「このクマさん、誰から送られてきたの?」
美鈴の問いに、木村が首をかしげる。
「差出人、書いてないのよ」
「ますます怪しい!」
カッターを手に、まるで手術中の外科医のようなポーズをキメている牧原が、肩越しに振り返って木村を見る。
「ほんでこれ、誰宛に来たん?」
「明日のゲストさん宛、だったと思う」
「どなたはん?」
「声優の山梨カナさん」
山梨カナと言えば、今をときめく超人気女性声優だ。数々のアニメで主役やヒロインを演じ、歌を出せばベストテン入り間違いなし。番組宛にプレゼントが届いても、ちっともおかしくないだろう。
「でも、どうして事務所じゃなくてここに送ってきたのかな?」
美鈴のその疑問には、牧原が答えた。
「山梨さんは大人気や。事務所には山程プレゼントが届くらしい。クリスマスとかはトラックでどーんて来るみたいやで」
美鈴が目を丸くする。
「すごーい!」
「あまりに多くてぬいぐるみとかパッケージの開いてないお菓子とかは、幼稚園や色んな所に寄付してるとか聞いたなぁ」
「わー、いい人だ!」
「手作りのクッキーとかは、処理に困るみたいやけど」
確かにそうだ。
ファンの手作りには愛情だけでなく、何が混入しているか分かったものではない。そう考えた美鈴は、思わずブルっと震えた。
「つまりや。事務所に送っても、その中に紛れてまう。そやから、ゲストに出る番組に送ってきたんやろなぁ」
「なるほど〜、頭いいですね」
思わず感心してしまう美鈴。
「感心してる場合やないでぇ。ほんなら、開腹手術を始める……伊織くん、俺の額の汗を拭いてくれ!」
両手を挙げたまま、顔だけを美鈴に向ける牧原。
「了解です!……って、本当の手術じゃないんですから、さっさとぶった切ってください!」
「ぶった切るって、キミは腹を裂かれるクマさんが可愛そうや思わんのか?」
「今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」
「はいはい」
そしてゆっくりとカッターの刃を、デスクに寝かせたクマの腹部に近づけていく。それが今まさに、布地を切り裂こうとしたその時一一
「ストーップ!」
と、木村の大声が室内に大きく響いた。
ビクッととして手を止める牧原。
「びっくりしたぁ! 木村ちゃん、いきなりなんやねん!?」
怯えたような顔を牧原に向ける木村。
「だって、もし爆弾だったらどうするんですか!? どかーん!ってなったら、私も伊織ちゃんも怪我しちゃうかも!?」
「俺を心配したんやないのかーい!」
木村の心配ももっともだ。
放送業界では有名な事件が過去に起こっているからである。
1993年夏、ラジオ局であるニッポン放送の深夜番組宛に、爆発物が送付される事件が2件発生した。声優の裕木奈江、歌手の加藤いづみ宛の封筒が届き、いずれからも爆竹や乾電池が仕込まれているのが発見されている。スタッフのチェックにより爆発には至らなかったものの、ラジオ業界を震撼させたのは間違いない。
またその翌年、日本テレビ本社に女優の安達祐実宛の郵便物が届き、開封した安達の所属事務所の社員が、左手親指を失う重傷を負っている。封筒の中には、鉄パイプ、乾電池、ニクロム線、磁石などで作られた爆発装置が仕込まれていた。なおこの事件の犯人は特定されず、2009年に時効が成立している。
「ええい! その時はその時や!」
牧原はそう叫ぶと、思い切りカッターをぬいぐるみに突き立てた。
静寂に包まれる番組デスク室。
黙々とクマの内部を探っていた牧原だが、何か黒くて小さな物体をその中からつまみ出した。
「これやな」
牧原の手には、長さ5センチほどの長方形の何かがある。
じっとそれを見つめる美鈴。
「それ、何ですか?」
恐る恐る聞いた美鈴に、牧原がニヤリとして答えた。
「盗聴器や」
「ええーっ!?」
美鈴と木村が、揃って大声を上げた。