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第6話 こうして始まった関係の行方は

「──送って下さってありがとうございました」

「ああ、今夜はもう風呂に入って寝ろよ。本来なら親御さんに息子の帰りを遅くした事も詫びたいし挨拶くらいはするべきだろうが、時間が遅いからな。相手がパジャマとかに着替えてたら却って気まずいし気を遣わせるから、謝罪と挨拶は後日改めてする」

「はい」

 仕事の疲労感と、優和と話した緊張から解放された勇人は、空腹が満たされた事もあり、──金色の魂との出逢いさえなければ、ベッドですぐに寝つけただろう。

 心が昂揚している。ゆっくり湯船に浸かって落ち着かせなければ、とても寝つけそうにない。

「──ただいま。父さん、まだ起きてたの?」

 リビングに行くと、ソファに座って読書をしている父親がこちらに顔を向けた。

「勇人が未成年なのに仕事をしていて、お父さんが先に寝るわけがないだろ?お疲れ様」

「うん、ありがとう」

「それにしても帰りが遅かったけど、何かあったのか?」

「うん、……ちょっとしたハプニングが起きて。でも、五体満足だよ」

「地震があったけど怪我もないみたいで安心したよ」

「それは、会場で会った人が庇ってくれたから……」

 あの抱擁を思い出すと、今さらになって頬に熱が集まってくる。

 それを気取られまいと、勇人は「ホットミルクでも作ろうかな」と、キッチンに向かった。

 ──勘違いしたらいけない。優和さんが受けとめてくれたのは、今夜の出来事への、僕の話への、疑問と興味からだ。

 ミルクパンに牛乳をそそいで、コンロに乗せる。見つめていると、やがて熱を帯びてくつくつと音が聞こえてくる。

「勇人、風呂は追い炊きしておいたから、それを飲んだら入りなさい」

「うん、分かった」

 日常を装って返事をしながらも、怒涛の一夜が脳裡を駆け巡っている。

 ──優和さん、か。友達なんて、相手は大人の人なのに、上手くいくのかな。もしかして、運命の人だなんて言ったから、いつか恋愛的な関係とか求められたら……。

 そう思うと、煩悶や不安も生まれる。

 ──僕、初恋さえ知らないんだけど。それがいきなり運命の人と。いや、考えたじゃないか。運命の人が結婚や恋愛には捕らわれない存在かもって。

 出来上がったホットミルクをマグカップに移す。和三盆糖を加えて、良くかき混ぜてからそっと口に運ぶ。コクのあるまろやかな甘さと味わいに息をついた。

 ──とにかく、明日も平日で学校だし。寝るのも仕事だ。

 そう、一生懸命に言い聞かせた。

 優和の何もかもが、記憶の隅には追いやれそうになくとも。

「──勇人」

「何?父さん」

 不意に父親から声をかけられて、向き直る。すると、父親は神妙な面持ちで勇人を見つめていた。

「いや、……何だろうな。いつもと違う感じがして」

 ──僕、顔に出やすいんだろうか……だけど、今日は特別な出来事があったし……もしかしたら人生を左右するかもしれない。なら、父さんには言うべきなのかな。

「言いにくい事を無理に聞き出そうとは思わないけどな、それでも親としては息子の変化が気がかりにもなるものから……今夜は帰りも遅かったし」

「父さん……」

 ──それは、あんな事があれば。しかも大人の優和さんと友達になるって約束した。

 そうなると、彼と父親が顔を合わせる機会もあるんじゃないだろうかと思い至る。

 父親に心配はかけたくない。偽ってまで影で友達付き合いをしたところで、そこには後ろめたさと勝手をしている罪悪感がある。

 勇人は緩やかに冷めてゆくマグカップのホットミルクを見下ろし、少し考え込んでから意を決した。

「父さん、あのさ。僕自身もまだ気持ちが追いついてないっていうか、現実だったのかなとか夢見てたような気持ちなんだけど……」

 何といえばいいのか分からず、たどたどしく話し始める。それから、今夜起きた事をそのまま話そうと決めた。

「──仕事先で、見たんだ。金色に輝く魂の人」

 すると、父親は驚いたように目を見張った。

「……それで、声をかけて、話をして……地震から庇ってもらって、一緒に食事した。それで帰りが遅くなって」

「随分な急展開だな。お前の仕事先って言えば、社会的ステータスの高い人しかいないだろ?」

「うん。機織優和さんっていう人だけど、ジュエリー会社の跡取りっぽい」

「機織……父さんでも名前は聞いた事がある。ジュエリーに関しては国内で一番の会社じゃないか」

「知ってたんだ。あのさ、身分違いだとは分かってるけど、──金色に輝いたんだ。僕から触れた時、優和さんには僕から金色が見えて、地震から庇ってもらった時、お互いに見えるくらい優和さんと僕が金色の光を放って……」

「待て、出逢ったその日にか?それに、御曹司なら若くとも二十代半ばの大人だろう?それに、優和さんって……出逢ってたったの数時間だろう?なのに名前で呼ぶ程親しくなってるのか?」

 矢継ぎ早の問いかけは、明らかに動揺している。それもそうだ、自分の預かり知らぬ所で息子が運命の人──それも、普通の人ではない立場の人と出逢って、話しただけでなく色々あったのだから。

 勇人はぬるくなったホットミルクを飲み干してから答えた。

「僕だって何の奇跡かと思うよ。相手は大人だし、それに……その、男の人なんだから。正直言うと運命の人って何だろうとも思う。でも、優和さんは友達から始めてくれるって」

「……友達……」

「父さんにも、今夜はもう遅かったから挨拶するのは控えたけど、後日改めて挨拶させてもらうって」

「親としては良い事なんだが……相手をきちんと見てみたいしな」

 立場が偉い人なら大丈夫というわけでもないのは、勇人にも分かる。そういう人達の濁った魂なら嫌という程見てきたのだから。

 父親はテーブルに置いていた缶ビールを手に取り、くいっと大きなひと口で飲んだ。心を落ち着かせたいのだろう。

 勇人は勇人で話を続けて、両親から聞かされてきた内容から外れて起きた事への疑問を話さずにはいられなかった。

「だけど、不思議なんだよ。何で二人揃って金色に輝いたか謎でしょうがない」

「そうだなあ、父さんも母さんからは聞かされた事のない話だ。前例があると分かれば納得もいきやすいんだが」

「庇われた時、抱きしめられたからかな?優和さんは僕を守ろうと必死だったみたいだし」

「その、機織さんって人が善良なのは分かれて安心だけどな。しかし異能は何を起こすか理解不能な所があるとも分かったよ」

「父さんも母さんに触れた時、母さんが輝いて見えたんだよね?」

「ああ、付き合うようになって、しばらくしてからだが」

 両親の出逢いや交際のエピソードは、これまであまり聞く機会もなかった。これもいい機会だと、勇人は逆に父親へ問いを向けた。

「父さんが母さんと初めて触れ合ったのは、出逢ってどのくらいの頃?」

「知り合って二年くらいしてからかな」

「そんなに遅くに?」

「ああ。父さんは異能の事なんて何も知らなかったし、そもそも母さんは父さんの魂が金色に見えてた事も触れ合うまで言わずにいたし」

 ──母さんは見えてたものを隠してた?異能が一般人には知られていないから?信じてもらえないと思ったのかな。

 異能を知らない人に向かって下手に話せば「おかしな人間だ」と怪しまれるだけでは済まず、胡散臭いと忌避されて、相手が離れていくだろう事も想像はつく。

 だから勇人も、同級生はおろか親しい人にも異能を隠している。

 父親は昔を思い出したのか、遠くを見るように懐かしげな目になって──どこか、愛おしそうに話した。

「初めて触れ合ったとき、お父さんは既にお母さん以外の相手なんて考えられないくらい惚れ込んでたからな。異能には驚いたもんだが、もう離れる気になんてなれなかったよ」

「そうなんだ……」

 そこまで想っていて、初めて見る事が出来た異能の輝き。

 なのに、優和はすぐに金色を見た。

 ──まだ出逢ったばかりでも、触れ合えば金色を確認できてしまうのかな?

 勇人にとって異能は、ずっと存在してきた力だ。折り合いをつけて共生してきた。それでもまだまだ知らない事が本当に多いと痛感する。

「──ほら、勇人。風呂が冷めるし、それに明日も学校だろう。早くカップを片付けて行きなさい」

「……うん、そうする。父さん達の話が聞けて良かったよ」

「流しに置いておけば父さんが洗っておくから」

「分かった、色々ありがとう」

 ここで親子の会話は終わりになり、勇人はカップをキッチンに運んでからバスルームに向かった。

 浸かった湯船は心地よく、温かく勇人を包み込む。心をほぐすような感覚に、父親との話でも緊張していたんだなと実感した。

 だが、どうしてか後悔は微塵もない。見えた運命の人が同性だと言うのは大問題だが、それも湯船でゆったりしていると「なるようになる」──そんな気にもなれてくる。

 どちらにせよ、何もかも始まったばかりなのだ。

 まだどことなく実感が湧かなくとも、物事は──運命は始まりを告げた。それは揺るぎない事実だ。

 ──これから、どうなるのかな。

 様々な不安に、期待が少し。

 その期待が希望の光になる。

 その光を目指して、ひたむきに光ある所へ向かって歩んでゆくしかない。

 そこで、希望の光から祝福される未来を信じて。

「……長湯しすぎたかな、上がって寝る支度しよ」

 独りごちて、風呂から出てパジャマを着て髪を乾かす。アラームをセットしてベッドに潜った。

 勇人に起きた事が走馬灯のように駆け巡っても、疲れた体には──やがて睡魔が訪れて、勇人は穏やかな寝息を立てるようになった。

 ──地震から庇ってくれた優和さんの腕、力強かったな……。痛くて熱くて、……優しくて。

 健やかな眠りへと落ちてゆきながら、ぼんやりと思い返して、リアルの感覚は休息に変わる。

 これからの優和の言動は、全く予測不可能でも。

 勇人は運命の歯車が回り出した事を、まだどこか物語の中の話のように受けとめていた──。

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