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第16話 ふたりで満ち足りた休日を

 * * *



「──勇人。ピザ生地やチーズとか買ってきたから、今日の昼は俺が作ってやる」

「え?優和さんがですか?」

 買い物から戻った優和は、リビングで参考書を使っていた勇人に意気揚々と宣言した。

「勇人、ピザは好きか?」

「チーズが好きなので、ピザも美味しくて好きです」

「よし。なら、楽しみに待ってろよ」

「……もしかして、その大量の買い物……全部ピザの為ですか?」

 目を丸くして問いかけた勇人だが、優和は謎の自信に満ち溢れている。

「準備は万端だ」

「──あの、僕も手伝います」

「それじゃお前が休めないだろ」

「いえ、……その、優和さんと一緒に作ったら、ピザももっと美味しく感じられるだろうな、と……後々の思い出話にも出来ますし、せっかく二人とも休みなんですから、共同作業して楽しめたら……」

 ──まずい。非常にまずい。あの食材の買い込み方は絶対大量の何かとか買ってるし、あれもこれもって買い物もしてる。

 勇人としては、隣で見守らなければ安心出来そうにない。何を買ったかも、余りの食材を後日活用する為に把握しておきたい。

 しかし、せっかくの厚意だ。何より、優和が自分の為にと張り切ってくれている思いやりは心が浮き立つように嬉しい。

 ならばと、気を悪くさせないように言葉を選んで言い募る。すると優和は「それも悪くないか」と頷いてくれた。

「じゃあ、料理はお前が先輩だからな、お手柔らかに指導を頼むぞ、勇人先輩?」

「──はい、ぜひ。焼きたて一緒に食べましょうね」

 こうして、優和をまんまと口車に乗せて、キッチンに並んだ。

 ──すごい、ピザチーズがキロ単位だよ。もっとすごいのが、肉類は色々揃ってるのに野菜はキノコ以外一つも買ってきてない。

 この徹底ぶりには呆れるより感心した程だ。

「どうかしたか?」

「──いえ、まずはトマトソースですね」

「缶詰めのトマトを買ってきてみたが……」

「使えますよ。火を扱うので、これはコンロに慣れてる僕にやらせて下さいね」

「煮詰めるなら、途中までは俺が見てる」

「そうですね……じゃあ、途中までトマトソースの番人をお願いします」

「ああ」

 一抹の不安はあったものの、火加減に気をつけていれば簡単には焦げたりしないはずだ。勇人は片手鍋を出して準備を進め、あとは煮るだけにして優和にバトンタッチした。

「こんなに弱火で煮詰まるのか?」

「ちゃんとソースになりますよ、むしろ強火にしたらいけません」

「そういうものか。──おい、ピザ生地にチーズやトッピングを乗せるのも、一緒にやりたいんだが。でないと目的が達成されない」

「ソースを見ていてもらえるだけでも助かるんですが……」

「昼は俺が作ってやる、と言っただろ。お前を休ませたくて買い出しに行ったんだ」

 俺様な声音だが、内容は律儀だ。

 ──優和さんだって、普段のお仕事で疲れてるだろうに。それでもこうして何かをしてくれようとするんだから、やっぱり大事にされてるって思っちゃうよな。

 改めて実感する。それに、優和の義理堅いところは、同居生活を始めてから何かとかいま見てきたので、ここでは優和の意欲を無下にしない事にする。

「でしたら、ソースが出来上がってから、一緒に具材を乗せていきましょう。お願いしますね」

「分かった」

 短く答えて、優和は鍋に集中し始めた。あまりにも熱心に凝視している姿は、普段とのギャップが激しい。

 そんなに真剣に見ていなくても焦げませんと言うのは簡単だけれど、一緒に何かを作る事が楽しくて余計な事を言う気にはなれなかった。

 代わりに、ピザと合わせるスープを作り、それが香り立つ頃にはソースも良い具合に出来ていた。

「よし、本格的にピザの仕上げだ」

「はい。──あとは、スライスした玉ねぎとピーマンに刻んだトマトを……あ、キノコもありましたね。これらを乗せて焼けば……」

「待て、違うだろう」

「え?違いませんよ?」

「いや、チーズに合わせるべきはスライスされたサラミにキッチンバサミで刻んだソーセージと角切りの肉だろ?」

「違います、動物性タンパク質はチーズで足りてますからね」

「いやいや、お前一応男子高校生だろ?育ち盛りが何で肉より野菜を優先するんだ?そもそも、レシピ本には玉ねぎだのピーマンだの書かれてないぞ」

 まるで優和の方が育ち盛りの男子高校生である。

「……優和さん……食事の基本はバランスですよね?」

「バランスも大事だろうが、食事を楽しむ事によって、ありがたく命を頂く心根を育むのが優先だろ」

「要するに野菜は食べたくない、と……そうですか……僕個人はピザのピーマンとか美味しくて好きなんですけど仕方ないですよね……」

「……まあ、お前が食いたいなら俺も付き合ってやるが……」

 わざとらしい言い方で残念がった勇人だが、効果はてきめんだった。あっさり優和が譲歩する。勇人が得たりや応と笑顔になった。

「優和さんは僕を甘やかしますからね、ここは甘えさせてもらいます」

 優和もまんまと乗せられてくれたものだ。しかし機嫌を損ねる様子もなく、勇人が出した野菜を見下ろすだけに留めている。

「……その代わり、サラミとソーセージと肉のピザも一枚追加だ」

「分かりましたよ、ピザ生地も一枚余ってますし焼きましょう」

 生地を出しながら優和を見やると、買い込んだ物からサラミ等を取り出している。横顔はとても満足そうで、機嫌の良さがありありと伝わる。

 こういう、人間味のある部分を見せてもらえるまでになった事が、出逢った当初の怖さを思い出すにつけて、勇人の心を喜びで満たすのだ。

 ──何か、楽しいな。大人の人と、こんな風に打ち解けて話せるなんて、今までになかった。クラスメイトとだって、ここまで親しいみたいな雰囲気のやり取り、出来た記憶がないくらいだ。

 優和をドSスパダリと内心で言っていた頃から、心象はだいぶ変化した。

 今日みたいに、めちゃくちゃな買い物をしてきて本人は無自覚なところも、少し抜けていて──微笑ましいような可愛いような気がしてしまう。

 ──こういう姿、他の人にも見せた事あるのかな。

 例えば過去の恋人とか──それを想像してみたら、なぜか胸が奇妙にうずいた。

「──勇人」

「えっ?──あ、はい!」

「トマトソースとチーズ頼む」

 ソースもチーズも勇人の方にある。何をおかしな事考えてるんだと我に返り、平静を装って答えた。

「分かりました。──あ、どれだけ肉類出してるんですか。山盛りにするんですか?食べる時こぼれるじゃないですか……」

「気にするな、何の為にフォークがこの世に存在してると思う?」

「もう……」

 ──せめて、こんな時だけでも。二人だけで共有出来るなら。

 淡い願いは、芽生えたばかりの新芽のように小さく儚げで、それでいて芽吹く力は本物なのだとは、勇人本人にさえ知られていない。


 焼き上がった二枚のピザは美味しかった。

 何で自炊しない人のキッチンにオーブンまで置いてあるんだろう、と初見から疑問に思っていた勇人だったが、ここで役に立ったし今後は自分が優和の為に使えばいい。

 そう思い直すと、何を作ってみたら喜ぶ顔が見られるか、楽しみにもなった。

「──ご馳走様でした。優和さんの肉ピザも美味しく頂けました」

「ご馳走様。勇人の葉緑素ピザも美味かった」

「葉緑素ピーマンだけでしょう」

「ピーマンの存在感はでかいんだよ」

 他愛のないやり取りを交わして、二人で食器を片付けて──明るい天気にぴったりの、優しい昼をすごしたのだった。


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