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第6話 クマのぬいぐるみ

「このケーキ、すっごくおいしいです!」

 美鈴はいつものデスクの席で、小ぶりで上品だがとびきり美味いケーキを頬張っていた。

「そうやろ! あんまり知られてへんけど、ここのケーキは抜群なんや!」

 そう自慢気に言ったのは、情ジャンの月曜担当作家・牧原隆一だ。

「番組の差し入れとかでよく使ってるけど、めっちゃ評判ええんやで!」

「へぇ、さすが作家さんですね。物知り〜!」

 そう言うと美鈴は、シュークリームにかぶりつく。

 先週彼女はひどい目にあったのだ。牧原のやらかしで、生放送中にこの場所とスタジオを何往復するはめになったことか。

 ケーキはそのお詫びなのだ。

「このシュークリーム、生地がアーモンドでザクザクしてておいし〜!」

 四谷駅から徒歩約7分、閑静な住宅街に佇む「おかしとパン MOCHI」は、手作りのケーキとパンが評判の小さなベーカリーだ。店内には常時7〜8種類のケーキが並び、どれも素材の風味を大切にした優しい味わいが特徴である。

 ザクザクとしたアーモンドが乗ったシュー生地に、バニラビーンズを効かせたカスタードと生クリームをたっぷり詰めたシュークリーム。ボリューム感がありながらも軽やかな口当たりが人気だ。

 サクサクのメレンゲにたっぷりの生クリームをサンドした、フランスでは定番のケーキ「ムラングシャンティ」。雲のような形がユニークで、甘さ控えめの上品な味わいが魅力だ。

 香ばしいタルト生地に、旬の果物と生クリームを合わせたシンプルながら丁寧に作られたフルーツタルト。季節ごとに異なるフルーツが楽しめると評判だ。

 箱の中のそんな三種類を見て、美鈴の頬はだらしなく緩んでしまう。

 ま、これで許してあげよう。

 そう思いながら、彼女は2つ目のケーキに手を伸ばした。

 四谷界隈には、こうした隠れた名店が多い。

 牧原は、前回のやらかし時にはたい焼きを買ってきた。

 四谷駅の目の前に伸びる新宿通りから1本脇に入ると、穏やかな住宅街が広がっている。そんな静かな街の一角にある名店が「たいやき わかば」だ。創業は昭和28年(1953年)。店主がすでに四代目というたい焼き界の老舗なのだ。

 たい焼きもいいけど、ケーキも最高!

 もしゃもしゃと頬張りながら、美鈴の顔はどんどんニヤけていった。

 その時突然、美鈴から少し離れた席に座る女性が大声を上げた。

「いやだ、これおかしい!」

 いぶかしげにその女性に視線を向ける美鈴と牧原。

「どないしたんや?」

 悲鳴に近い声を上げたのは、情ジャンとは違う別番組のデスクバイトだ。

「いつも冷静な木村ちゃんにしたら、えらい声やったやん?」

 木村と呼ばれた彼女は、席を立って美鈴と牧原の方へやってきた。

 その手に、身長30センチほどのクマのぬいぐるみを持っている。

「これ、大きさの割にやけに重くないですか? それで、びっくりしてしまって」

「ちょっと貸してみ」

 クマを受け取る牧原。

 美鈴は心の中で、

 クマがクマ持ってる〜!

 と、ニヤついていた。

「ほんまやな。なんでこんなに重いんや?」

 首をかしげる牧原。

 大抵のぬいぐるみの場合、その中身は綿や詰め物だ。そんなに重くなるはずはない。

 美鈴が、牧原が手にしているクマを人差し指でツンツンする。

「中に何か入ってるんじゃないですか?」

「何が入ってる言うんや? こんなん綿に決まっとるやん」

「だって、重いのならそれしかないんじゃ?」

「そんなアホな」

 そう言って牧原は、クマの腹あたりを指でグイグイと押し始めた。

「あっ!?」

「どうしたんですか?」

「なんか……硬いもんが入っとる!」

「硬いって、何?」

 牧原が声を落としてゆっくりと言う。

「爆弾とか」

「うギャーッ!」

 美鈴と木村はそう叫ぶと、牧原からぴょんと跳ねて距離を取った。

「なんで逃げるんや!?」

「だって、もし爆弾だったら危ないじゃないですか!」

「いや、例えばや例えば!」

 牧原はふうっと大きく息を吐いた。

「中身、調べてみよか? カッターナイフとかある?」

 リスナーへのプレゼント発送もここで行なわれているのだ。もちろんカッターなども存在する。

 恐る恐るカッターを手に取り、牧原に渡す美鈴。

「ほんなら……中身を出してみるで」

 そう言うと牧原は、まるで手術をする外科医のように、慎重にぬいぐるみにナイフを入れた。

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