あれから一週間。
パイセンの口コミで瞬く間に新商品に火がつき、再三の値上げで庶民には手が出せない一つ1ゴールドの取引で決着がつく。
どうもあれ、一日に数プッシュ振りかける前提で作ったにもかかわらず、一度のプッシュで三日持つことが判明した。
その上で解体直後の独特の匂いも除去、虫も発生させず。なんならミントの風味でフレッシュな感じにまとまるというまるで魔法みたいな仕上がりというじゃないか。
虫除けスプレーをそんな使い方するなんてある?
なお解体後のお肉にふりかけると適度なフレーバー効果で上品な味になったとか聞いて頭がこんがらがったよね。
虫除けスプレーを食肉にかけるやつがあるか!
確かに口に入れて悪い成分は入ってないが、そういうことじゃねーだろ!
異世界に衛生理念を持ってきても通用しないだろうなって思ってはいたけど、ここまでとはね。
今度からもっと気をつけて動かなきゃなって思った。
話を聞くたびに何度も頭痛を覚えたが、それで需要が上がったんなら感謝して然るべきと考えるか。
実際、もしこれを仕入れが1からだった場合俺はとっくに破産している。
疲労困憊でくたばってる可能性が高い。
それをせずにのんびり暮らせているのは、シズクお姉ちゃんから賜ったこの便利な魔法グッズのおかげでもあった。
最初押しつけられた時はその扱い方に困ったが、ある日そこに一つだけアイテムを納めていたら倍になっていたのを確認して閃いたよね。
これ、【アイテム量産バッグ】だって!
もう一つのポーチにはユウキのかシズクお姉ちゃんのかわからないけどメイク道具が入っていて。
スプレーボトルはここにあったのをアイテム量産バッグで増やしたものになる。
そのおかげで、一日に生産できる数は限られてるんだよね。
前日のどのタイミングで増やすかによって数に変動あるからな。
もっと数を増やす場合、毎日の販売が難しくなる。
日銭を稼ぎたい俺としては、それはあまりにも非効率。
バッと稼いでその日の夕食を豪華にする! 意外に金の使い道が思いつかない俺にはきっと商売意欲が足りないんだと思う。
まぁ実際金に頼り過ぎるのもどうかと思ってるしな。
ミントを生やすのだけなら誰よりも得意だが、こと商売となると単純な話じゃない。
夢の魔法アイテムといえど、そこまで願望を叶えちゃくれないのである。
「きたね、坊や。今日は腕によりをかけたシチューだよ! 坊やのおかげで街に降ろされる食肉の質が上がったからね」
「俺は実際なんもしてないけどな?」
「何言ってんだい。ミントスプレーの作り手ってだけで鼻が高いだろ? 今じゃ飛ぶ様に売れて、予約待ちって話じゃないか」
宿屋の女将さんは自分のことの様に喜んでくれるが、俺にとってはここ数日のバカ売れはよくないことの前触れに思えてしかたなかった。
これがギルド預かりじゃなかったらと思うとゾッとするほどにな。
すごいのは俺じゃなくて、俺のミントなんだと言っても誰も理解しないでやんの。
完全に売上だけでしか俺を見ない日が数日続き……
俺を一目見ようと押し寄せた客が集中した結果、宿の女将さんは倒れた。
狭い宿屋で、従業員は家族くらい。
親父さんは奥で料理を振る舞っていて、女将さんは料理の発注から配膳。空いた時間で宿のベッドの層取り替え、掃除、洗濯と大忙しだ。
その責任は俺にある。
子供達はまだ小さい。お手伝いはできても、早速その日から代わりをやってくれと言われたって無理だろう。ここには頼れる働き手が圧倒的に不足していた。
「と、いうことで数日だけここでバイトさせてください」
「悪いね、坊や。あたしなんかのために」
「いいんですよ、客足が増えた原因は俺にありますし。なんだったら販売所も店先に変えます。売上の10%は場所代として納めますし。ここは手狭だから人を雇うことも難しいじゃないですか」
「そこまで気を使えるのをいつまでも棒や扱いは気がひけるね」
「俺はどっちでもいいですけどね」
今や
それに行く先々で坊や扱いされてるし、反論するのも疲れた。
と、いうわけで。
ずっとうまい飯と寝心地のいいベッドを使わせてくれる宿屋でバイトしようと思ったわけである。
俺はここ最近、なぜか全く疲れない。
ミントの成長によるものかどうかは知らないが、俺にも少しくらい恩恵があるんならそれに越したことはない。
「コウヘイ、この料理を三番テーブルに」
「あいよ!」
唸れ、俺のミントサーブ!
料理を丁寧にミントで包んでから上空に設置!
テーブルの上まで移動したらミントを螺旋階段の様に配置して、スルスルと急降下。
もはや大道芸の領域にまで達した俺の巧みなミント捌きときたら、目を見張るもんだぜ。
噂が噂を呼び、俺の大道芸じみた料理サーブ目的の客足まで増えてきた。
ランチが終わればレストランを休んで夜の仕込み。
その間に暇を持て余した俺はミントグッズの販売を行った。
稼ぎはこれ以上必要ないだろうが、まだ小さい子供に服の一つでも買ってやってくれと言ったら喜ばれた。
日本にいた時と違って、こっちの洋服関連て無駄に高いんだよな。
だから庶民は親のお古を工夫して着回してるって聞いて泣けてきちゃった。
もはや順番待ちが長蛇の列になったのを見計らって撤収。
だからそんな在庫ないんだってば!
これはちょっと生産手段見直さなきゃな。
まだ仕込み中の親父さんに労いの一杯。
水である。
外で買い物をした帰り、レモンっぽい果物の果汁を絞ってそこにミントを添えただけの代物だが、汗をかきすぎて意識が朦朧としていた親父さんの気分をリフレッシュするには十分な威力を発揮した。
「助かったぜコウヘイ」
「なんのこれしき。いつもうまい飯食わせてもらってますからね。俺、好きなんすよここの料理」
「宿屋の貧乏飯を好むなんて、お前の舌どうかしてるぜ? ローズアリアで飯を食うんなら表通りの店のがなんぼか上等だろう?」
「あっちは味がくどすぎて」
「ははは、常連に聞かれたらお前殺されるぞ?」
以前まで皿洗いしてたバイトしてた店の話な。
確かにあの店はボリュームがあって味は別格!
なんだけど、味付けが塩っ辛い。
完全に肉体労働者向けの味付けで、インドア派の俺には少し重たく感じてしまうのだ。
それに比べてここの宿の味付けは塩気がちょうどいい。
塩分をケチってるとかそういう意味じゃなく、ある食材を巧みに組み合わせての料理構成が芸術的なのだ。
表通りのレストランがアメリカ的だとすれば、今俺が泊まってる宿屋の飯は日本風。
要は食の好みの問題ってわけだ。
嫌いじゃないが、毎日は無理的な?
そこで親父さんが俺の差し出した水を一気に呷ると、一気に表情を険しくさせた。
空になったコップをカウンターに置き、何かを確認する様に俺に問いかけてくる。
「これ、ただの水だよな?」
「この果物の果汁を絞ってますけどね」
「平凡なレモネの果実だな。それだけじゃないだろ、俺はその奥に隠された僅かな香味の正体を知りたい」
「あー、俺のミントをちぎって投げました。風味が良くなると思って」
「それだ! お前も自分で飲んでみろ。これただの水として出すのは失礼だぞ?」
「そんなに?」
飲んだ。俺にはちょっと普通の水との違いはわからなかったが、これを飲ませた女将さんが体調不良から復活した。
毎日お仕事の手伝いをしている疲れ気味の子供達がこれを飲んでからより元気にはしゃいでいる。
酒を飲んでいい気分になって暴れた冒険者も、これを飲んだらすっかり酔いが覚めたように非礼を詫びた。
魔法の水。
いつしかそう呼ばれたこの宿の名物は、飲むと疲れを消し去り、著しくやる気を促すものとされた。
俺のミントがまた何かやっちゃいました?
ステータスを覗き見れば、また何か増えていたし。
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名称 :コウヘイ・ウエノ
宿命 :ミント栽培
称号 :ミントマスター
ミントLV :500
<繁殖地>
ローズアリア王国_Ⅰ
<特性>
繁殖力:極 / 防虫力:中 / 防臭力:中
吸魔力:微
<信仰>
_Ⅰ_疲労回復
<機能>
メッセージ:OFF / オート地植え:OFF
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信仰?
ミントに対する信仰が、繁殖地であるローズアリア王国に反映されてるってことぉ?
とりあえず、宿の裏の花壇の一角にミント用のガーデンを作った。
俺が外出中の時はそこから摘んで水に補填してくれって子供達に言付けておいた。