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第16話ー恋の妙薬ー

貴族はその身分や出自、血筋を重んじる。私に付いてくれているシャネスは元は平民だ。その剣の腕を見込まれ、私の護衛兼侍女を務めてくれている。そして目の前のシトリナ嬢は侯爵令嬢。彼女よりも高貴な身分の人間は皇家の者たちだけ。すなわち、私以外の人間には頭など下げる必要が無いと思っているのだろう。溜息をつき、私が出ようとした時、ベッドに居たリビウスが言う。

「本当に何も言う事は無いのか?」

その声は今まで聞いた事が無いような、冷たい声だった。その声を聞いてシトリナ嬢も驚いている。リビウスはベッドから足を下ろし、立ち上がると、シトリナ嬢を見下ろす。

「それとも、シャネスが侍女だから言う必要が無いと?」

今まで見た事も無いような冷たい眼差し。蔑みとも違う……侮蔑の眼差しだ。シトリナ嬢が答えずにいるとリビウスが言う。

「じゃあ、今度は俺から聞こう、シトリナ嬢。」

一歩踏み出し、シトリナ嬢を冷たく見下ろし、リビウスが聞く。

「俺に何をした? 何をしようとした?」

良く見ればシトリナ嬢の手には何かが握られている。リビウスがシトリナ嬢に手を伸ばし、その手の中にあった物を奪うようにして手に取ると言う。

「シャネス。」

手に取った物をリビウスがシャネスに投げて来る。シャネスがそれを受け止める。シャネスの手の中にあった物、それは小さな小瓶だった。中には薄いピンク色の液体が入っている。シャネスが小瓶の蓋を開け、その匂いを嗅ぐ。

「これは……何かの薬……?」

シャネスがそう呟く。リビウスはシトリナ嬢の腕を掴んだまま聞く。

「あれは何なんだ?」

シトリナ嬢は下を向いたまま、小さな声で言う。

「どうして効かないのよ……」


どうして効かないのか


そう言うという事は、これは何かの薬……?しばらく匂いを確認していたシャネスが不意に言う。

「……秘薬ね。」

そう言って小瓶の蓋を閉じる。

「秘薬?」

私がそう問うと、シャネスが言う。

「はい、これは、その、恋の妙薬と名付けられているものです。」

恋の妙薬……。

「これを意中の相手に飲ませ、飲んだ後、一番最初に目に入った人物に恋のような錯覚をさせる、そういうものです。」

つまりシトリナ嬢はこれをリビウスに飲ませ、自分を最初にその視界に入れる事で、リビウスからの好意を自分に向けようとした、という事……。それを聞いた途端、リビウスはシトリナ嬢の腕を投げ捨てるように離し、シトリナ嬢から離れる。

「ハイラム!」

シャネスが大きな声でそう言う。すぐにバタバタと足音がして、入口にハイラムが駆け付ける。

「どうした?」

ハイラムはそう聞きながら、私に頭を下げる。

「何かございましたか、ミア様。」

私は何かを言う気も失せていた。シャネスが言う。

「この者を捕らえてください。」

シャネスがシトリナ嬢を見ながらそう言う。ハイラムが驚いている。無理も無いだろう。私が頷いて見せると、ハイラムが小さく頷き、シトリナ嬢に近付く。

「何よ! 何も起こらなかったのだから、罪では無いわ!」

シトリナ嬢がそう叫ぶように言う。ハイラムは構わずにシトリナ嬢に近付いて行く。

「来ないで! 来ないでよ!」

そう言ってシトリナ嬢が腰に下げていた短剣を抜き、自身の首にその短剣を突き付ける。ハイラムが足を止め、シトリナ嬢に言う。

「止めろ、下ろすんだ。」

ハイラムがそう言う。

「来ないで、一歩でも近付いたら、このまま喉を突いてやる!」

その様子を見て、私は息を付き、歩き出す。

「来ないで! 来ないでったら!」

私は歩みを止めずにそのままシトリナ嬢の前まで行く。

「愚かな真似は止めなさい。」

そう言って短剣を握っている手に触れる。私の指先からふわっと光が発生し、見る見るうちにその光がシトリナ嬢を包む。シトリナ嬢は光に包まれ、短剣を握っていた手の力が抜けたのか、短剣を落とす。すぐさま、ハイラムがシトリナ嬢を捕える。シトリナ嬢は泣き出していた。


◇◇◇


ハイラムに連れられシトリナ嬢が部屋を出て行く。息をつき、リビウスを見る。

「大丈夫?」

そう聞きながらリビウスを見る。リビウスの顔色は真っ青だった。

「シャネス、ハイラムに事情の説明を。」

私がそう言うとシャネスが頷いて、部屋を出て行く。リビウスはベッドに腰掛け、両肘を膝に付き、両手で顔を覆っている。こういう時はどうしたら良いのだろう。そう思っているとリビウスが言う。

「皇都に居た時……似たような事があった。」

似たような事? そう思っていると、リビウスが言う。

「座ってくれないか……隣に。」

そう言われて私はリビウスの隣に座る。リビウスは両手で顔を覆ったまま言う。

「俺は偽の英雄として祭り上げられていた、だからその英雄の手付きになろうとする女がたくさん居たんだ。」

あぁ、そうか、だからシトリナ嬢のあの言動はリビウスにとってはトラウマなのだろう。

「ありとあらゆる手を使って、俺を篭絡しようと画策する女がたくさん居てな……」

リビウスが顔を覆った手を下す。

「だからシトリナ嬢が何をしようとしたのか、何をしたのか、予想はしていた。」

リビウスの顔色が悪い。

「何の警戒も無く、眠ってしまった俺が悪い。」

そう言って苦笑いをするリビウスに私は言う。

「いいえ、あなたは悪くない。」

そう言ってリビウスに触れようと思ったけれど、今は触れられたくないかもしれないと思い直して、手を引っ込める。

「あなたにとって、ここが安息を得られるような場所で無ければいけないわ。」

そう言うとリビウスが少し笑って聞く。

「ミア、少し寄り掛かっても良いか?」

そう聞かれた事が意外だったけれど、嬉しかった。

「えぇ、もちろん。」

私がそう言うとリビウスが私に寄り掛かる。私はそんなリビウスを受け止めて、その頭を撫でる。ふわっと温かい感じがして、気付けば二人を光が包んでいた。しばらくは無言のまま、そうしていた。

「何で秘薬が効かなかったのか、考えたんだ。」

リビウスがそう言う。

「それで?」

先を促すと、リビウスが言う。

「リナリアの光の加護が、ミアの力が俺を守ったんだと、俺はそう思ってる。」

そう言われてクスっと笑う。

「そうかしら。」

私がそう言うとリビウスが不意に私の肩を抱く。

「あぁ、絶対にそうだ。」

今度は私がリビウスに寄り掛かる形になる。クスクス笑いながら私は言う。

「そうかもしれないわね。」

そう言いながらも私の持つ力がリビウスを守ったのかもしれないと思うと嬉しかった。

「……女性は苦手?」

そう聞くとリビウスが言う。

「あぁ、苦手だ。」

そう言いながらも私の肩を抱いているリビウスが少し可愛く思える。それと共に私はリビウスにとって、少し特別な存在であるかのように感じられて、ソワソワする。


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