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第4話 牧原をつかまえろ!

 左耳に当てたスマホから呼び出し音が鳴る。

 二回、三回……そして留守番電話サービスにつながった。

「牧原さん、どこにいるんですか!? もうすぐ生放送が始まりますよ!」

 そう言って美鈴はスマホを切る。

 月曜日担当の放送作家・牧原隆一は遅刻の常習犯だ。集合時間に遅れて来るのは当たり前で、原稿の締切りを守ることも稀だという。そのため、情ジャンのスタッフたちは彼にだけ、早めの締切りを伝えるらしい。それでいて、飲み会などの待ち合わせには誰よりも早くやって来る。

「ホントに学生みたいなんだから!」

 普通の社会では、そんな行動が許されるはずもない。もちろんラジオ業界においても同様だ。だがこの世界では、それが許されることがある。

 牧原の企画はいつも面白いのだ。

 番組内で行なわれる企画を考案するのは放送作家の仕事である。もちろん担当ディレクターが考えることも無いではない。だがそれは、予算の都合やスケジュールの関係で作家を付けられない番組でのことだ。通常の番組ではその辺の分業がしっかりと行なわれる。牧原は、企画立案の能力やセンスが抜群なのである。

 だがそれは美鈴には関係のないことだ。番組の企画が面白くてもそうでなくても、山程ある彼女の仕事にはあまり影響がない。そして今まさに彼女が頼まれているのは、牧原をつかまえることなのである。

「よし」

 美鈴はひとつうなづくと、再びスマホをタップした。

 牧原がつかまるまで、何度でも電話してやろう!

 まぁ、彼女には他に方法が思いつかないのだが。

 呼び出し音が鳴る。

 今度は留守電に何て吹き込んでやろうか?

 美鈴がそう考えを巡らせていると……

「……はい」

「出た!」

「出たって……ワシは幽霊かい」

 弱々しい関西弁が美鈴の耳に届いた。

「牧原さん!今どこですか!?」

「えーと……まだ家におるねん」

「どうしてです!? もうすぐ本番ですよ!?」

「それは分かってるんやけど……」

「いったいどうしたんですか? もしかして、体調が悪いとか?」

 美鈴のその言葉に、牧原の声が突然大きくなる。

「そ、そうやねん!そっちへ行こうと思て家を出ようとしたら」

「出ようとしたら?」

「玄関で思いっきり捻挫してもーてん!」

「捻挫ですか?」

「そう!だから一歩も歩かれへんねん!あ痛たたた!」

 美鈴が大きくため息を漏らす。

「分かりました。じゃあ今日は本番を欠席ということですね?」

「すまんけど、一汰にもそう伝えてくれへんかな」

 美鈴の頭に、今日の担当ディレクター・早見一汰のあせった顔が浮かぶ。

「それはいいですけど、台本だけは至急送ってくださいよ」

「だ、大丈夫や!メールはパソコンまで行けたらすぐに送れるわ!」

「よろしくお願いしますね」

「了解や!」

「じゃあお大事に」

 美鈴はスマホを切り、事の顛末を急いで早見に伝えた。

 予想通り、早見の顔にあせりが浮かぶ。

「じゃあ台本が届き次第、プリントアウトしてスタジオに届けてね!」

 そう早口で言うと、早見は急ぎ足でスタジオへと駆けていった。

 生放送の開始まで、もう15分を切っている。彼があせるのも無理はない。

 それから数分、番組用PCの前を陣取り、画面をじっと見つめていた美鈴だったが……牧原からのメールは一向に届かない。

 これはマズいんじゃないかな?

 そう思うと、美鈴は再びスマホに手を伸ばした。

 それと同時に、PCからメール到着の音が鳴る。

「来た!」

 のぞいてみると牧原からのメールである。

「良かったぁ、間に合ったぁ」

 ふうっと安堵の息を漏らし、届いたメールの添付ファイルを表示させる。

「何これ!?」

 美鈴の目が驚きに丸くなる。

 その文書ファイルの中身は、たったの二ページだったのだ。

「これって、オープニングしかないじゃない!?」

 ここで美鈴は悟った。

 牧原は台本を書いていなかったのだ。

 愕然としている美鈴の耳に、再びメール到着音が響く。

 慌ててそれを開くと、オープニングに続く1ページが添付されていた。

 恐らく今まさに書きながら、完成した順に送ってこようというのだろう。

 天を仰ぎ、大きなため息をつく美鈴。

「とりあえず、まずはオープニングの台本を持っていかないと!」

 急いでプリントアウトだ!

 それを人数分コピーする。

 そしてそれを抱え、美鈴は急いでスタジオへと走り出した。

「もしかして私、二時間ずっとこれを繰り返すの!?」

 駆けながら、そう叫んでいた美鈴であった。

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