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37_俺はミントで『販路』を拡大する!

 ロゼリア様に献上品を送ってから数日後、王国から直々の発表があった。

 俺の名前が大々的に貴族たちに伝えられたのである。


 だがそれは婚約者候補に上がったという噂のみ。

 近くに贈呈品が常に置かれてる時点で、候補者の中でも上位に位置することは明白……らしい。

 らしいというのはアスタールさんの見解だ。


 俺は貴族のことは何もわからないからな。


「贈り物は幸いだったようですな」

「アルハンドさんには感謝だな」

「そして、貴族間に名前が伝わったからこそ、ここで足踏みしている時間も終わりが近づいてきました」

「もうちょっとゆっくりしてたかったけどな」


 一週間の休みを終え、俺は新たに商会を拡大するための旅に出た。

 俺が休んでいる間にもユウキは魔族を討伐する旅に出ているのだ。

 ずっと休んでるわけにもいかない。

 ユウキより早く世界中に支店を作り、お役立ちアイテムを流通するという目的があるからな。


「それで、次の目標とする街、領地は?」

「グスタフ殿が早々に目星をつけてくれて、商会員の募集をしてくれているようですね」

「あのおっさん、仕事早いな」

「優秀な男です。少々金遣いは荒いですが、目利きは確か。毛生え薬の件で裏切ることもないでしょう」


 誰だって命は惜しいからな。

 あれが世に出回るのは絶対に死守しなければならない。

 俺以上に毛根の後退を気にしてる二人ならではの結束だ。


 しかし仕事の速さと金遣いの荒さは目を見張るものがある。

 俺は直接報告を受けていないが、相当に使い込んでいるらしい。それが浪費か、先行投資かは今後の働き次第か。


 そんなわけで俺たちは、荒野の中央にあるイスマイール領へと赴いていた。


「ここの領地は随分と荒廃が進んでるね。課題点は流通か」

「または農作物の物資に瀕しているといったところですかな」

「山に囲まれてるのもあって、自然の城塞を思わせるね」

「水源には多少の余裕がございます。その影響でしょう」

「そうなの?」


 ミント列車内のテーブルにアスタールさんが周辺地図を展開する。

 確かにそこには山間の向こう側からなる運河からの水がこれでもかと流れている。

 しかし領地内のほとんどが荒野に覆われている。

 何だろうか、この矛盾点は。


「もしかして魔族災害の?」

「そんな話は聞いておりませんが、確かに怪しいといえば怪しいですな。裏で調査してみましょう」

「頼むね」


 アスタールさんも知らないってなると、だいぶ昔からここには荒野があったのか?

 でも国はそれを放置している。

 いや、あえて直さないでいることで何かを未然に防いでいるのか?

 俺も国内の全てを把握しているわけじゃないので詳しくはわからないが。そこら辺はきっとアスタールさんあたりが上手いことやってくれることだろう。


「着いた」


 あれこれ考えているうちに列車は街から少し離れた場所で停車した。

 周囲に駅のような建造物を建設。

 ここに俺たちが通った痕跡を残すためである。

 ミントと同様に撤去しても生えてくる優れものだ。


「グスタフ殿が事前にこちらの説明をしてくれております」

「そういう意味じゃ、足を運びやすいな」


 歩きながら『通信』でやりとり。

 すでにグスタフさんにも魔道具を手配していたらしい。

 本当に仕事が早いんだから。


「ミントの説明をこれでもかとしてくれたのが幸いですな」

「自然破壊の面も含まれてるからなぁ、俺のミント」

「良きものと宣伝してくれる人足は多い方が喜ばしいですな。あちらのようです」

「おーい、旦那ぁ!」


 懐かしいおっさんの顔。

 その横にはどこか憮然とした態度の役人が数名待ち構えていた。


「お初にお目にかかる、私はこの領地を収めてるカイロス=イスマイール。どうぞよしなに、コウヘイ様」

「公爵様になられたってニュースを聞いた時はたまげたもんさ。そしたらイスマイール殿もそれまで頑なに他の商会には頼らないと言い張っていた考えがおかわられになってな」


 上位貴族ってだけでここまで態度を変えられるものなのか?

 商会だけじゃえられない信用もあるのかと納得する。


「あまり畏まらないでくれ。俺たちは商売のチャンスがあるかどうかの下見をしにきた」

「領地を我が物にすることはないと?」

「勇者様と約束していてね。支店を多く出して、お役立ち商品をいく先々で入手しやすくするための下地づくりだ。もちろん、店を構える上で相談事はある程度引き受ける。それで構わないだろうか?」


 正直、目上の人に対してここまでタメ口を聞くのは憚られた。

 しかしアスタールさんは貴族は舐められたらおしまい。

 ここは憮然とした態度で接するべきと『通信』で指導してきた。

 咄嗟の判断で変なところが出ていないか焦るが、初めてにしては上出来だったとお褒めの言葉をもらっていた。


「なるほど、勇者様がお立ち寄りになられるのを見越しての商売でしたか」


 心底ホッとする領主様。

 何かを隠してる?

 それが露見するのを恐れてるみたいだ。


『何かを隠されているようですな』

『領地を我がものにするっていうのも引っかかるね』

『他の上位貴族からのお願いをされてるとか?』

『ありえます。軽く探りを入れてみますか』

『無理しない程度にね』


 通信を切り、俺たちは領主様に連れられて領地の中を案内してもらった。


「おお、これはこれは。見事なものですね」


 門を越えて目の前に広がるのは、香ばしく香る葡萄農園だった。


「葡萄の産地でしたか。ですが周囲は荒野。葡萄が育つ環境とは思えませぬ」


 アスタールさんは厳しい意見。

 俺は葡萄の育成法とか知らないけど、そうなの?

 だってこんなに立派な農園があるのにさ。

 他はどうだとか言われてもピンとこないじゃん。


「皆様そうおっしゃいますが、実はこの荒野こそが最適解。他の場所に比べたら土壌はそこまで優れておりませんが、この水捌けの良さこそが葡萄に最も適しているのですよ。続いてワイン工場をご案内いたしましょう」


 らしいよ?

 アスタールさんは言い負かされたことを嘆いていた。

 これは実際に葡萄を食べてみないことには評価をつけられなくなったな。


 しかしワインか。俺は酒を飲まないけど、そこの評価はアスタールさんがしてくれるかな?

 ハウゼンパイセンだったら……だめだ、ここに住むとか言い出しかねない。

 連れてこなくて正解だった。


 本当は今回カインズパイセンもくる予定でいたんだけど、なんか「俺がいなくたって大丈夫だろ」とか言い出してさ。


 護衛が護衛対象見捨てるなんて酷くね?

 まぁそれだけ俺も信用を得たんだなって思うことにした。

 それはさておき、イスマイール領視察に話は戻る。


「随分と年季の入った建物っすね」


 ワインの醸造所だという。


「ワインの醸造ではどうしても建物の通気性をよくしなければいけませんからね。湿度も大敵です。ですが相性の良い木材はなかなか見つからぬもので」

「なるほど、だったらうちのミント建築の出番かもしれないな」

「ミントが建材に?」


 領主様が「正気か? こいつ」みたいな視線を向けてくる。

 そりゃ最初は驚くよな。


「驚かれるのも無理はないでしょう。ですが俺のミントは様々なものに形を変えられる。例えば紙、布。そしてこのガラスなんかも素材はミントなんです」


 俺は説明しながら、その場で加工しては匂いを嗅いでもらった。手のひらには一本のミント。

 それがその場で加工される様は薄気味悪くも見えた。


「ああ、はい。お噂は予々。ですがワインに余計な匂いがついてしまわないでしょうか?」


 あ、心配してるのはそっちなのか。


「住む上でそのような不満の声は聞きません。一度小屋を作るので、実際に暮らしてみてから判断してみてはいかがでしょう」

「ですね。初回は無償で構いません。それで、要望が固まれば希望も含めて初回の発注はお安くしますよ。どうです?」

「ありがたいお話ですが、私の一存では決められませぬ上、一度この話を持ち帰ってもよろしいでしょうか?」

「もちろんです。お互いに気持ちいい商売をしたいものです」


 安くしますよ、と言われて領主様も少し考え込んでいた。

 匂いがつかないならいいのか? と気持ちが揺らいでいる。

 あと一推しだな!


 その後にワインの醸造場、ワインの試飲(これはアスタールさんが代わってくれた)、続いて街の様子を案内してくれる。


 その際、いくつか施設をすっ飛ばしての案内に、俺も明日タールさんも眉を顰めた。


『やっぱり何か隠してるね』

『グスタフ殿からは特に何もいただいてません』

【ここ、変な匂いがするー】


 うわっ! びっくりした!


【失礼ね、プリティミンティアちゃんの訪問にそこまでして驚くことある?】


 ずっと寝てたのに、急に起きてきたら驚くだろうよ。

 何かに察した様子の俺に、アスタールさんから耳打ちならぬ『通信』が飛んでくる。


『いかがしました?』

『精霊様が変な匂いがするだって』

『ワイン……ではないようですな』

『さっき説明をすっ飛ばした建物を指差していうんだよね』

『妙ですな』


 本当にな。

 ここは商売の足がかりの一つなんだから、変なイベントとかはよしてくれよな。

 ローズアリア王国、そこらへんでイベント起きすぎ問題。


 変に貴族に関わったモンだから、あれこれ気になって仕方がないぜ。あとで第二王子派でした! はやめてくれー。

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