さて、一躍俺のミントが宿屋を救った後のことである。
実際に俺の居場所がなくなるほどの大人気宿屋になっていた。
一応寝泊まりしているが、レストランの方はぎゅうぎゅう詰めでな。
そんなわけで俺は今日も今日とて冒険者ギルドで楽して稼げる仕事を見繕っていた。
「お姉さん、なんか俺のミントがもっと活躍できそうな仕事ない?」
「そこは普通、もっと自分の力を示すところでは?」
「それ、聞いちゃう?」
俺の至らなさ、浮き彫りにしちゃう?
「いえ、でもほとんどコウヘイ君のおかげでギルドの仕事も楽になってますし、これといって楽で稼げる仕事は……」
やっぱそんな上手い話はないか。
そう思いかけた時、
「大変だ、下水路にモンスターが現れた! 汚水処理場に大量のファングラットが巣食ってる! このままじゃ満足に水路をつかえねぇ! ギルドの方で請け負っちゃくれねぇか?」
「少しお待ちください。緊急依頼として請け負います。コウヘイ君、少し席を外していいかな?」
「あ、いいっすよ。俺も急ぎじゃないし」
そう言って奥へ引っ込んだ受付のお姉さん。
騒がしくなったギルド内に残っていても仕方ないと俺も場所を移動した。
「あれ? コーヘイじゃないか」
「あ、パイセン。ちっす」
「こんにちは。今日はいつものところで露店を出していないのですか? また少し入り用だったので」
「あ、ごめんな。今は売り場を移動してて。そっちで話するか」
パイセンコンビがやってきて、騒がしくなってきたギルドを尻目に場所を変える。
「そういえば最近見なかったけど、どこ行ってたんすか?」
「所用でな。少し彼女の父親と面談だ」
お? 随分と歳の差が離れてるけど、そういう系?
いや、パイセンが老け顔の可能性もあるにはあるな。
「今、とても不快な視線を感じました」
「なんも言ってねぇじゃねぇかよ」
「ははは、俺とこの子はコーヘイが思ってるような関係じゃないぞ。彼女はな、かつて俺が冒険者をやっていた時の仲間の子なんだ」
「あ、そういう」
通りでどこか優しい目つきだと思った。
男女の関係じゃないなと思ったのは見守るような視線だったからか。
俺とユウキ、シズクお姉ちゃんの関係と似てるな。
あの二人、俺を妹か何かと思ってる節がある。
男だっていうのに全くわかってくれない。どうにかして頑張っても全然報われなかった思い出が蘇る。
「くっ」
「どうかしたか?」
「いや、罪悪感がな」
そんな仲の良い相手に、俺のミントがきっかけで疎遠になってしまった。
その罪悪感が俺の中で膨らんでいく。
そっと連れの女子を見れば、じっとこちらを見つめ返してきた。
幼馴染のどっちにも似てないのに、なぜあの二人を思い出すのか。
「何か?」
「いや、ふと昔を思い出しちまってな。俺にもそういう関係を持った相手がいたんだ。今は違う道を歩んじまってるけどな」
「悪い、踏み込んではいけない話だったか? ミリス、失礼な態度はよしなさい」
「ですが、黙ってじっと見られるのはあまりいい気分にはなれませんよ」
「それでもだよ。今後いい関係を保ちたいのであればな」
「ああ、いや。そんな大層な話じゃないんだ。ここに流れてくる前にちょっと喧嘩別れしちまってな」
俺は手のひらからミントを咲かす。
それでパイセンは察してくれた。
「ミント関連か」
「ああ。こいつは見ての通りどこにでも生えるし、繁殖力が異常だ。だから俺の意図しないところで勝手に増えて、そいつの大切なもん(王宮の薬草保管庫とか王女様の大切なバラ園とか)をめちゃくちゃにしちゃったみたいでな」
「それでも、昔のままのミントじゃない。お前がそれを証明しているじゃないか。だからもう一度会う機会があったら胸を張っていけよ」
「おう、ありがとうなパイセン、ちょっとやる気出た」
「その意気だ。俺もさっさと結婚しとけば今頃お前くらいな子供がいたのかな」
「何? 仲間のもとで自慢とかされた系?」
「娘自慢がな」
「バカな父の話はさておき、ミント商人の購入を」
「ああ、ここで請け負うよ。変にしんみりさせて悪かったな。入り用数は?」
「あるだけ全部お願いします」
「うーん。他のお客さんの分への配慮はないと?」
金ならあるぞ、と憤る女の子から顔を逸らし、俺の視線はパイセンへ。
「どうにも父親に自慢をしたいようでな。小遣いをもらってそれで買い付けると話を大きくしたんだ」
「それで土産の総数が嵩んだってわけか」
「そういうことだ。お前だって制作する時の都合もあるだろう?」
「まぁね。一気に作れるもんじゃないし、求める量によっては数日かかる。だからその分確保しといて、数日後でいいんなら約束を請け負うぜ?」
「どうしましょうか?」
「ここは乗っておけ。お前とコーヘイは間田売り手と買い手の関係性でしかないからな」
それを言ったら俺とパイセンは同じバイト先で出会った顔見知りでしかないわけだが。
いや、この話はこれ以上膨らませてもお互いに不孝を買うだけか。
「と、いうわけで数日この町でのんびりしてけよ。金はあるって言ってもそんなに大量の品、どうやって持っていくつもりだよ」
「それには仕掛けがあってな。こいつのカバンは魔法のバッグだ。これでも容量は少ない方だが、土産を入れる分なら十分賄える」
「へー」
俺のアイテム量産バッグの親戚みたいなもんか。
「そういうのって買えば高いんだろ?」
「だいたい1000ゴールドからだな」
「
「庶民向けじゃないからな。それでも冒険者なら危険地帯に向かってそういうアイテムをドロップできる可能性もある。実際にこれは俺とその仲間が冒険自体に仕入れたものでな。そのお下がりなんだ」
「へぇ。値段を聞くまでは俺も欲しいなって思ったけど、値段聞いたら無理に手に入れなくていいやってなった」
「そんなものだ。むしろ相手を諦めさせるための金額設定でもあるからな。レアアイテムは総じて貴族が買い付ける。さて、アイテム入手までの数日をどう過ごそうか」
「いくつかクエストを見繕いますか?」
「ここ最近、採取系クエストは早い者勝ちだからな」
俺のミントスプレーのおかげだそうな。
一本1ゴールドなのに飛ぶように売れるので俺も儲けさせていただいてるが。
商売の話を切り上げ、ギルドに仕事を探しにいくのをついていく。
そこでは先ほど取り上げていた緊急クエストが張り出されていた。
内容は、ふむふむ。
「汚水処理場、ですか」
ちびっこが行きたくないと顔を顰めて唸った。
「でも報酬良さげっすよ?」
「問題は匂いだな。体力仕事なのもあるが、狭く見通しの悪い場所だ。火の魔法を使えば引火の恐れがある。逃げ場のない場所では自爆を誘う。そして明かりの少ない場所での訓練は夜目の利く冒険ッ者が頼られる」
「さすが熟練冒険者」
「駆け出しの頃は何度も溝浚いで資金稼ぎをしたものだ。思ったよりも体力を使うからな。女子供にウケが良くないのは確かだがな」
なるほど。つまり男を見せるための仕事ってわけだ。
『漢気チャレンジ』の本領発揮か。
ユウキはここにいないけど、俺はやるぜ!
「俺、受けようかな」
「正気か? いや、コーヘイのミントなら可能か」
「まさかカインズさん、いくつもりですか?」
自分は行かないぞ? そんな表情で抗議を続ける少女を置き去りに、俺たちは汚水処理場に『漢気チャレンジ』を行いに向かう。
参加できる冒険者はFランクから幅広く。
実際に戦闘に参加しなくても、やることは大量にある。
汚物の排除にモンスターの解体。足場確保などなど。
そして俺のミントは、汚泥を吸い尽くし確かな足場の確保を実現。
足元をミントだらけにしたら、汚臭を吸収! 爽やかなミントの香りで配水処理場を満たした。
地下室から腐敗ガスは除去され、モンスター討伐は苦もなく撃退。
ランクごとに受け取れる報酬に差こそあったが、今後定期的にミントを生やすお仕事が俺に割り振られた。なんならそのおかげで水道からミント水が捻る出せるようになったからな。
これで信仰が上がるなんてことはないが、住民からの感謝の声が広まったのだけは確かだった。