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第7話 そして連れ去られて・再び

 * * *



 優和からスマホにメッセージが届いたのは、翌日の昼休みだった。

 内容は至って簡潔で「お前、部活動はしてるか?」の一言のみ。脈絡も何もあったものではない。

 取り急ぎ勇人が「仕事があるので部活には入ってません」と返事を返すと、すぐに「なら、放課後迎えに行くから校門で待ってろ」と来た。

 今日は幸いと言うべきか、放課後に仕事は入っていない。しかし優和は一流企業の跡取りなのだから仕事が忙しいはずだ。

 ──大丈夫なのかな。

 友達から始めようと約束はした。だけど、高校生と社会人の生活は全く違う。優和のような立場の人ならば、尚さらだ。

 ──友達からって、お互いの休日に会うものだと思ってたけど。

 優和が積極的に自分を知ろうとしてくれているのだとしたら、それは嬉しいものの、そこに無理をされるのは本意ではない。

 ──「お仕事は大丈夫ですか?」

 そう送ると、即レスで「二人で会うとしたら、仕事の都合で今週は今日しかない」と返された。

 ──やっぱり忙しいんだ。

 普通では考えられないような事を言ったのは勇人本人なだけに、にもかかわらず、それと向き合おうとしてくれる優和に対しては嬉しいとも思う。

 その反面、負担をかける事は申し訳ない。

 それに、レストランへ連れて行ってもらった時の車──あの車で学校に来られたら悪目立ち不可避だ。

 ──「お会いするなら、休日では駄目なんですか?」

 とりあえずそう送ってみる。

 すると、「土日は朝から接待で時間が取れない。悪いが休憩時間が終わるから、とにかく放課後待ってろ。あと、お前の親御さんにも挨拶しておきたいから、その旨伝えておいてくれ」と返事を寄越されてしまい、そうなるともう抵抗も出来なくなった。

 ──あの黒塗りの車じゃありませんように。

 もう、そう祈るしかない。

 おかげで、午後の授業は集中するどころではなく、気持ちが落ち着かなかった。

 会ってもらえるのは嬉しいような、学校で騒ぎになるのは避けたいような、だけど優和は「運命の人」に関心を持ってくれたんだと実感出来て、やはり嬉しくもあり──なのに、二人きりで会うのは緊張して心臓がきゅっとする。

 我ながら不可思議な感覚だ。

 優和の魂が金色だったから意識してしまうのだろうか。

 ──「運命の人」って、こんなに心を掻き乱すものなのかな。

 穏やかに仲睦まじく寄り添っていた両親を思い返すと、まるで真逆だ。

 それとも、母親は父親と出逢った時に同様の気持ちを味わったのか?──既に訊ねる術もないけれど。

 ──ああ、そわそわする。

 そんなふうに悶えていると、非情にも午後の授業はチャイムによって終わりを告げてしまった。

 ──ぐずぐずして待たせたら失礼だ。

 放課後は仕事に直行する事が多かったから、寄り道に誘ってくれるような同級生もいない。それも寂しいものだが、校門に向かって急げる。

 勇人は手早く鞄に教科書や筆記用具をしまって、待ち合わせの場所に行った。

 ──ん?何か……特に女子が……目線や耳打ちで……。え、これどういう事なんだ。

 校門前に黒塗りの車はなかった。だが、代わりに優和が腕組みをして堂々と立っている。

 これはこれで、かなり目立つ。何しろ優和の整った見た目は人目を引く。勇人は内心で頭を抱えた。

 ──声、かけにくい。絶対注目集めるだろ。

 そんな煩悶や躊躇いに足をすくませた勇人に、優和はまるで頓着しなかった。

「思ったより早かったな、勇人」

「……優和さん……ええと、お待たせしてすみません」

「俺が早くに着いただけだ。──行くぞ、近くのパーキングに車を停めてある」

「はい……よろしくお願いします」

 案の定、たいそう注目されている。視線が騒がしくていたたまれない。

「──おい。この程度、慣れておけよ。長い付き合いになるかもしれないだろ?」

「あっ……あの、それって」

 思わずどもってしまうと、優和が僅かに身を屈めて耳元に囁きかけてきた。

「運命の出逢いなら、魂が見えるお前は無下に出来ない」

 それは確かにそうなので、否定の言葉は出すどころか思い浮かばないが、この優和の親しげな動きは女子達から「えー、羨ましい」と熱視線を集めた。

「……外野が騒がしいな、早く行くぞ」

「──あ、はい!」

 ──女の人の調教に慣れてても、身分の違う未成年相手だと適当にあしらえないんだな……。

「……お前、何か失礼な事考えてるだろ」

「いえ、何も考えてません、本当に」

 最寄りのパーキングに向かって歩き始めながら言われてしまい、返答に窮して苦し紛れに言葉を絞り出すと、追撃が来た。

「おい、二人の時間を過ごすのに、何も考えてないのも問題あるからな」

「う……何をして過ごすのか想像もつきませんし、仕方ないじゃないですか……」

 これは正直な言葉だ。歳上の大人だし気安い相手ではないし、まだ色々と未知の人物なのだから。

「──そう固くなるな。とりあえず放課後なら腹も減ってるだろ?個室を予約したから食いに行くぞ」

「……昨日のレストランですか?」

「二日連続で行くわけがない。別の店だ。寿司は食えるか?」

「お寿司は好きですけど……」

 ──予約した個室。そんなのがあるお店。高そうだよなあ。

「好きならいい。食ったら家まで送る。その時に親御さんに挨拶させてもらうから」

「ありがとうございます、父にも連絡しておきました」

「よし、なら行くか」

 話しているうちにパーキングに着いた。

 黒塗りの車は停められていない。あれはあれで乗り心地は良かったと勇人も認めるが、身の丈に合わない贅沢でもある。少し安堵した。

「どの車ですか?」

「──あれだ」

 優和がくいと顎で示したのは、シックな国産車だった。高級な外車に乗っていそうだと思っていたので意外だが、その国産車も十分に高額な車だと勇人は知らない。

「綺麗な車ですね」

「俺も気に入ってる」

 促されて助手席に座ると、車は外見だけでなく中も洗練されていた。無駄な物が何もない。

「シートベルトしたな?」

「あ、はい。大丈夫です」

 車はひどく滑らかに動き出し、こうして勇人は再びドナドナの如く連れて行かれた。

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