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パーティー会場の広さと華やかさからは打って変わって手狭な部屋に着くまで、二人の間に会話は何も生まれなかった。
横たわる沈黙が、ついて行くしかない勇人の心には重くて痛い。あと、黙ったままで先を歩かれると、彼の背中が何やら殺気立っていると錯覚してしまいそうで怖い。
「……あの狸爺、物置き部屋じゃないか」
更には、部屋に着いて開口一番これである。憎々しげに舌打ちされて、勇人はすっかり萎縮した。
だが、彼はあくまでも自分のペースを貫くつもりらしい。真顔で勇人の正面に立ち、腕を組んで王様のような態度で訊ねてきた。
「──さっきのあれは何だ?手品とか馬鹿げた言い訳は聞かないから」
「さっき……?──あ、僕が腕に触れて……何か起きたんですか?」
「起きたも何も、何でお前の左胸から金色の光が広がって見えたのか、俺にはさっぱり分からん。どうせわざと見えるように触れたんだろ?どういう意味だ、説明しろ」
──奇跡起きたんだ……でも運命の人って父さんみたいに優しげとは限らない……怖い……。
彼の一人称が、私から俺に変わっているのも怖い。この人、表舞台では猫を被っているんだと思い知らされる。
それでも、話さなければ永遠に理解を得られない。
「──話せば長くなりますが」
「長話をするには部屋がむさくるしい。気管支と肺が埃で汚れるのは御免こうむる。手短に話せ」
「いえ、そこは我が家の遺伝から説明しないと理解して頂けませんので、諦めて欲しいです……」
「…………」
これ見よがしに溜め息をつかれて、却って勇人は窮鼠猫を噛むような奇妙な勇気が生まれた。あまりにも余裕がなくなると、または恐れが度を越すと、人というのは感覚が麻痺するらしい。
「──僕の母親は、異能者でした。母親の家系が異能者を出しやすいと聞いています」
「異能者?」
「はい。──僕もまた、母親から異能を受け継ぎました。今夜は仕事で異能を使っていました」
「……じゃあ何なんだよ、その異能の正体は。要するに、人にありえない何らかの能力を持ってるんだろ?」
「異能がある以外は普通の人間ですが、この異能は魂の色が見える、というものです」
「……は?」
意外すぎたのだろうか、拍子抜けした声が彼から漏れた。
──ようやく人間味のある声が聞けた……。
そんな事に安堵する辺り、勇人の心臓は鶏よりも小さく縮んでいたようだ。
「分かりやすく言うと、生き物の思考や感情が色として見える能力です」
「……社会の影で働く異能者の存在なら耳にした事があるが……それと何の関係があって、おかしなものが俺にまで見えたんだ?」
「……それは、あの、言いにくいのですが……何と説明すればいいか……」
「いいから言え」
──運命の人は魂が金色に輝いて見えるんです、なんて言ったら唐突過ぎて信じてもらえない上に、火の玉ストレートの否定が返ってきそうだし……どうしよう……。でも言わなきゃいけない事だし、だけど伝え方を間違えたら終わる……。
「──あのですね、これは代々伝わってきた事らしくて、僕も母親から聞いた事ですが……うわっ!」
「──地震か?!」
家鳴りのような嫌な物音が響いたと思うと、気持ち悪い揺れが二人を襲ってきた。縦揺れか横揺れかも判別出来ないが、震度三以上の地震だとは体感で分かる。
「まずいな、──おい、伏せろ!」
「え?──わっ!」
言葉に反応し損じた勇人を、彼が荒っぽく抱き寄せて俯かせ、勇人の頭を抱えるように抱きしめる。
いきなりの事に固まっていると、ゴツ、という鈍い音が聞こえて──同時に、彼が低く呻いた。
次の瞬間、ガシャンと何かが落ちて割れるような音が耳に飛び込んでくる。
──庇った?僕を?まさか、いやでもそのまさか、ああそんな事考えてる場合じゃないだろ!
「──あの!どこか打ったんですか?!頭打ってないですか?!怪我は?!」
「うるさい、自分も守れないガキが一人前に……余震だ、このままおとなしくしてろ!」
「でも、それじゃ貴方が危ないじゃないですか!」
「うるせえ!ガキを守るのは大人の義務だ!」
怒鳴り声を返して、痛い程きつく抱きしめてくる腕は、状況が落ち着くまで解かないという意思が痛覚でもって伝わってくる。
──本気で僕を守るつもりで。子どもだからって、見も知らない赤の他人なのに。
力強い腕が痛い。こんな非常事態で、胸が痛いくらいにどくどく脈打つ。
「──何……だっ……これは……?!」
「え?!……嘘だろ、この光……」
しかも、その瞬間、二人が共鳴するかのように互いに金色の輝きを放ち、狭い部屋が二人を中心に光で満たされた。
それは、確かに二人とも目視出来ていた──奇跡だった。
束の間か、ひどく長い時間か。
やがて、光が収束してゆく。
その後には、薄暗がりと静けさが二人を包んだ。