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第27話ー夢見の才とロベルトの秘密ー

私はオーブリーを真っ直ぐ見て言う。

「私の顔に傷でもつけてみなさい、あなたの可愛いロベルト様がどれ程、お怒りになるか。」

オーブリーは私にそう言われてわなわなと震え出す。

「そんな口答えが出来るとは思っていなかったわ。逃げ出してから随分と生意気になったようね。」

そう言うオーブリーを見ながら言う。

「私はどこに居てもこの国の皇女である事に変わりはないわ。そして。」

私はそこで言葉を区切って、一歩踏み出し、オーブリーに詰め寄る。

「あなたはただの乳母よ。ただの乳母が皇女よりも上に立つ事があると思って?」

オーブリーが手を振り上げた瞬間、付いて来ていた侍女の一人が言う。

「オーブリー様!」

侍女に名前を呼ばれ、オーブリーが手を止める。どうせなら頬を張ってくれた方が良かったのに。オーブリーはそれ以上、何も言わずに私を睨み付け、踵を返す。オーブリーに付いて来た数人の侍女のうち、オーブリーを止めた侍女は私に小さく会釈する。部屋をそのまま出て行くと思ったオーブリーは出入り口で足を止め、振り返る。

「……そう言えば、あなた、ロベルト様が作り上げた偽の英雄と一緒に戻ったらしいわね。」

そしていやらしい笑みで私を見る。

「まさか、あの偽の英雄と情を通じた訳じゃないでしょうね?」

何をしていても、いやらしい考えをする者は居る。そう言っていやらしく笑うオーブリーには何を言っても無駄だろう。私が黙っていると、オーブリーはフンと顔を突き上げて言う。

「まぁあなたがあの偽の英雄と通じていようと、あの者には縁談が来ているし、あなたと結ばれる事は無いわね。あなたは一生、ここから出られないのだし。」

オーブリーは得意げにそう言って、私を嘲笑うようにして部屋を出て行く。嘲笑いたいのは私の方だ。革命の炎がすぐ近くまで来ているというのに、それにすら気付かないなんて。滑稽だわ。


◇◇◇


オーブリーが出て行ってしばらくすると、シャネスやマルティナが戻って来る。以前に私が幽閉されていた時と違う環境に居られるのは有り難い事だ。シャネスは色々と世話を焼き、心遣いをみせてくれている。ここ、北の塔全体が今はもうトリスタンが掌握しているようで、牢のような部屋の入口は開け放たれ、誰でも自由に行き来が出来る。その中で一つだけ、いまだに閉められたままの部屋があった。そこには一人の男性が居るという。

「部屋の真ん中で、部屋の上部にある小窓から外を見ながら、ブツブツと何かを言っているようなのです。」

トリスタンがそう言う。

「異国を思わせる服装をしていて、どうやら占い師のようですが……」

占い師……。そのような者を皇城内に入れるなんて、今まで前例の無い事だ。それ程までに追い込まれていたのか、ただの気まぐれか……。後者の可能性が高いだろうけれど。

「北の塔は掌握しましたが、私たちが来る前から入れられている者ですから、一応は警戒を。」

トリスタンがそう言う。

「えぇ、分かりました。」


その日の夜、それぞれの部屋に皆が戻って行き、部屋のベッドに横になる。部屋の上部にある小窓からは月明かりが入って来ている。リビウスは無事だろうか。ボゴスがリビウスを駒として有益に使えるように縁談を仕掛けたと言っていたけれど。


縁談……そう聞いて胸が少し痛む。ほんの少しの時間しか一緒に居なかったけれど、確かに私とリビウスは心を通わせた。互いに互いがかけがえのない存在である事を、ここへ来る前に確認したのだった。微かだけれど確かに互いを想い合っている事は私の勘違いでは無いだろう。


リビウスが私では無い、他の誰かと向き合って話したり、兄の手前、エスコートをしたりもするだろう。私がそれを目にする事は無いとしても、それを想像するだけで胸が痛む。そしてこんなに胸を痛める程に、リビウスの事が好きになっていたのだと、自覚する。あの青い瞳をもう一度、見たい……。そう思いながら眠りに落ちる。


戦火の中、兄のロベルトと対峙している……兄は立ち尽くし、その手には血の付いた剣、そのすぐ傍にはリビウスが倒れている……


……これは……夢?


ハッとして起き上がる。胸の鼓動が激しく打つ。さっき見たのは……一体、何なの?


辺りを見回す。私の体から仄かに光が溢れ出している。


……夢見の才だわ


少し冷静さを取り戻す頃には光は収束し、胸の鼓動も収まった。思い出すのよ、どんな場面だったか、どんなに些細な情報でも、それがこの先の助けになるかもしれない。目を閉じて思い出そう試みる。


戦火の中、私は兄と対峙していた。周囲は燃え盛る炎で何も見えない。場所はどこだろう? 私には見覚えの無い場所だ。皇都を離れていたから、その間に作られた場所……? 立ち尽くしている兄が持っていたのは血の付いた剣、そのすぐ傍にはリビウスが倒れていた……。状況としてはリビウスが兄の剣によって傷付けられたか、殺されたか……。リビウスが殺されるなんてと、そう思う。考えただけでもゾッとする。喉が渇いてベッドから出る。周囲を見回す。

「ミア様、どうかしましたか?」

そう聞いて来たのはシャネス。部屋の前に控えていたようだ。

「えぇ、少し悪い夢を見てしまって……」

シャネスは部屋に入って来ると、入口近くにあった小さなテーブルの上に置いてあった水差しから水を汲んで持って来てくれる。

「ありがとう。」

そう言って水を飲む。夢見の才で見た事をシャネスに話して良いのだけれど、私は早くハイラムに聞いて欲しかった。ハイラムは皇都の北の端にある町へ到着したと聞いている。思えば私は随分とハイラムに頼って来たのだなと思う。最果ての地へと連れて来てくれたのは、目の前に居るシャネスだけれど、カタフィギオの統括をしているハイラムはやはり、頼り甲斐があるという事だろう。


◇◇◇


北の塔から戻り、部屋に入って持っていた扇子を投げ付ける。以前、あの子に会った時は、もう生気のない瞳をしていて、痩せ細り、色艶も悪かった。何度鞭を打っても、何の反応も無いくらいには心が破壊されていた筈だった。


それなのに。思い出すだけで沸々と怒りが湧いて来る。


ロベルト様がわざわざあの子の所に行ったと聞いて不安になった。消えた皇女の噂は皇都中に巡っている。その噂を打ち消す為に身代わりまで用意して、あたかも皇女がロベルト様を支持しているように見せかけたというのに。あの子の存在は邪魔になる。


皇女がリナリアの力を受け継いでいる事を知った時、私は体中の血が煮えくり返るかと思った。ロベルト様をやっとの思いで皇太子にまで押し上げたのに、このままでは皇帝の座は皇女に奪われてしまう、そう思って私は皇女排除の為に裏で動き回ったのだ。ロベルト様が皇太子としての地位に居る間に邪魔な存在は排除し、ロベルト様自身にもしつこいくらいに言い聞かせた。


私は私の血を継ぐ子を皇帝にまで押し上げたのだ。


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