「おや、お話はもういいので?」
「ああ、向こうも仕事あるみたいだったし」
「知り合いか?」
カインズパイセンが借りた部屋で身支度しながら聞いてきた。
黙ってるのも違うし、俺は部屋中を一瞬にしてミントまみれにして真実を話す。
これで盗聴されずに済むって最近知ったんだよね。
ミントの無駄に高いレベルがこんなところで役に立つとは思いもしなかった。
その後加工して壁紙として適用。
俺って頭いい。
「勇者だよ。会えてよかった」
「あれが? 以前会った時と雰囲気が全然違うぞ?」
「あっちが素なんだ。勇者モードはもっとオラオラしてるじゃん? それは演技でさ」
演技というか『漢気チャレンジモード』というか。
「そうか、びっくりするほど別人だ。街で見かけても気づけないわけだ」
「それで、勇者様方はこの街で何を?」
「盗聴を恐れてか詳しく話してくれなかったな。用事が終わるまでは滞在すると聞いた。それまではここでバイトしてるから、その時聞こうか」
「勇者様が寄る時点でモンスター、魔族関連だろうがな」
パイセン曰く、勇者にはそういう能力が備わっているらしい。
俺のミントと違い、人の役に立つ特性が多いようだ。
いや、俺のミントも頑張ってるんだけどさ。
特性が害悪すぎてどれだけポジティブに見積もっても被害出るんだよな。
そういう星の下に生まれた『宿命』だって?
うるせーよ。
「さて、私たちも行動に移りましょう。こちらへは観光に来たわけではございません。いつまでものんびりはしていられませんよ?」
アスタールさんが手を叩き、注目を集める。
そうだ、ここには頭部の後退で困っている優秀な人材が眠っている。
俺たちはその人をスカウトしに来ているんだった。
ユウキとの出会いですっかり浮かれていたが、俺たちも向こうの事情に付き合ってばかりもいられないのだ。
「まずは商会への登録から始めましょうか」
「ここに支店を出すつもりか?」
「何にでも足掛かりというのは重要です」
アスタールさん曰く、新天地での信頼の積み重ねはウォール領とは比べ物にならないほどのものになるだろうとのこと。
何せここでは後ろ盾が何もない。
シズクお姉ちゃんの出自の怪しい経典の教えをこんなにもありがたがるような場所なのだ。
こっちがどれだけウォール領で活躍していたとしても、そんな噂すら流れてきちゃいない可能性もあった。
「ようこそイシュタール商業ギルド支店へ。本日はどのようなご用向きでしょうか?」
「商品登録と出店許可をいただきに参りました」
「ミント商会、聞かない名前ですね」
「まだ立ち上げて間もないので。活動拠点はウォール領に限ります」
「そうでしたか。こちらはこんな僻地と言うのもあって、噂の流入がすごく限られているんです。もし不手際があったら申し訳ありません」
「いいえ、こちらも信用の積み重ねがそんなに簡単に済むなど微塵も思っていませんよ。早速取り扱っている商品の登録をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「はい、おねがおいします」
アスタールさんに任せるだけで話はとんとん拍子に進む。
やはりこういう場を乗り越えて信用を得てきたのだ。
俺だったら「え、知らないんですか? そっかー」で済ましちゃうもんな。
そんな対応したら積める信用も何もないのは誰でもわかる。
「流石の手腕だな」
「ねー」
「お前の商会だぞ?」
「俺のミントが主役なんすよね」
「お前はもっと自分を売り出していけ。十分すごいんだからな?」
「へーい」
だなんて話をアスタールさんが話している横で盛り上げている。
すっかり蚊帳の外だよ。
「まぁ、疲労回復ポーションをこのお値段で?」
「あまり数はご用意できませんが」
「ああ、いえ。ここでは水が貴重なものですから。やはりどうしてもお値段が」
移動費が上乗せされてとんでもない額になるのだとか。
確かにあの区間を馬の疲弊と合わせて移動するとなるとかなり費用を積み重ねたくなるのもわかる。
けど俺たちは……ミント列車のおかげでここまで日を跨がずに来てしまえている。
その差は大きい。
アスタールさんが『急行ウォール領行きの路線開拓』を一番に売り込もうとしていた理由もわかると言うものである。
実際それが他の商人の仕事を奪わずに丸く収まる妙案でもあった。
ウォール領では恐ろしい数の失業者を出したからな。
俺のミントは一次産業のみならず、二次、三次とあらゆる分野の職人の仕事を奪った。
文字通り駆逐した。
その全員をウチで雇って、ノウハウを活かしてさらに発展させている。
その間俺はのほほんと過ごして、事後処理を全部アスタールさんがやってくれた。
だから後からそんな話を聞いて大層驚いたものである。
いまだに従業員の全容を把握してないのが会頭の俺だ!
本当に俺が会頭でいいの?
ちょっと心配になってきたぜ。
「先物取引という形で宜しければ、定期的に卸せますよ」
「お上手ですね。ミント商会ですね、覚えておきます」
「ではこちらは無事締結できた記念に」
アスタールさんが一枚の布地を取り出した。
さっき宿で俺が作れるかどうかチャレンジしたミントの布地だ。
「まぁ、いいんですか? とても鮮やかな色合い。それにどこか落ち着く香り」
「今度売り出す予定のミント液を浸した布地です。リラックス効果があるので、服飾関係に渡して歩いているのですよ。そしてこれはまだ発見して間もないのですが、服の内側に貼り付けると、日差しをシャットダウンできる。ここに来るまで随分と長旅でしたが、汗ひとつかかずにこれました」
「! それは」
「流石に個人差があるものですので、万人に向くとは限りませんが」
「流石にそうですよね」
「そこも合わせて売り込んでいただけますか?」
「そうですね。上と相談してみます。もしそれが事実だったら、きっとすごい数の予約が殺到しますよ?」
「そうあってくれればありがたいですね」
あくまでも下手に出て、効果を付け足して教える。
ある程度大きくなった商人なら、ここは自慢するものだとパイセンは言っていた。
けどアスタールさんは真逆。
その狙いとは?
「まだここで地盤を固めてないからな。他の商人を差し置いて上から目線で売り込むのは自らの首を絞める行為だ。特にここは商業ギルド。出入りしているのは全員商売敵。どこでどんな噂が立つかもわからないんだ」
「へぇ。冒険者にもそう言う習わしがあるんすか?」
「出先では常に盗聴に気をつけるもんだぞ」
常識らしい。
「お待たせしました。情報の拡散はこれくらいでいいでしょう。あとは向こうが勝手に口コミで噂を広げてくれます」
「それ含めての対応か。さすがだな」
「そう言うことばかりしてきましたので。生きる上での知恵ですよ。持たざる者は知恵を働かせるものです」
とのことだった。
商業ギルドで土地の管理まではしてないので、ここから先は領主の許可が必要となることだ。
流石に入ってすぐに面会アポは取れないので数日はここで暮らす必要があるとのこと。
そこで同時に従業員を必要としている状況を生見出したのだという。
はえー、そこまで読んで動いてたのか。
こっちに支店出すのはブラフだと思ってたけど、従業員の獲得という目的を作り上げるための行動だったとはね。
なるべくなら土地勘があり、商売に強い。
その上でどこの商業ギルドに所属していない相手はいないか?
まさに今俺たちがその人物を探しにきている状況とぴたりとハマる。
闇雲に探しても見つからないなら、そう言う状況を作ることで誘き出すのだ。
全部計算づくと聞いて俺はアスタールさんを末恐ろしく思った。
さすが元勇者パーティの一員だ。
習うべきことが多すぎる。
そして、目的の人物は自分の足でやってきた。
どこかの商店から噂を聞いたらしい。
今日の今日のできごとである。
商人の噂の伝達速度を舐めていた。
そんなすぐに回るもんなの? こわっ
「あんた、俺を雇う気はないか? 土地勘ならある。あんたたちの商品を任せてくれるんなら、大金を持ってきてやれるぜ?」
ギラついた視線。そして赤ら顔。日焼けではない。
陽の高いうちからアルコールが入ってる状態だった。
そのギラついた瞳には、すぐにでも金が必要だと書いてあった。
頭部はだいぶ後退しており、カツラで隠すでもなくフードをかぶって見えないようにしている。
そのフードを脱いだ状態はいかにもな破落戸の風体。
しかしアスタールさんは。
「土地勘持ちの方は大歓迎ですよ。こちらにお名前と宿命、そして過去にどんなことをやってきたかをお書きいただけますか?」
「俺はグスタフ。大商人グスタフだ。あんたたち、運がいいぜ。この俺とこんな場所で出会えたんだからな! 大船に乗った気持ちで全部俺に任せな。あんたたちを稼がせてやるぜ! ガハハ」
こんな場所で燻ってた飲んだくれと出会えても、誰も感謝しないだろうに。
「存じ上げております。『百練』のグスタフ様。商人で初めて二つ名をいただいた英傑。その独特なスタイルから商人の間で名を聞かぬものはおりません」
「随分詳しいじゃねぇか。嬉しいね」
事前に聞いていた話だと、全く見ず知らずの場所に入り込んでの一点掛けをする大博打を仕掛けるらしい。
しかし必要経費がかかりすぎて、出資者が一人また一人と離れていって、今やこうして飲んだくれていると聞く。
だが、先見の明だけは確実にある。
足りないのは資金力だけだ。
かつては莫大な資金力があったので成功できていたが、それが尽きてからは誰からも見向きもされなくなったとか。
「そう言うわけでよろしく頼むぜ、おっさん」
「坊主は?」
「ミント商会の会頭であるコウヘイ様です」
「爺さんがトップじゃねぇのか?」
そりゃあ、商業ギルドであんな大立ち回りしてたら誰だってアスタールさんが代表だって思うだろう。
俺も実際そう思ってるし。
「ははは、私は現役を引退した身ですよ。ご冗談を」
「くそ、もしかして俺はとんでもない泥舟に誘い込まれちまったてっのか?」
ひでぇや。