「て、ことがあったんですよー」
シャルのような学園の卒業生で、かつ手に職をつけた女生徒に婚約を申し込んでタダ働きをさせようとしていた輩をミントグッズで成敗したことを、その日のうちにアルハンドさんへ報告していた。
流石にんあの前で『通信』するわけにはいかず、面通しを兼ねてウォール領へ一時帰宅だ。
「なるほどな。うちの娘が随分と乗り気で話に関わりに行ったわけだ。クレイズ家のマーカスか」
「お知り合いですか?」
「よく知ってるよ。うちの娘の婚約者候補だった」
「あちゃー」
「しかし学園での悪事が露呈してな。取り消しにした」
「何しでかしたんです?」
シャルやフレッタからある程度は聞いたが、それが婚約取り消しになるレベルの騒動だとは思わなかった。
せいぜいいじめの主犯とかそれくらいの規模だろう。
「第一王子の立場を失脚させるネガティブキャンペーンをな」
「バカなんですか?」
生まれた直後の第二王子の派閥に入るってのは相当に慎重に動かす案件だろ。
まだ立場も安定してないのに失脚狙いの騒ぎを起こすなんて。
まるでそんな未来が確定しているみたいじゃないか。
いや、直前に魔族の騒動もあるか。
なら裏にいるのは魔族なのか?
なんもわかんねぇ。
情報が少なすぎるぜ。
「クレイズ家が第二王子派なのは知っていたが、よもやそんな強硬手段に出るのかと」
「で、そのマーカスは?」
「家の責任を全て被って廃嫡したとは聞いているな。それ以降の話も聞かない。家もお取りつぶしになったと聞いたな」
「廃嫡ってなんです?」
「もう貴族ではなくなったという意味ですよ」
なるほど。
「あれ、じゃあおかしくないです?」
「何がだ?」
「今回シャル……シャルロッテが受けた被害は伯爵家のマーカスからの無理強いだったっていうんですよ。もしこれが元貴族の行いだったら、そこまでの強制権は発動しないじゃないですか」
「ああ、そうだな。だがその子達は貴族としても下っ端で、頻繁に貴族年鑑を見る立場ではなかったのだろう?」
「あっ、もしかして。廃嫡されたことを知らないから強制力に屈したと?」
「その可能性は高い。ミリスは何か言ってなかったか?」
「随分とどうでもよさそうな話題に飛躍はしていましたね」
「なんの話題だ?」
「俺が貴族になったし、被害者の二人が俺の嫁さんになれば、全て丸く治ると」
「まぁな。公爵だなんてなろうと思ってもなれるもんじゃないからな」
アスタールさん曰く、王族の血族にのみ許された爵位なのだとか。じゃあどうして俺がそれになれたのか?
「姫君のロゼリア様との婚約を結ばれたという意味合いが強いだろう」
「俺、そんなの困るんですが!」
勝手に俺の進退を決めるんじゃねぇ!
「無論、方便だろうがな。公爵というのはそれほど強い意味合いがある。他者を黙らせるための方便で、肩書きとしてならそれ以上の効力もないだろう。なんなら勇者ですら婚約者を決めているから国内での立場が上なんだ」
「ああ、婚約ってそうやって使うのか」
「それ以外に何があるんだ?」
貴族の言葉の使い方がまだるっこしすぎて勘違いしてた。
ユウキもストレートに受け取りすぎてたんだよな。
確かに魔王を倒さない限り夫婦にはならないのだろうが、そういう束縛を押し付けられるのもどうかと思うわけよ。
「あれ、でもユウキの婚約者は誰が勤め上げるつもりなんだ?」
「勇者様は男色家と聞いている。なので第一王子のマーキス様がお相手を務め上げることだろう」
アルハンドさんが真顔で答えた。
まぁカインズパイセンも実際に見るまでユウキを男と思ってたしな。
歴代勇者が女性とは知っていても、今代は男だと思い込んでる可能性もあるか。
アスタールさんに至っては笑いを堪えきれないという顔だ。
こっちは知ってて色々俺にアドバイスくれるからな。
「で、本来なら勇者の婚約者になるはずだったお姫様が俺の婚約者に収まったと?」
「余り物みたいにいうなよ? ロゼリア様が悲しまれる」
そういえば俺はお気に入りのバラ園をミントでめちゃくちゃにして泣かせちゃってたっけ。
「俺の追放されるきっかけになった初犯がバラ園へのミント放流なんすよね」
「ロゼリア様も賢いお方だ。自分の感情と国益。どちらが大事かお分かりになられる。少しの間我慢すればいい」
「どちらにせよ、ユウキが魔王を討伐するまでは自由ってことでいいんすかね?」
「そうだな。他国に行ってしまわないための首枷みたいな物だと思っておけばいい。それとたまに贈り物をしてやるといい」
「そこは形だけの婚約者ってやつじゃないんすか?」
「心象が最悪だからこそ、その間を埋めるプレゼントだよ」
「あー」
気を遣ってくれてるわけだ。
最終的に結婚まではしなくとも、その間に不義理を働くのも不敬となるわけね。
「どんな物なら喜びますかね?」
「ロゼリア様は薔薇がお好きでな。薔薇の紅茶がここ最近のお気に入りだ」
「それをまんまプレゼントするのは芸がありませんね」
「でしたらコウヘイ様、このようなアイディアはいかがでしょうか?」
「お、どんなの?」
アスタールさんからのアドバイ氏に耳を傾ける。
それはいつぞやのガラス玉の中にミントを浮かべただけの物だった。
それをティーポットの形に加工。
淹れるとふんわりとミントの香味を感じながら、でも味わいは薔薇の紅茶という不思議な味になる。
「あ、これ。魔法の水の効果もある?」
「お気づきになられましたか? ロゼリア様の好きと、コウヘイ様の得意なものを掛け合わせた、世界で一つの贈り物です。これを手元に置いてる限り、誰が婚約者なのか一目瞭然でしょう」
「おー」
俺には思い浮かばないアイディアだ。
この世に一つしかない、魔法の水を生み出すポット。
ユウキに送るのにも今度こういう系を送ってやろうかな?
あいつ家庭的なのは結構好むし。
「同じものを売って欲しいと言われた場合は?」
「これはロゼリア様のために製作した物でございますと言って差し上げれば沖をよくされることでしょう。世界に一つしかない。それは人の心を豊かにする物です」
「ナイスアイディア。それじゃあ早速取り掛かるわ。アルハンドさんは?」
「出来上がったら、俺が直接進呈しよう。お前、顔を合わせづらいだろ?」
「頼めますか?」
「構わねぇよ。これを送るってことは爵命書を受け取ったことでもあるからな。王様たちはそれこそ気を揉んでいるだろう。憂いの一つがミント使いを敵に回すことなんだから」
それは流石に俺を舐めすぎ。
追放されたくらいで国を滅ぼすとかないから。
「ロゼリア様、今回こちらがコウヘイより授かった品です」
「わたくしにでございますか?」
王宮内、バラ園の茶会で。
アルハンドは似合わないスーツで茶会に参席し、ロゼリアと面会時に耕平から預かった茶器を提出した。
「爵命書をいたく喜んでいましてな。それで何かお礼になるようなものはないかとお求めになられていたので、軽く提案したら、このように素晴らしい茶器をお作りになられていましたよ」
「わざわざ、ご苦労させてしまって申し訳ありません。メリア、早速これでお茶を入れてくれる?」
「直ちに」
「それと、ついでにこちらも」
アルハンドはメイドが席を離れたのを見計らってペンダントをロゼリアの前に置いた。
血のように赤い宝石が嵌め込まれた見事なペンダントだ。
「綺麗。これもあの方が?」
「賢者の石を用いたペンダントで、あらゆる状態異常を防いでくれると。最近国の情勢がよろしくないのを懸念されておいででした。もしお体に触ることになっていたらと心配しているようでした」
「まぁ、そこまで思っていておいでなのですね。正直わたくし、今回の婚約をそこまで快く思っていなかったのです」
「わかります。たかが市民、それも国外へ追放されたものなど」
「そこまでは申しておりませんわ」
まずい、少し同調しすぎたかとアルハンドはおどけて見せる。
「失言をいたしました」
「許します。ですがそうですね、気持ちを代弁してくれた礼を述べませんと」
「ロゼリア様、お茶をご用意しました」
ちょうどいいタイミングでメイドが献上した茶器を持ってきた。鮮やかな薔薇の香りが心地よい。
ほんのりとライトグリーンに茶器全体が輝いて見えるのも不思議な現象だ。
「メリア、これは一体どういうことですか?」
「私にもわかりませんが、熱した湯を入れるまでただのガラスだったのです。ですが適温の湯を入れた途端」
「ああ、これはもしかすると茶器内の熱を感知して光るのやもしれませんね」
「そのようなものが存在するのですか?」
「ミント商会では魔道具も取り扱っています。確かその中にそのような魔道具があったと記憶しております」
「つまり、いつでも紅茶を適温で飲めるというわけですね」
大の紅茶好きにはたまらない仕掛けだ。
ロゼリアは顔も見たくないほど嫌っていたコウヘイを見直していた。
「さてアルハンド卿」
「は」
「此度のプレゼント、いたく気に入りました。それでよろしければ、コウヘイ様のことをもう少し詳しく聞かせていただけませんか?」
お茶のお誘いである。
さてどうするか?
アルハンドが迷いを断ち切れぬうちにテーブルには並べきれないほどのご馳走が運ばれていく。
これは長話になりそうだと覚悟を決めて席に座り直す。
ロゼリアも逃すつもりはないぞと身を乗り出してアルハンドに話を迫った。