* * *
それから二週間後、休日を迎えて、優和は勇人をヘアサロンへと連れて行った。
予約制らしいサロンは、二人の他に客の姿もない。
シックにまとめられた建物も内装も、いかにもおしゃれで高級感があり、勇人は緊張で固くなっていた。
しかし反面、優和はもの慣れた態度でスタッフと言葉を交わしている。
「機織様、本日はどのように致しましょうか?」
「連れの髪質に合ったシャンプーとトリートメントに、ヘアオイルも頼む。一緒に俺の物も買っておくから、いつものを」
「はい、かしこまりました。お連れ様、御髪を確認させて頂きますね」
「あ、はい、……お願いします……」
「今は何をお使いになられておりますか?」
「はい、……機織さんと同じ物を……」
──連れ発言といい、同じ物使用ばらしといい、スタッフの人に同居してるのがばれたら、恥ずかしくて地中に埋まりたい……。
しかし、そこは相手も接客のプロで、プライベートに踏み込んで余計な発言をする事もなかった。ただ勇人の髪を丁寧にチェックしている。
「あのお品は、当サロンでも特別なお客様に販売させて頂いております物ですから、ほとんどの髪にも地肌にも優しいのですよ。お使いになられてみて、髪のダメージ等に変化がございましたでしょう?」
「はい、とても艶が出て……櫛通りも滑らかになって驚きました」
「お褒め頂き、ありがとうございます。あのお品をそのままお使いになられていても良いのですが、せっかくご来店頂きましたので、御髪やご年齢に合わせてご提案させて頂きます。香りも涼やかな物に致しましょうか?」
「……あ……」
──気遣いは嬉しいけど、そうなると優和さんの香りと変わるんだ……。
何とはなしに、喪失感のような寂しさを感じてしまう。
かといって、優和本人も話を聞いている所で「同じ香りが良いです」とは言いにくい。
こいつ俺に何か期待してるのか、とでも思われてしまったら、せっかく一緒にすごす事にも慣れてきたのに関係がぎくしゃくしそうだ。
「……あの……香りは……」
「香りは俺と同じで大丈夫だ」
言い淀んだ時、優和がはっきりとした口調でスタッフに向けて断言した。
──え、良いの、それで。
「かしこまりました。では、香りは機織様と変わらない物でご提案致します」
「ああ。ボトルは俺の物と見分けがつきやすいようにしてくれ」
──ちょ、待っ、優和さんそれ同じお風呂使ってるの、堂々とばらしてるし!
狼狽えて優和を見たが、至って平然としている。
鏡越しにスタッフを窺ってみても、顔色ひとつ変えずにいて、「せっかくご来店下さいましたので、毛先も少々カットして整えましょうか」と仕事に徹していた。
「そうだな、頼もうか。──勇人、良いな?」
「──あのっ、はい……お願いします」
「では、こちらにお掛け下さい」
「はい……お願いします」
スタッフの所作がいちいち丁寧で洗練されている。
──優和さんも、やり取りが常連っぽかったし、いつもここで髪を整えてるのかな。
あまりにも勇人が行っていたフランクな美容院と違いすぎて、鏡に映る顔ががちがちに固い。
けれど、スタッフの腕は確かだ。
手際よく勇人の髪をカットして、ブローもする。毛先を整えただけなのに、髪が別物に変わったような感覚になった。
「ありがとうございます、さっぱりしました」
カードで会計を済ませた優和に礼を言うと、優和が満足そうな面持ちになって、仕上がった勇人を見つめた。
「整えた髪、触ってみろ。手触りが全然違う」
「?──はい。……わ、すごいさらさらしてます」
ヘアオイルの効果もすごいと思っていたが、整えてブローした髪はさらに上を行って、柔らかく滑らかでさらっと指が通る。心なしか頭も軽くなったように感じられた。
「連れて来て下さって、ありがとうございました。──あ、荷物持ちます」
「いや、構わない。パーキングはすぐ近くだし、俺が買いたくて買ったものだからな」
「色々お世話になりすぎているような……」
「俺が好きでやってるんだ、いちいち気にするな」
二人でそんな事を話していると、正面から歩いてくる女の子が突然駆け寄ってきて勇人へ親しげに声をかけた。
「えー、勇人じゃん、すごい久しぶり。元気だった?元気そうだね、うん」
親しげに話しかけてきた女の子は、セミロングの髪をアッシュブラウン染めていてピンクのエクステをつけている。
同じ年頃の子に見えるのに韓国メイクもフルでしていて、明らかに住む世界が違う。見覚えがなくて誰だか記憶を探っても出てこない。