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第15話ーシトリナ嬢の画策ー

会議場から出ると、ミアに一人の男が近付いて来て言う。

「皇女様、少しお時間を頂けますか。」

何だか俺が聞いてはいけないような事があるらしい事を察する。ミアは俺を見て微笑み、言う。

「リビウス、少し良いかしら。」

俺は微笑んで言う。

「あぁ、構わない。俺は少し休ませて貰うよ。」

ついさっき、ハイラムと向かい合った時に、フラッシュバックのように押し寄せて来た記憶。そのせいで少し頭痛がしていた。

「場所は分かるか?」

ハイラムがそう聞く。

「あぁ、分かる。」

そう返事をすると、ハイラムが微笑む。

「そうか、じゃあ、部屋で休んでくれ。」

ハイラムを包む雰囲気が変わった事を実感する。俺が倒れ掛かり、ミアに支えられ、光を浴びた後からハイラムは俺に対する態度を改めた。



あの事に何か意味があるのだろうかと考えた時、ふと目に入った会議場のタペストリー。そこには光を発する者と、それを受ける者とが描かれている。光を受けた者はその胸に金色の紋様が入っている。今は俺の胸にもその紋様が薄く浮かび上がっている。タペストリーになる程なのだ、きっと古い言い伝えでもあるのだろう。そう思いながら俺は歩き出す。ここ、カタフィギオの中の居住区へ向かう。

「リビウス様!」

急に呼び止められて振り向くと、そこにはさっきの会議場で一言、言葉を交わしたシトリナ嬢が居た。シトリナ嬢は俺に駆け寄って来る。俺の目の前まで来ると、その手を伸ばし、俺の腕に触れる。

「お怪我は……大丈夫なのですか?」

ほんの少しシトリナ嬢の指先が俺の腕に触れただけだったが、俺はそれを不快に思った。俺はシトリナ嬢が触れた腕をほんの少し引いて、言う。

「えぇ、大丈夫です。」

自分でも何故そうしたのか、分からない。でも不快に感じたのだ。

「あの、よろしければ、ご一緒しても?」

そう聞くシトリナ嬢を見る。シトリナ嬢は俺を見上げ、微笑んでいる。俺はそんなシトリナ嬢に言う。

「申し訳無いが、それは出来ません。」

そしてシトリナ嬢を見下ろして言う。

「一人になりたいので、失礼。」

そう言って歩き出す。歩きながらシトリナ嬢が触れた腕を擦る。ミアが俺に触れた時には感じない、ぞわっとした不快感。鳥肌が立つ程、俺は彼女に触れられたくないらしい事を自覚する。


◇◇◇


部屋に入り、ベッドに横になる。あの光はリナリアの光の加護だと教えて貰った。リナリアの力……。記憶の中にある皇都や皇城は俺にとっては悪夢そのものだ。そこから逃げ出す度に俺は躾られたのだ。自身の体を見る。薄く白く残った鞭打ちの傷痕。心なしかその傷痕も少し薄くなった気がする。そして何よりも俺の左胸に薄く残る紋様。何の紋様なのだろうか……。


そしてミアに助けて貰ってからの事を思い返す。ミアは俺の体を拭き、食事の手助けをし、更にはリナリアの力の加護を与えてくれた。あの光に包まれる度に俺は自身の傷が癒えて行くのを感じていた。体の傷も心の傷も。ミアと共に居ると何故か心が落ち着き、それと共に心がざわめいた。


美しく強い女性だ。凛としていて、自身の皇女としての振る舞いもちゃんと心得ている。カタフィギオをハイラムに任せていると言ってはいるが、彼女自身がちゃんと把握も出来ている。生まれ持った資質というべきだろう。今の皇帝があの炎帝ロベルトでは無く、ミアだったら……きっとこの国は争いも無く、平和な国になっていただろうと容易に想像出来た。


きっと民の為ならば、あの炎帝ロベルトでは無く、賢帝となるであろうミアの方が相応しい。そんな事は誰が見ても明らかだ。


ここに俺が居ても良いのだろうか。俺が逃げ出した後の皇都の事は分からない。だがあの炎帝の事だ、俺の事を血眼になって探しているだろう。ここへ来る間の記憶はほとんど無い。皇都から逃げる事だけを考え、追手からの追従を躱し、水だけしか口に出来ない日もあった。


ふとフラッシュバックする記憶……。俺に唯一居た味方……。炎帝に与えられた屋敷に居た執事のトラヴィス……。トラヴィスには俺が心を開かなかった。きっとあの炎帝が俺に付けた監視役の一人だろうと思っていたからだ。でもトラヴィスはそんな俺にも優しかった。俺が姿を消した事でトラヴィスに悪い影響が無ければ良いが……。


◇◇◇


「ハイラム様、あの者はやはり、言い伝えの……?」

そう聞いて来たのはソーハンだ。ソーハンは私の右腕として、ここカタフィギオを仕切ってくれている。

「あぁ、恐らく言い伝えの“英雄”で間違いないだろう。」

タペストリーに描かれている伝説の英雄。光を放つ者からその光を一身に受け、その胸に金色の紋様を浮かび上がらせた者……。


━━ 金色の紋様を持つ者が平和へと導く ━━


この国にはいくつかの言い伝えがある。あのタペストリーに描かれているのはそのうちの一つだ。そして私はその言い伝えの人物では無かった……その事実が私の心をほんの少し締め付けたが、本物の英雄が現れたのなら、それが正しい道だ。私の思いや私の心情などは捨て置くべきだろう。


そして皮肉にも、あの者は皇都では偽の英雄として祭り上げられていたと、先程、ミア様から聞いた。


偽の英雄だった男は、ここカタフィギオで、エンドオブグリーンで、まるで運命に導かれるように、ミア様からリナリアの光の加護を受け、その胸に金色の紋様を浮かび上がらせたのだ。


運命とはなんと皮肉なものだろうか。


あの炎帝自らが選び出した者が、自身を滅ぼす者になるかもしれないのだ。


◇◇◇


「ミア様、そろそろお戻りにならないと。」

シャネスがそう言う。

「えぇ、そうね。」

山小屋への移動を考えたら、そろそろ戻らないといけない。

「リビウスは?」

そう聞くとシャネスが言う。

「ハイラムの部屋に。」

ハイラムの部屋に向かう。リビウスは一人で休んでいるのだろうか。眠っているかもしれない。そんな事を考えながらハイラムの部屋に入った私は、入った瞬間に驚いた。


目の前でシトリナ嬢がベッドに横になっているリビウスに顔を近付けていたからだ。


扉が開いた音にすぐさま反応したシトリナ嬢は、体をリビウスから離し、俯く。

「何をしているのですか!」

そう大きな声で言ったのはシャネスだった。その大きな声で眠っていたリビウスが目を覚ました。リビウスは何が起こっているのか、理解が出来ないようで、ベッドの傍に立っているシトリナ嬢と部屋の入口に居る私とシャネスを代わる代わる見ている。

「何が、あったんだ?」

リビウスがそう聞く。そしてシトリナ嬢を見て聞く。

「何故、あなたがこの部屋に居るのです?」

聞かれたシトリナ嬢は何も言わずにただ俯いている。


彼女は一体、何をしていたんだろう。何かをしようとしたのか、した後だったのか……。


シャネスが私に耳打ちする。

「ミア様、私が出てもよろしいですか?」

そう聞かれて私は溜息をついて頷く。

「えぇ。」

そう私が許可を出すと、シャネスが私の前に立ち、俯いているシトリナ嬢に言う。

「何をしていたのか、話しなさい。」

シトリナ嬢は顔を上げて、そんなシャネスを一睨みする。

「あなたに申し上げる事は何も無いわ。」

それを見ていて思う。あぁ、この人もきっと生粋の貴族なのでしょうね、と。


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