「それじゃあ数日間世話になったな」
「あの、またここの宿に泊まりに来てもいいですか?」
「別に俺の店じゃないから好きなタイミングで来ればいいさ」
「その、この数日は本当に無礼な真似をしてしまい」
「いいさ。お互いに相手を知らないからこその思い込みもあった。それだけだろ?」
パイセンの連れ子、ミリスと言ったか。
すっかり俺の世話になってる宿のサービスに感銘を受け、当初の目的の優先順位を後回しにするまでになっていた。
今や家族へのプレゼントよりも、個々の常連になるにはどこに手を回せばいいのかすら真剣に悩んでいるほどだ。
「また、遠出っすか?」
「そうだな馬車で一週間と言ったところか。雨季が来る。その前に出ておきたい」
「雨は長旅には堪えるでしょう」
俺もユウキと一緒に雨の中で相撲をやったことがあった。
あの日はびしょ濡れで二人揃って風邪を引いたっけな。
安全な日常ですら雨に濡れるのを好んでする馬鹿はいない。
そして異世界では野党とのエンカウントが日常茶飯事ときた。
こういう時、ミントの力だけではどうすることもできない。
いや、待てよ?
俺はパイセンに水筒を持たせた。
「これ、持ってってください」
「これは?」
「宿で出してる魔法の水の簡易版っす。水筒の中にミントを生やしたんで水を入れて、適当な果実を絞ったものを入れて飲めば気だるさぐらい吹っ飛ぶっすよ」
「助かる」
パイセンはそれだけいうとフードを深めに被って出立した。
雨季が来るというのが信じられないくらいに日差しが強く照りつける。
今日は暑くなるぞ。
そんな気配が朝の喧騒の中からも聞こえるような気がした。
そして今、俺は窮地に立たされている。
「あの、仕事」
「難しいですねー」
「ほら、皿洗いとか」
「過去にやらかした商品の数々をお忘れですか?」
「あっスゥ……」
皿洗いのバイトはミント漬け洗剤で全滅!
今ではパイセンも街を移すほどに仕事がないときた。
定期的に入ってくる塩漬け気味の水路掃除も、ミントを生やしたおかげで異臭騒ぎもせず清潔!
そして採取系や解体系のクエストは早い者勝ちで無くなっていく。
ギルドとしては新人が育ってくれるのは嬉しくもあるが、育った新人が軒並み居座り続けるという異例の事態を引き起こしていた。
つまりはそう、稼いだ資金を次のミント商品に当てるために居座るのだ。
中にはよそからやってきた冒険者も居座る始末で、ギルドに在籍していらい初めての運営効率を見せているほどだと受付のお姉さんは豪語している。
そのおかげで俺は新規クエストを得られず、物を作っては売るだけの自堕落的な日々を送る。
戦闘能力が一切ないからこその安全な暮らし。
これ以上を望むだなんてとんでもない。
結果はついてきてる。
でも、気持ちは幼馴染の背中を追った。
パレードの後、王国の代表として国内の街で様々な問題を解決したという報告をギルドで受け取るたび、胸が苦しくなる。
あいつはイケメンで実力もあってカッコつけだけど女の子なんだ。
俺がいないとすぐに無茶をする。
自分の気持ちを置き去りにして、自分を犠牲にして他人を助けようとする。
平和な世界では美徳だけど、ここじゃ……ただの自己犠牲でしかない。
シズクお姉ちゃんがついてるから大丈夫だとは思うが、心配で仕方なかった。
男の俺がサポートしてやらなければ。
そう思いつつも、現場に行ったところでなんになる?
ミントを生やすだけで戦闘の邪魔にしかならない俺が、勇者のサポート?
聖女の代わり?
誰もが失笑を漏らすに違いない。
内心、自分でも馬鹿げていると思っている。
けど、ユウキに負けたくない。
俺のミントならやれる!
今まで無理難題をこなしてきたんだから。
ここで足踏みをしていたら、いつまで経って守られてばかりのあの日から一歩も抜け出せない。
せっかく異世界に来たのに。
昔の弱い俺を超えられない。
そう心に決めたら早かった。
俺はここ最近では人気が低迷しつつある討伐系クエストを取り出して受付に持っていった。
「コウヘイ君? 流石にこれは今の君には早いわよ。勇者様にも厳しく仰せつかってるし」
危ない目に遭わせるような仕事は割り振るな、だろ?
けど、世界の命運を賭けて戦ってる幼馴染に比べたら、こんなの害虫駆除と同じ。
害虫は俺のミントには近づけない。
なら俺が一方的に攻撃できる。
「知ってるよ。けど、俺は少しでも強くなりたい。男として、勇者様の世話係をやりたいんだ」
いつも一緒について回っていた。
けど一人捨て置かれ、勇者と聖女は旅立った。
「コウヘイ君の気持ちもわからなくはないけど」
「別に何匹も狩って来るとかじゃない。倒せそうだったら倒して、無理そうだったら逃げ帰ってくるし」
ただ、人から言われて勝手に自分に蓋をして何もしないのが嫌だった。
「わかりました」
「いいのか?」
「もちろん、一人では向かわせられません。今はもうあなた一人だけの問題ではないですからね」
「そう言うこった。俺でよければ付き合うぜ?」
「パイセン?」
そこにいたのは冒険者ではない家事職人の方のパイセンだった。
普段ギルドで見かけないと思ったら、急に現れた。
「あらハウゼンさん。本日の用向きは?」
「一応薪の調達クエストの発注と、弟子の教育用にクエストを見繕ってたんだ」
弟子? それらしい姿は見当たらないが。
キョロキョロしていると、パイセンが肩をすくめて「今はいないよ」と答えてくれた。
「ハウゼンさんが一緒についてくださるのなら安心ですね」
「え、でも鍛治職人だって聞いたぞ?」
「実家が鍛冶屋なんだよ。鍛冶屋と言ったって、全く戦えないわけじゃない。自分の体よりでかい大木を叩き切ったり、害獣の始末もしてる」
「へぇ」
そう考えたら俺、鍛治の仕事ってなんも知らねーや。
「お弟子さんというと」
「弟の娘だな。うちのガキはまだまだ離乳食だからよ」
最近女の子連れ回すの流行ってるの?
「もう一人のパイセンも女の子連れ回してたけど、今そう言うの流行ってるんすか?」
「あー、あいつか。俺はあいつがどこで何をやってるか知らないんだよな。冒険者って話しか聞いたことないし」
同じかまどの飯を食ったところでバイトの募集で集まったメンツなんて本来そんなもんだよな。
プライベートを知ってるこのギルドの方がおかしいんだ。
「カインズさんなら子爵家のご令嬢をお連れして領地に戻ってますね」
「え、あいつ貴族付きの冒険者だったのかよ。くそ、だったら頼み込んででもうちの店を貴族御用達に推薦して貰えばよかった!」
流石にそれはダメでしょ。
バイト先で知り合った仲間で、こいつはいい奴だから御貴族様にどうですかって?
俺ですら断るわ、そんなん。
「そういえばコーヘイ。お前の噂はうちの店にも届いてるぞ」
「へー、どんな奴っすか」
「宿屋を救出したとか、下水をクリーンな環境に改善したとか」
やっぱり冒険者じゃない分、広がる噂も街に根付いてるのかな?
「まぁ、俺のミントも洗剤を改良するだけじゃないってことっすね」
「それでお前も随分儲かってると聞く」
「なんすか、急に真剣な顔で」
「いや、不躾な話で悪いんだが、お前の武器。俺の弟子に作らせちゃみないか?」
唐突なお願いだった。
なんだったら
同じかまどの飯を食った仲だろって?
バイトで一週間顔を突き合わせた仲でしかないんだよなぁ。
「金額にもよりますけど、俺の武器はミントっすよ?」
「採取用鋏でどうだ?」
この人、一旦商談を始めたらテコでも動かないな。
こんな人だったっけ?
いや、皿を洗うだけの間柄だったしここまで見抜けるわけねーわ。
「まぁ、今後採取もするかもしれないならそれでいいっすけど」
「ヨシ、決まったな。出来上がり次第持ってくから朗報を待て!」
そのまま帰ろうとするパイセン。
「あ、ハウゼンさん。コウヘイ君の護衛の件ですが」
「おっとそうだった、胸のつっかえが一つ取れて安心した矢先だったからすっかり忘れてたぜ」
この人に任せて大丈夫か?
そんな不安に駆られながら、俺の初めての外出クエストは始まった。