「ひどく騙された気分だが、今の俺には金がいる。背に腹は変えられねぇや」
「そんじゃま、早速事業の一つを任せたいかな」
「随分と思い切りがいい坊主だな。俺に何をさせるつもりだ?」
何をも何も仕事だ。
俺の提案じゃ、穴だらけで資金を投じてもすぐに回収はできない。
だったら同じ資金を投入するなら、少しでも見返りがある方に賭けるだけだ。
今回その右腕になってくれそうな人材が今目の前にいる人だとアスタールさんは言う。
なら俺はそれを信じて事業を任せることにした。
「そうですね。実は我々はこちらの砂漠へ拠点から日を跨がずにきている、と言ったらどう受け取りますか?」
「ホラ吹きの類と相手取って信用は地の底まで落ちるな。そんなバカな話、誰が信じるって言うんだ?」
「だが実際出来る。じゃなきゃこんな軽装で、その上護衛をこれだけ絞って旅なんてしねぇんだ」
「まさか本当に? みんなして俺を罠に嵌めようってんじゃねぇだろうな?」
理解できないのも仕方がない。
実際俺もいまだにどうんな仕掛けで動いてるのか理解してねーもん。
そう言うものだって割り切らないとこの先続かねーぞ?
「コウヘイ様、ミニチュアをお作りいただいても?」
「オッケー」
見なよ、俺のミントを。
俺は両手からミントを一気に生やし。
両手を合わせてそこから一つの車両を生み出した。
「俺はコウヘイ。『ミント栽培』の宿命を歩むもの。どうぞお見知りおきを、グスタフのおっちゃん」
壁にミントがレールのように生え、ミント列車は壁を走り出す。
「まさか! 『栽培』系の宿命だと!? 大災害の申し子じゃねぇか!」
やっぱこの宿命、ヤベェ代物じゃんか。
大災害の申し子って何?
まぁ実際目の当たりにしてきてるけど。
まだそこまで言うほど被害出てなくね?
「ええ、普通であるならば。ですがコウヘイ様はそのミントを自在に生やすだけでなく、再構築する力をお持ちです」
「レベルは?」
「1200!」
「桁が恐ろしいな。どこに植えてきた。どれだけの被害を出した?」
「王宮の薬草畑!庭園!食糧庫!宝物庫!城下町の地下水路!近隣の森!」
「おいおいおいおい」
「その上で魔族の侵攻で汚泥に埋まったウォール領全土だ!」
「は?」
最初はその被害のデカさにグスタフのおっちゃんも笑えない冗談だと頭を抱えていたが、途中から何か違う意図を感じて話を聞き返した。
「あんた、拠点はウォール領って話だな。だが一度魔族の侵攻で滅んだって? それはいつの話だ?」
「一ヶ月ほど前でしょうか」
「商会の立ち上げは?」
「ちょうど同じ時期です」
「泥沼の上で商売を?」
「いいえ」
「まさかミントが泥沼に埋まった領地そのものをミントで吸い上げたってのか?」
「はい」
グスタフのおっちゃんとアスタールさんがまじまじと見つめあって興奮冷めやらぬと言う顔をする。
何かの押し問答かな?
俺がやったら返しは「そっすねー」一択になる。
この領域に至るには長い道のりが必要だ。
「マジか。そこまでか。栽培系にそんな隠し機能があったなんて」
「何をそのように驚かれてるので?」
「いや、俺も昔、同じ宿命を歩んでいる奴を誘って商売を仕掛けたんだ」
結果は惨敗。大損害を出したらしい。
まぁ、あんな特性じゃ仕方ないというか。
植た覚えのない場所にまで勝手に生えるしな、あれ。
「けど、はは。俺の直感は間違っちゃいなかったんだな。レベルか。レベルが足りなかったんだ、そうだな? そうかそうか、レベルか。面白くなってきやがったぜ」
「まだ我々もミントの全てを把握しておりません。ですがこれほどのレベル、普通は聞きません」
「勇者の系列か? レベルの上限突破が可能なのは異世界から召喚された勇者の特徴だ」
「その可能性もございます」
おっちゃんが俺をジロリと見つめる。
アスタールさんは誤魔化してくれたが、これはきっと誤魔化しきれなかった奴だな。
さっきまでの酔っ払いモード含めて演技だったのかよってくらい気配がまるで違う。
まるで餌を見つけて歓喜した肉食獣のそれだ。
「もう何度も言ったが、俺はグスタフ。『百連』のグスタフだ。よろしく頼むぜ坊主。俺の商売はあんたのミントにかかってる」
「逆っすよ、逆」
「なんだと?」
「俺のミントを使ってあんたにあらゆる業種の隙間に入り込む商売をして欲しいんだ。お金はアスタールさんに言ってくれれば無理のない程度に出してくれるから」
「コウヘイ様は経理にノータッチでございます。その方が自由な発想をお出しになられる。毎度その突拍子もない発想に驚かされてばかりですよ」
アスタールさんは心にも思ってないことを言う。
むしろその対応力の引き出しの多さに俺の方がビビってるんだけどな?
表向きはそう言わないのも含めておっかない人だよ。
「ったく、なんつー商会だよ。経理ガバガバで計上をあげようって?」
「ウォール領に帰ったらうちの商会の名を聞かない日はないぜ? だが、新天地でまでそれが通用するとは思っちゃいない。その舵取りをあんたに任せたい。やれるか?」
「誰に口聞いてんだよ。やれるか? じゃない。やれ、で十分だ大将。その舵取り、この大商人グスタフ様に任せてくんな」
「そんじゃま、よろしく!」
俺たちは固い握手を結んだ。
あとはアスタールさんが上手いことやってくれる。
「まずは契約書にサインと、こちらを」
「これは?」
商人らしく、新しい商品には目がないらしい。
育毛剤のケースには見覚えがあるものの、その中身を慎重に精査している。
こんな場面で渡すのだ。ただの育毛剤ではないだろう。
「実はこれ、育毛剤として非常に優秀でして」
「効果は?」
「強すぎて月に一度散髪に行かさせていただいてます」
「おいおい、禁制品じゃないか。こいつを売り込めって? 命がいくつあっても足りないぞ?」
「いいえ、絶対に表に出さないでください。出したらわかりますね?」
「脅しかよ」
そりゃそうだ。まだ信用しきれないからな。
今までのやり取りには口外されたら困るものがいくつか含まれてる。
だからこその脅しと、それを守った時の報酬の前払いだった。
「ええ、それぐらいあなたには期待しているんです。所持しているのがわかり次第命を狙われます。取り扱いには気をつけてください」
「それほどの商品をあんたのところでは取り扱ってるってわけだ?」
「そう取って頂いてよろしいかと」
「おっかねぇ爺さんだ。だが、あんたが惚れ込む男なんだな? そっちの大将は」
「ええ、末恐ろしい方ですよ。誰もが復興を諦めたあの状況を、たった一つのアイディアで打破した。まるで夢でも見ているようでした。そして侵攻される前よりも今は活気に満ちています。我々はその日、一つの奇跡を見ました。今もまだ、見続けています。あなたもどうです? 大災害の申し子と言われた『栽培系』の宿命の行く末を見てみたいと思いませんか?」
「俺ぁ実際にその場面を見ちゃいねぇが、魔族の侵攻は何度も目にした。その度に己の無力さを痛感したもんだ。だからこそ、その気持ちはわかる。大将はそれが出来る男なんだな?」
「ええ」
二つ名持ちは、特に多くの魔族の悪逆非道を見てきている。
先代勇者も、その子供であるパイセンたちの世代も。
今の平穏の礎となったらしい。
そんなこんなで新たな従業員を迎え入れたミント商会・イスタール支部での活動は、目まぐるしいほどの忙しさに包まれた。
当初こそは安価で買える魔法の水を求めて多くの人が集まった。
商売敵からはクレームが殺到するかと思いきや、そこは1日の数量を完全限定販売にすることで乗り切った。
そしてミントの布地がこれまた大量発注される。
他所で買い付けた布地をまとめてミント液に浸して乾燥を繰り返す。
(この時もミントに余分な水分を吸わせて効率アップ!)
忙しい日々が続いた。
それから二週間もすれば、街の装いが一気に華やぐ。
皆が暑苦しい外套を脱ぎ去り、思い思いの格好で街を歩くようになったのだ。
砂で壁を作ったとしても直射日光を遮りきれないこの場所で、人々はこんな暮らしが待っているとは思ってもみなかったようだ。
「スゲェな大将、あんたのミントは」
「でしょでしょ? もっと褒めていいぞ」
「そこで一つ提案だ。ここのミント、地面に生やせねぇか?」
「してもいいけど、方々から怒られない?」
正直それが怖くて加工して目立たないように栽培してるのだ。
それを大っぴらに栽培しろと言われて困惑する。
「責任は俺が取る。実は領主様から、太陽光を緩和する施策が出されているんだが、いまだにそれを実行できる奴が名乗りをあげなくてな。お手上げ状態なんだ」
「そこで俺のミントを?」
「光は入れつつ、熱を極限まで緩和してくれる蓋の代わりをして欲しいんだ」
難しい注文だった。
だがしかぁし!
俺にはそれができる能力がある。
なんなら砂の壁にもミントを這わせることができぃる!
怒られそうだったから率先してやらないだけで。
「一応やってみますけど、あんまり怒らないでくださいよ?」
「もうこの街で大将の功績に疑問を持ってる奴はいねぇよ」
たった二週間の間のことだけど、俺のミントはこのイスタールという繁殖地で信仰を【Ⅴ】まであげている。
商人向けに各領地停車のレールの販売をしたのもあり、あちこちミントだらけになっているおかげである。
だが、流石に街までは手をつけていないところにこの話だ。
俺はこのビッグウェーブに乗ることにした。
その結果、砂漠の街イスタールはミントに埋まった。
うん、まぁ知ってた。