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第7話 開腹手術

「このクマさん、誰から送られてきたの?」

 美鈴の問いに、木村が首をかしげる。

「差出人、書いてないのよ」

「ますます怪しい!」

 カッターを手に、まるで手術中の外科医のようなポーズをキメている牧原が、肩越しに振り返って木村を見る。

「ほんでこれ、誰宛に来たん?」

「明日のゲストさん宛、だったと思う」

「どなたはん?」

「声優の山梨カナさん」

 山梨カナと言えば、今をときめく超人気女性声優だ。数々のアニメで主役やヒロインを演じ、歌を出せばベストテン入り間違いなし。番組宛にプレゼントが届いても、ちっともおかしくないだろう。

「でも、どうして事務所じゃなくてここに送ってきたのかな?」

 美鈴のその疑問には、牧原が答えた。

「山梨さんは大人気や。事務所には山程プレゼントが届くらしい。クリスマスとかはトラックでどーんて来るみたいやで」

 美鈴が目を丸くする。

「すごーい!」

「あまりに多くてぬいぐるみとかパッケージの開いてないお菓子とかは、幼稚園や色んな所に寄付してるとか聞いたなぁ」

「わー、いい人だ!」

「手作りのクッキーとかは、処理に困るみたいやけど」

 確かにそうだ。

 ファンの手作りには愛情だけでなく、何が混入しているか分かったものではない。そう考えた美鈴は、思わずブルっと震えた。

「つまりや。事務所に送っても、その中に紛れてまう。そやから、ゲストに出る番組に送ってきたんやろなぁ」

「なるほど〜、頭いいですね」

 思わず感心してしまう美鈴。

「感心してる場合やないでぇ。ほんなら、開腹手術を始める……伊織くん、俺の額の汗を拭いてくれ!」

 両手を挙げたまま、顔だけを美鈴に向ける牧原。

「了解です!……って、本当の手術じゃないんですから、さっさとぶった切ってください!」

「ぶった切るって、キミは腹を裂かれるクマさんが可愛そうや思わんのか?」

「今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」

「はいはい」

 そしてゆっくりとカッターの刃を、デスクに寝かせたクマの腹部に近づけていく。それが今まさに、布地を切り裂こうとしたその時一一

「ストーップ!」

 と、木村の大声が室内に大きく響いた。

 ビクッととして手を止める牧原。

「びっくりしたぁ! 木村ちゃん、いきなりなんやねん!?」

 怯えたような顔を牧原に向ける木村。

「だって、もし爆弾だったらどうするんですか!? どかーん!ってなったら、私も伊織ちゃんも怪我しちゃうかも!?」

「俺を心配したんやないのかーい!」

 木村の心配ももっともだ。

 放送業界では有名な事件が過去に起こっているからである。

 1993年夏、ラジオ局であるニッポン放送の深夜番組宛に、爆発物が送付される事件が2件発生した。声優の裕木奈江、歌手の加藤いづみ宛の封筒が届き、いずれからも爆竹や乾電池が仕込まれているのが発見されている。スタッフのチェックにより爆発には至らなかったものの、ラジオ業界を震撼させたのは間違いない。

 またその翌年、日本テレビ本社に女優の安達祐実宛の郵便物が届き、開封した安達の所属事務所の社員が、左手親指を失う重傷を負っている。封筒の中には、鉄パイプ、乾電池、ニクロム線、磁石などで作られた爆発装置が仕込まれていた。なおこの事件の犯人は特定されず、2009年に時効が成立している。

「ええい! その時はその時や!」

 牧原はそう叫ぶと、思い切りカッターをぬいぐるみに突き立てた。

 静寂に包まれる番組デスク室。

 黙々とクマの内部を探っていた牧原だが、何か黒くて小さな物体をその中からつまみ出した。

「これやな」

 牧原の手には、長さ5センチほどの長方形の何かがある。

 じっとそれを見つめる美鈴。

「それ、何ですか?」

 恐る恐る聞いた美鈴に、牧原がニヤリとして答えた。

「盗聴器や」

「ええーっ!?」

 美鈴と木村が、揃って大声を上げた。

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