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優和からスマホにメッセージが届いたのは、翌日の昼休みだった。
内容は至って簡潔で「お前、部活動はしてるか?」の一言のみ。脈絡も何もあったものではない。
取り急ぎ勇人が「仕事があるので部活には入ってません」と返事を返すと、すぐに「なら、放課後迎えに行くから校門で待ってろ」と来た。
今日は幸いと言うべきか、放課後に仕事は入っていない。しかし優和は一流企業の跡取りなのだから仕事が忙しいはずだ。
──大丈夫なのかな。
友達から始めようと約束はした。だけど、高校生と社会人の生活は全く違う。優和のような立場の人ならば、尚さらだ。
──友達からって、お互いの休日に会うものだと思ってたけど。
優和が積極的に自分を知ろうとしてくれているのだとしたら、それは嬉しいものの、そこに無理をされるのは本意ではない。
──「お仕事は大丈夫ですか?」
そう送ると、即レスで「二人で会うとしたら、仕事の都合で今週は今日しかない」と返された。
──やっぱり忙しいんだ。
普通では考えられないような事を言ったのは勇人本人なだけに、にもかかわらず、それと向き合おうとしてくれる優和に対しては嬉しいとも思う。
その反面、負担をかける事は申し訳ない。
それに、レストランへ連れて行ってもらった時の車──あの車で学校に来られたら悪目立ち不可避だ。
──「お会いするなら、休日では駄目なんですか?」
とりあえずそう送ってみる。
すると、「土日は朝から接待で時間が取れない。悪いが休憩時間が終わるから、とにかく放課後待ってろ。あと、お前の親御さんにも挨拶しておきたいから、その旨伝えておいてくれ」と返事を寄越されてしまい、そうなるともう抵抗も出来なくなった。
──あの黒塗りの車じゃありませんように。
もう、そう祈るしかない。
おかげで、午後の授業は集中するどころではなく、気持ちが落ち着かなかった。
会ってもらえるのは嬉しいような、学校で騒ぎになるのは避けたいような、だけど優和は「運命の人」に関心を持ってくれたんだと実感出来て、やはり嬉しくもあり──なのに、二人きりで会うのは緊張して心臓がきゅっとする。
我ながら不可思議な感覚だ。
優和の魂が金色だったから意識してしまうのだろうか。
──「運命の人」って、こんなに心を掻き乱すものなのかな。
穏やかに仲睦まじく寄り添っていた両親を思い返すと、まるで真逆だ。
それとも、母親は父親と出逢った時に同様の気持ちを味わったのか?──既に訊ねる術もないけれど。
──ああ、そわそわする。
そんなふうに悶えていると、非情にも午後の授業はチャイムによって終わりを告げてしまった。
──ぐずぐずして待たせたら失礼だ。
放課後は仕事に直行する事が多かったから、寄り道に誘ってくれるような同級生もいない。それも寂しいものだが、校門に向かって急げる。
勇人は手早く鞄に教科書や筆記用具をしまって、待ち合わせの場所に行った。
──ん?何か……特に女子が……目線や耳打ちで……。え、これどういう事なんだ。
校門前に黒塗りの車はなかった。だが、代わりに優和が腕組みをして堂々と立っている。
これはこれで、かなり目立つ。何しろ優和の整った見た目は人目を引く。勇人は内心で頭を抱えた。
──声、かけにくい。絶対注目集めるだろ。
そんな煩悶や躊躇いに足をすくませた勇人に、優和はまるで頓着しなかった。
「思ったより早かったな、勇人」
「……優和さん……ええと、お待たせしてすみません」
「俺が早くに着いただけだ。──行くぞ、近くのパーキングに車を停めてある」
「はい……よろしくお願いします」
案の定、たいそう注目されている。視線が騒がしくていたたまれない。
「──おい。この程度、慣れておけよ。長い付き合いになるかもしれないだろ?」
「あっ……あの、それって」
思わずどもってしまうと、優和が僅かに身を屈めて耳元に囁きかけてきた。
「運命の出逢いなら、魂が見えるお前は無下に出来ない」
それは確かにそうなので、否定の言葉は出すどころか思い浮かばないが、この優和の親しげな動きは女子達から「えー、羨ましい」と熱視線を集めた。
「……外野が騒がしいな、早く行くぞ」
「──あ、はい!」
──女の人の調教に慣れてても、身分の違う未成年相手だと適当にあしらえないんだな……。
「……お前、何か失礼な事考えてるだろ」
「いえ、何も考えてません、本当に」
最寄りのパーキングに向かって歩き始めながら言われてしまい、返答に窮して苦し紛れに言葉を絞り出すと、追撃が来た。
「おい、二人の時間を過ごすのに、何も考えてないのも問題あるからな」
「う……何をして過ごすのか想像もつきませんし、仕方ないじゃないですか……」
これは正直な言葉だ。歳上の大人だし気安い相手ではないし、まだ色々と未知の人物なのだから。
「──そう固くなるな。とりあえず放課後なら腹も減ってるだろ?個室を予約したから食いに行くぞ」
「……昨日のレストランですか?」
「二日連続で行くわけがない。別の店だ。寿司は食えるか?」
「お寿司は好きですけど……」
──予約した個室。そんなのがあるお店。高そうだよなあ。
「好きならいい。食ったら家まで送る。その時に親御さんに挨拶させてもらうから」
「ありがとうございます、父にも連絡しておきました」
「よし、なら行くか」
話しているうちにパーキングに着いた。
黒塗りの車は停められていない。あれはあれで乗り心地は良かったと勇人も認めるが、身の丈に合わない贅沢でもある。少し安堵した。
「どの車ですか?」
「──あれだ」
優和がくいと顎で示したのは、シックな国産車だった。高級な外車に乗っていそうだと思っていたので意外だが、その国産車も十分に高額な車だと勇人は知らない。
「綺麗な車ですね」
「俺も気に入ってる」
促されて助手席に座ると、車は外見だけでなく中も洗練されていた。無駄な物が何もない。
「シートベルトしたな?」
「あ、はい。大丈夫です」
車はひどく滑らかに動き出し、こうして勇人は再びドナドナの如く連れて行かれた。