「真奈美だよー、幼稚園の時にいつも遊んでたじゃん」
そう名乗られて、ようやく勇人も昔の思い出がよみがえった。だけど、あの頃とはあまりにも印象が変わっていた。
「あの……真奈美ちゃんは見た目変わったね」
「高一から地下アイドルしてるもん、磨かなきゃ売れないままでしょ?」
「アイドル?すごいね」
勇人は気になる事を胸に抱えながらも感嘆してみせた。
しかし、続けられた言葉はろくなものではない。
「お仕事は水着で色々やってみるのばっかりだけどねー、この間の水着なんて下乳出てたから、ハグ会の時にファンの人皆下乳の話しかしないの」
「えっ……それってアイドルの仕事なの?」
「お仕事は何でももらわないと、地下アイドルなんて赤字続きだよ?──あ、これからディレクターさんのお家に行かなきゃいけないんだった」
「……女の子一人で行くの?」
「男も女も何人かずつ集まるから安全だよー、それに現金払いで遊んでもらうパーティーだもん。──またね、元気でね」
その説明が意味する事を、理解したくなくとも言葉の伝えてくる事実は残酷だ。
何よりの証拠に、若い女性には魅力的な大人に見えているはずの優和を前にしても、食いつくどころか見向きもしない。
「うん、……真奈美ちゃんも」
何とか声を振り絞ると、彼女は不自然な笑顔を浮かべて、厚底のヒールを鳴らしながら足早に立ち去ってしまった。
残されたのは、どうにも後味が悪くて気まずい感じになった勇人と優和だ。
変わり果てた幼なじみの話題は口に出来ずにいると、優和から訊ねてきた。
「……彼女とは古い付き合いなのか?」
「はい、幼稚園の頃に一番仲が良かった子なんです」
「もしかして初恋とかか?」
優和なら、からかいがちに言いそうな言葉なのに、どことなく声のトーンが低い。
あんな話を隣で聞けば、それも致し方ないと解釈して答えた。
「いえ、いつも黄緑色の魂で明るくて可愛かったですけど、それだけです。──あ、でも初めてのキスは奪われました」
「……ませた子どもだったんだな」
「一緒に砂場で遊んでたら、いきなりチュってされて。固まってたら彼女はにこにこ笑ってて。何だか面映ゆいような甘酸っぱい思い出ですね」
「……待てよ、やっぱり幼稚園児のキスなんてノーカンだろ」
なぜ優和がいきなり否定に回ったのか謎だが、思い出そのものは今がどうであれ、汚れることなんてない。むしろ、彼女の為にも心の宝箱にしまって、ずっと憶えているべきに思える。
「いえ、可愛かったのでカウントに入れてます」
勇人としては軽口を叩いたつもりなのに、声は沈んでいて笑えなかった。
「──それで?見たところ彼女は、明るそうでも業界に闇堕ちしてるようだが。魂は変わらず黄緑色なのか?」
それこそが、久しぶりの邂逅でも素直に懐かしめなかった原因だった。
「……浅葱色に灰色を混ぜたような色でした」
──大人の後ろ暗い遊びに混ざって、黒くて暗い部分に染まったら……後はどうなるんだろう?
彼女の魂の色が意味するのは、純真無垢ではいられなくなった、世俗の闇で生きる為の偽りの明るさだ。
沈鬱な心持ちになり、言葉をなくした勇人に、優和が淡々と語った。
「……彼女には、今こそ彼女を純粋に愛する誰かが必要なんだろうな。他者から無償の愛情を注がれないと、子どもは自分を愛する方法も気持ちも上手く育てられない。人間は愛されている実感で愛する事を覚える」
それなら、勇人にも分かるような気がする。
今の真奈美には望めないものになっている事も。
「彼女も幼い内は愛されていたはずだろう。──でもな、愛されない世界に馴染めば変わる。自分を見失って、自分自身をどうすれば大事に出来るかも分からなくなっていく」
──優和さんが言うのは、残酷な現実だ。
勇人は幸いにも恵まれている。仕事で薄汚れた魂を見ていても、そんな自分を労わってくれる存在があって、心は守られているから。
「……真奈美ちゃんは、ファンの人にすら心を癒してもらえてないんでしょうか……」
それは、彼女が話した内容から伝わってきていた。地下アイドルという立場は、彼女に純朴な愛情を与えていない。あるのは欲求だ。
「癒しや愛情のインプットは常に大事なんだ。──家族でもペットでもゲームや読書でも良い、常に『慕われる感覚』をインプットしていないと、人間はすり減っていくばっかりなんだよ」
優和からの言葉には重みがある。
「……そうですね……」
──いつか、次に会えた時。彼女が違う生き方を選んでくれていたら。
そう願う心は、幼かった頃の思い出よりも淡く、そして切なさを帯びていた。
「……今の僕には……すり減らさずに済む環境があるから、なおさら真奈美ちゃんが痛々しく見えてしまうんでしょうね。こんなの、傲慢だとも思うんですけど……」
──優和さんに守られて……見守ってもらえて暮らせている僕には、彼女の日常が自分のそれと違いすぎるんだ。
愛かどうか分からない。けれど、優和は勇人の心に何か温かいものをインプットしてくれている。
それを、実感していた。