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03_俺はミントで『商売』を開始する!

「一週間お疲れ様。お皿洗いのクエストは今回でおしまいになります」

「もうちょっとやってたかったなー」

「本当は専属で雇い入れる、という話も上がってたんですよ」

「ほんと?」

「でもそれだと不公平に感じる方も出てくるということで、取りやめになったらしいです」

「あー」


 正社員案件を通るには皿洗いできても無理らしい。

 こうして俺は安全なバイトの一つを失った。


「それでも、収益は上がってるみたいじゃないですか」

「まぁね。洗剤が売れるってことを知ってからは、仕入れてそれにミント浸してバイト先に卸してから結構利益出してるよ」

「原因、それですよね」

「原因?」

「繁忙期以外でのバイト募集要項が消えた原因です」

「あー」


 俺のミントが優秀過ぎちゃってすいませんね。

「他に安全で、かつ簡単なお仕事ってありませんかね?」


 なるべく稼げるやつで。

 そんな話をギルドの受付のお姉さんに話せば。


「そういえば、同じ時期に駆け出しの冒険者がたくさん登録してくださっていることを知っていますか?」

「あー、バイト先の先輩に聞いた」

「カインズさんですか?」


 え、名前までは聞いてない。お互いプライベートなんて語らなかったし。


「ああ、その顔は名前を知らない感じですね。皿洗いのクエストに応募してくる冒険者といえばその人しか心当たりありませんでしたから」

「へー」


 こういう話はあまり突っ込んで聞くものでもないしな。

 駆け出しに仕事奪われてるなんて現実、あまり想像したくない。

 俺だったら恥ずかしくて死ねる自信ある。


「なるほど、あの人なら熟練ですし知ってて当然ですね」

「仕事奪われて大変だって話だよ?」

「あの人はこの街の採取の達人ですから。駆け出しには最初から危険なクエストは割り振れませんから。どうしたってあの人の仕事を奪う形になるわけです」

「ふーん」


 そこらへんはよく知らない。どうせ俺が外に出る機会とかないだろうしな。

 幼馴染も過保護なら、その幼馴染に目をつけられてギルドも過保護だ。

 誰も俺にリスクある仕事を割り振らない。

 だから国外追放しないまま一週間とか経つんだぜ?


「それで、どうして今その話を?」

「はい。ちょうどそういう時期ですので、ここいらで虫除けを販売してみないかという提案でした」

「虫除け……」


 確か幼馴染もよく刺される体質だったな。

 作り方は把握してる。けど洗剤ほど売れるか?

 それだけが心配だ。


「一応、この街でどんなのが主流か聞いてもいいですか?」

「その反応を待ってました!」


 俺がこんなタイプだからって、受付のお姉さんもノリノリだ。

 こうして俺はミント入り洗剤以外の新しい資金稼ぎ先を手に入れた。

 しかし最初は俺みたいなよそもんから買い付けてくれる客層など皆無で、ちょっとだけ受付のお姉さんを恨みたくなっているその時。


「お、いたいた! コーヘイ」

「あ、パイセン」

「パイセン?」


 そこには馴染みの顔。一週間皿洗いのバイトで同じ釜の飯を食ったパイセンがいた。

 なんか別の名前があった気がするけど、他人の詮索をしないのが俺の美徳だ。

 なぜか一緒にいる少女が訝しげに俺とパイセンを見る。

 お、白昼堂々ナンパか? やりますねぇ。


「アイリスさんからここにいるって聞いてな」


 また知らない名前が出てきたぞ? 誰だ?

 ニコニコしながら誤魔化していると、横にいた少女が俺を値踏みしてきた。


「あの、カインズさん。本当にこいつと知り合いなんですか? 言っちゃなんですけど……」


 おい、今身長のことを口走ろうとしたな?

 俺の直感を侮るなよ。


「それ以上はよせ。こいつは本当にすごいんだ。コーヘイ、例の洗剤ひとつ。それと新商品もあるんだろ?」

「どこでその話聞いたんです?」

「ギルドの受付」

「あー」


 あの人、口軽いんだ。まぁパイセンのことを話すくらいだもんな。

 きっと他人のプライベートを厳守しようだなんて考えはないのだろう。

 俺の洗剤をありがたがって使ってくれる取引先第一号はこのパイセンなのだ。

 それから口コミで瞬く間に『ミント洗剤やべーよ?』みたいな噂が広がり、今や作れば作っただけ売れる植野商店のブランドにまでなっていた。


「あ、その洗剤の買い付け先ってここだったんですね」

「まぁな。この洗剤のヤバさはお前もよく知ってると思う」

「正直、インチキだと思ってましたけど」

「ここの洗剤を買っておけば解体後の洗浄は楽だ。ただでさえモンスターの死体は腐るのが早い。しかしこの洗剤で毛皮を洗うとな、防臭に虫除けの効果までつく。それ以来手放せなくてな」

「そこで新商品が出たから飛びついた、と言うわけですか?」

「ああ、それが虫除けだって言うんなら尚更だ。ただでさえ痒み止めクリームが手放せない時期。採取の際の必需品になると思った」

「まぁ、そうですけどね。でもお高いんでしょう?」

「値段はそうだな、コーヘイの口から聞いてみるといい」

「え、30ブロンズで考えてますけど」

「安い! この手のアイテムはシルバーかゴールドで考えておけといってるだろう?」

「とりあえず、今んとこ売れてないので初回サービスで30ブロンズでいいっすよ」

「あの、私たち馬鹿にされてるんですか?」

「違う、こいつは自分の商品の効果に今一つ自信がないんだ。洗剤だって俺がその価値を言い振らねば当初は10ブロンズだったんだぞ?」

「信じられません!」


 言うなや。

 今でこそ40シルバーという強気な値段で売れるのは、パイセンの口コミがあったからだ。

 で、その洗剤と比べて虫除けの内訳を考えてみたところ。

 この容量なら10ブロンズ。そこに露店の費用を考えて単価30ブロンズが妥当という話である。

 なんならミント洗剤を出すだけで儲けが出るからな。


「本当に、あの洗剤メーカーの新商品がこのお値段で買えてしまっていいんですか?」

「先物取引案件だな。ではこれを10個ほど買い付けておく」

「毎度ありー」


 安くしとけばこうやってまとめ買いしてくれるって知ってるからな。

 それからは押しかける潜在購入者の相手をしてその日を終えた。

 いやー売った売った。今日の飯は何食おっかなー?



 ◆



「あの、カインズさん」

「どうした、ミリス」

「私、今日一回も虫に刺されてません!」

「奇遇だな。俺もだ」


 クエストの帰り道。

 行きがけにワンプッシュしただけの虫除けスプレーの効果を目の当たりにする二人組がいた。


「これ、本当に仕入れ値30ブロンズで大丈夫なんでしょうか?」

「まずいだろうなぁ」


 何がまずいってその効果が虫型モンスターの繁殖期である今の時期でワンプッシュで乗り切れてしまったという事実がとにかくまずい。

 小型の吸血羽虫ならいざ知らず、中型や大型の虫型モンスターと一匹も出会わなかったほどだ。

 これは買い締めて他国に売り捌く業者がコーヘイを狙うに違いないとカインズの脳裏に閃くまでに至った。


「実際、あの人なんで露店で商売してるか怪しいくらい腕がいいですよね」

「残念なことに自覚はないんだろう」

「たかが虫除け、の話じゃないですよこれ」

「試しに解体後の毛皮に吹きかけておいたのが、これだ」

「私はお肉の方に吹きかけましたよ」


 普通は今頃虫がつく。

 肉も毛皮も羽虫の温床だ。

 それが今までの当たり前だった。


「クエストお疲れ様です。このまま納品しちゃいますか?」

「頼む」

「よろしくお願いします」


 結果を聞くのが今から怖い。

 あのスプレーそのものに肉や毛皮を害するものが入ってないことは確認済みだが、もし何かの間違いでダメにする効能が現れたら目も当てられない。

 しかし、それを上回る査定結果が出てしまった。


「こちらの毛皮、本当に今日解体して持ってきたものですか?」

「と、いうと?」

「まるで滑して三日乾燥させたかのような清潔感と肌触りで、目を疑ってしまうものでしたから」

「「…………」」


 カインズはミリスと顔を向き合わせて渋い顔をした。


「それとこのお肉。ここに来るまでに下味でもつけました? ハーブの香りが肉独特の臭みを消してより上品な質に仕上がってましたよ。やりますねぇ!」


「「……………………」」


 カインズとミリスはアイコンタクトでやりとりし、本来もらえるよりだいぶ重めな皮袋の感触を確かめて宿に帰った。

 これはまたとんでもないものを買ってしまったという罪悪感に苛まれながら、二人は眠りについた。


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