている事自体が特異だと感じる。

「お初にお目にかかります、私はシトリナ・アレキペンシスと申します。」

男性に囲まれている令嬢がそう言う。

「シトリナ嬢、お顔を上げて。」

私がそう言うと、シトリナ嬢が顔を上げる。整った顔、ブラウンの豊かな髪と翠眼が印象的だ。シトリナ嬢は私を見て、また目を伏せる。

「皇女様におかれましては、そのお噂を耳にしておりました。」

そして再び視線を上げ、私を見る。

「お会い出来た事、嬉しく思います。」

彼女の態度も言葉も、騎士の振る舞いそのものだ。きっとシトリナ嬢は子女であっても、周囲の慣習とは別のところで生きて来たのかもしれない。

「アレキペンシス家は皇国の侯爵家でございました。」

ハイラムが私にそう耳打ちする。幼い頃の記憶が蘇る。アレキペンシス家、その名を聞いた事があった。

「シトリナ嬢、あなたの周囲に居る者たちは?」

そう聞くとシトリナ嬢が言う。

「この者たちは私の侍従、そして護衛の者たちでございます。」

シトリナ嬢が自身の右隣に居る者を見て、言う。

「この者は私の弟、フォステリにございます。」

シトリナ嬢がそう言うと右隣に居た男性が顔を上げる。その顔はシトリナ嬢に良く似ている。

「フォステリと申します。」

まだ少し幼い印象。

「アレキペンシス家の者はシトリナ嬢とフォステリの二人のみ、ですか?」

そう聞くとシトリナ嬢が頷く。

「はい、父上は先の反乱の咎により、処刑され、母上もまた、同じように……」

文字通り、命からがら逃げ延びて来た、という事だろう。

「皆、無事にここへたどり着いた事、嬉しく思います。今日のところは疲れているでしょうから、ゆっくり休むように。」

私がそう言うと、シトリナ嬢がその懐に手を入れ、何かを取り出す。取り出されたそれは何かが書かれた羊皮紙。

「これを皇女様に。」

そう言ってシトリナ嬢がそれを差し出す。ハイラムがそれを受け取る。

「私が先に確認をしても良いでしょうか。」

ハイラムが私にそう聞く。

「えぇ、確認して頂戴。」

そう言うとハイラムがその羊皮紙を開き、中身を確認する。

「これは……」

そう言って私にその紙を差し出す。そこに書かれていたのは皇城内の構造図のようだ。

「これは?」

そう聞くとシトリナ嬢が言う。

「それは皇城内の隠し通路が書かれたものにございます。」

隠し通路……そう言えば遠い記憶の中に、そんなものがあったような気がする。

「私の父は侯爵家当主でした、そして皇帝に目をかけられ、皇城内に良く行っていました。」

だから今の皇城内の事には詳しい、という事だろう。

「その情報は父から私に渡されたものです。私が生き延び、まことしやかに囁かれている皇女様にお会い出来たら、渡すように言われていたものです。」

私は私の後ろに立っていたリビウスにその羊皮紙を渡す。

「見覚えは?」

そう聞くとリビウスが羊皮紙を見ながら言う。

「あぁ、知っているものもあるが、知らないものもあるな。」

低く響く声。私はリビウスからその羊皮紙を受け取る。振り返った時、私の視界の中に居たシトリナ嬢の表情を見て、少し驚く。シトリナ嬢は言葉を発したリビウスを見て、その動きを止めている。

「シトリナ嬢……?」

声を掛けるとシトリナ嬢はハッとして、視線を下げる。

「申し訳ございません。」

それを見て思う。そうか、シトリナ嬢はもしかしたらリビウスの事を知っているのかもしれない。

「ハイラム。」

私が呼ぶとハイラムが私のすぐ横に来る。

「はい、ミア様。」

そう返事をしたハイラムに言う。

「シトリナ嬢と話をしたいの。皆を下がらせて貰える?」


◇◇◇


その会議場に私とシトリナ嬢、そしてリビウスとハイラムを残し、皆が退席した。私は皆に席を勧めて、自分も座る。シトリナ嬢はずっと俯いている。

「シトリナ嬢。」

呼び掛けるとシトリナ嬢が顔を上げる。

「はい、皇女様。」

シトリナ嬢は私を見て、そして私の横に座っているリビウスを見る。

「あなた、リビウスの事をご存知ね?」

そう聞くとシトリナ嬢が言う。

「リビウスという名に覚えはありませんが……その方が皇国の英雄として、皇都で凱旋していたのを覚えています…」

やはり、そう思う。シトリナ嬢はリビウスの事を知っていたんだわ。でも、それでも何か解せない感じがした。何かが引っ掛かるような、そんな気がして、心がざわめく。

「皇都ではかなり有名でしたし……その……やはり、その見目麗しさもあり……」

そう言ったシトリナ嬢は頬を染めている。それを見て私は気付く。


あぁ、そうか。シトリナ嬢はリビウスに想いを寄せているのね……


そう自覚した途端、私の胸がチクッと痛んだ。でも今はそんな事を気にしている余裕は無い。

「リビウスという名は私が付けたのです。彼はここへ来た時、瀕死の重傷でした。そして記憶も失くしていたのです。」

私がそう言うとシトリナ嬢は顔を上げ、リビウスに聞く。

「大丈夫なのですか?!」

リビウスが私に視線を送る。私が頷いて見せるとリビウスが言う。

「大丈夫です、ご心配には及びません。」

私たちの視線のやり取りを見ていたシトリナ嬢はハッとして言う。

「申し訳ございません……」

ずっと見ていたハイラムが口を挟む。

「シトリナ嬢、皇女様の御前です。私情は慎むべきだ。」

ハイラムの厳格な口調が、シトリナ嬢の失礼さを物語っている。

「良いのよ、ハイラム。」

私はそう言って微笑む。

「心配をするのは悪い事では無いわ。」

ハイラムは眉間に皺を寄せて言う。

「私はその心配の根拠となっている私情の事を言っているのです。」

そう言うハイラムは本当に、自分の感情と現状とを引き離して考える事の出来る人物だ。だからこそ、ここカタフィギオの統括が完璧に出来るのだろう。

「ここは最果ての地、エンドオブグリーンです。皇都からは離れているこの土地では、彼の事を知っている者はほとんど居ません。なので、シトリナ嬢、あなたにもリビウスの事は口外しないで欲しいの。」

私がそう言うとシトリナ嬢が頷く。

「もちろんです。口外致しません。」

そう言った彼女の瞳にはリビウスしか映っていなかった。


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