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39_俺はミントで『交渉』を開始する!

 部屋を出て、さぁ外に行くぞというところで、先ほど退室したメイドさんとカチあった。


「あら、お客様。どこへ行かれるのでしょうか? これからお食事をご用意させて頂こうと思っていたのですが」

「大丈夫大丈夫、すぐ済むことだから」

「それは少し困りますね。今回ご用意する料理は時間の経過で風味も旨みも損なわれてしまうもの。待つ間も含めてのご料理なのです」


 むふん、と鼻息荒く捲し立てる感じのメイドさん。


「なるほどな、一理ある。俺も料理を嗜む身だ。むしろ俄然その料理に興味が湧いてきた。厨房にご案内していただいても?」

「流石にそれは……」


『何やらあちらにとって都合の悪いものが含まれているのでしょう』

『そんな気がする』


 アスタールさんと『通話』でのやり取り。


「旦那、領主様を困らせちゃいけねぇよ。俺たちは一旦引き下がろう」


 グスタフさんの提案にナイスですよ、と称賛を送るメイドさん。本当にこの人わかりやすいな。

 きっと新入りなんだろうな。

 ひとまず引き返し、俺たちは部屋に戻った。

 けど、目に見えないはずの精霊ティアは別である。

 あいつはミントの生えてるところにしか存在できないけど、自分でミントを生やすこともできるのだ。


 ワイルドベリーの精霊ウィルメリアに案内されて、玄関から先に脱出することに成功。

 俺は部屋に帰るついでにティアの帰り道を確保した。

 いろんな場所にミントを生やしたのである。

 一見して見えない壁の中とかな。


『相当に警戒されてますな』

『あの建物をやたらと気にしていたことを恐れての外出禁止かな?』

『あまりにもわかりやすく、それでいて効果的です。相手もなかなかやりますね』

『領主様も旦那たちが来る前はそこまでピリピリしてなかったんだけどなぁ』


 グスタフさん曰く、領主様は商人相手には寛大な態度で葡萄畑やワインなどをそれとなく値段を釣り上げて販売していたそうだ。


 しかしその裏で奴隷の売買も行っていた。

 明らかにワインやブドウを積むにしては頑丈な荷車をいくつも見かけたそうだ。

 それを囲うように凄腕の冒険者も数名見かけた。

 けど、この街には冒険者ギルドもなければ、商業ギルドも無いという。

 何やらきな臭い。


 葡萄やワインの売買に紛れ込んだ奴隷商人が奴隷の買い付けに来たのだろう。

 そういう意味では商人を呼び寄せること自体には意味があったのかな?

 まさか芋蔓式で上位貴族が来るとは思ってもなかったみたいだ。普通商人というのは貴族とも繋がってるはずなのにな。


 いや、非公式だからこそ、貴族が直々に来ないだけか。

 直接関わりがあると知れたら家に大ダメージだもんな。

 すると今回の訪問は俺的にはマイナスになるのか?


 別にならないだろ。

 だって俺はその奴隷の実態を知るために来てるんだから。

 いや、違う。

 俺はこの土地に自分の商品を売りまくるために来てるんだよ。

 奴隷とかどうでもいいわ!


 そもそも、普通の奴隷ならどこから入手したって話だよ。

 周りは荒野で、この街以外の村も見つからねぇ。


 精霊が出張ってくる時点で、俺と同じ『栽培系』宿命の持ち主だろ。だが物によっては恵まれた大地を荒野にしちまう物なのかもな。


『アスタールさん』

『なんでしょう』

『もしここの奴隷が人間以外だとして』

『何か勘づかれたことがおありですかな?』

『いや、人間を奴隷にするったってどこから集めてるんだろうなと思って』

『確かに、謎が多すぎますな。商人以外見かけることのない、なんなら人っ子一人見かけなかった果樹園。ワイン工場には働き手の存在はありましたが、あまりにも人が少なすぎる』


 そうなの?

 それは知らなかった。


『ワインだって作業工程は大掛かりです。それもあれほどの蔵を持っている。買い付けに来る商人も大多数。あの人数じゃ回せません』

『そこで謎の奴隷が出てくるわけだ』

『コウヘイ様の勘づかれた奴隷が主な商品だとしても、あの工場は整いすぎています。本来は主力商品はワインだったんじゃないでしょうか?』


 アスタールさんはそう捉えるか。

 じゃあ奴隷は一体どこから来たのか?

 売買されている以上、どこかで仕入れているんだろうが、そのルートが一切見えてこない。

 そんな時、俺の脳内に声が響いた。


【大体わかったわ】

【ただいま戻りました】


 外に出ていた精霊ズが俺のミントを頼りに室内に戻ってきた。

 お疲れ様。外の様子は?


【特に代わり映えしないわ、でも】


 どうかしたか?


【あの異臭のする館は酷い有様だった】

【続きは私の方から説明しましょう。もうお気づきのことかと思いますが、私のマスターはワイルドベリー栽培の宿命を歩む人間です】


 だろうな。


【しかしその暴威は直接領地に向けられ、瞬く間に領内を汚染。領地は一瞬のうちにワイルドベリーに飲まれ、滅亡したのです】


 滅亡しちゃったの?

 それは大変だ。

 想像以上に力のコントロールができなかったんだろうな。

 じゃあその時のワイルドベリーであんたが誕生した?


【その通りです。以降私はワイルドベリーの精としてこの地域の警護しています】


 なるほどなぁ。

 でも待ってくれ。じゃあここは一度滅びて領地になどしようがないじゃないか。


【ですが、『植物園』の宿命を持った子供が貴族の中に生まれました。それがこのイスマイール領誕生のきっかけです】


 植物園。まさかその宿命の持ち主がワイルドベリーを一つにまとめ上げて?


【はい。『栽培系』の天敵の宿命です。レベルによる強制力が強く、レベル以下の栽培系宿命では到底抗えません】


 ちなみにそのレベルとは?


【脅威のレベル300です。これは人類の育てられる最高位で】


 俺のレベルいくつあったっけ?


【2000よ】


 じゃあ、平気だな。魔族も滅ぼせたし。


【魔族も滅ぼした!?】


 あ、ウィルメリアも驚いてる。

 そうそう、なんなら魔族も滅ぼして、ようやく精霊が生まれたんだよ。いやー、苦労の連続でさ。


【は、はは。なんだかすごい人に大見得を切っちゃってたわ、私】

【お姉ちゃんはすごいでしょ?】


 ここにきて唐突にドヤり始めるティア。

 か弱すぎてそれぐらいまでレベル上げなきゃ精霊になれなかったやつが何かいってら。


 すっかり格付けが完了したのをきっかけにお互いの会話の主導権も決まって、そこでようやく本題が始まった。

 会話が何度も脱線した。こいつらもう少し考えてものが言えないもんだろうか?


 それで、奴隷というのは?


【眷属よ】


 やっぱりか。


【あら、マスターは当たりをつけてたのね】


 こんな荒野で、どこにも暮らしている人はおらず、その上で半永久的に生み出せる種族といったら眷属以外にいないだろう。

 しかしそれは遠くでも生存できるのか?


【普通はできません。しかし隷属の首輪を適用することで維持が可能と気がついた3代目イスマイール領主がそれを敢行。以来、この地はワインを主としながらも、裏で眷属の販売をしているのです】


 なるほどな。眷属を販売しちゃうとは。

 灯台下暗しとはこのことか。

 でも当然、問題もあると。


【はい、故郷を離れたワイルドベリーの眷属はだんだんと劣化していきます。その時発する腐臭が、問題となっています】


 いっそそれをお酒にしちゃうとか?

 腐るってことは発酵するってことだろ?

 お酒も発酵させるし、なんかいい感じにまとまらねぇかな。


【私はワインにそれほど精通しておりませんが、可能なのですか?】


 一応そこら辺もどうなってるか話しておくよ。

 俺じゃ答えが出せなくても、生き字引とのコネはあるから。


 そういうことになった。

 そして俺は手元からワイルドベリーを生やす。

 株分けしてもらった貸付能力だが、これはこれで便利だな。

 この甘酸っぱさを何かに利用してやりたい。


「コウヘイ様、それは?」

「実はここにくるとき拾ってね」


『そんなご様子は伺わせませんでしたが』

『実はここにワイルドベリーの精霊が居て助けを求められた。解決したら能力の株分をしてくれることになってるから、それで』

『ミント栽培の力を失わず、他の植物まで扱えるようになったと?』

『他言無用で頼むな?』

『もちろんでございます。このことが知れたらミント商会は空中分解してしまうことでしょう』


 そこまでのことなの?

「お待たせしました。それではお食事を始めさせていただきましょう」


 今回はイスマイールの領主様もご一緒に。

 食堂に移ってからの食事となった。


「もし貴金属など着用しているのであれば、一応お外しになってからお召し上がりいただきたく」


 なら大丈夫だな。


「問題ない。俺たちの装飾品は全てミントでできている」

「ええ、一見金属に見えますがこの通り、やわらかいでしょう? この宝石っぽいのもただの石ころ。特別な意味もありませんよ」

「はぁ……」


 なんとも残念そうなメイド。本当に良かれと思っての発言だったのか?どこまで信じていいかわからないが、選択としては間違ってないはずだ。


 その後イスマイール領のこれからの発展を願っての乾杯、食事をいただくことになる。


 まずはブルホーンのワイン煮だ。

 すごいな、フォークで押さえつけるだけでそのまま寸断されそうな勢いだ。

 ナイフを差し込む必要がないほどの柔らかさ。

 だというのに噛み締めるたびにブルホーンのワイルドな味わいが口いっぱいに広がるのだ。

 しかし雑味が多いわけではない。かけられたソースがこのワイルドさを残しながら臭みや雑味を消し、見事の調和を醸し出している。悔しいが、俺ではここまでのものを作れない。

 完敗だ。


「うまいな」

「いや、これはお見事」

「おかわりは可能か?」


 普通にうまい。これだけで店を出してもお金が取れるレベルだ。次にワインのサービス。

 領内で厳選された葡萄をたっぷり寝かせて作った一品。

 俺は酒の味がわからないからパスし、大人二人で楽しんでもらった。


 そして食事を終え、歓談の席へと移る。

 まずは食事を褒め。領地を誉める。商人としてこれから仲良くする手前、あまり喧嘩腰には行きたくない。

 その上で、先制ジャブを打つ。


「そういえばイスマイール卿。ここでは珍しい商品の取引をしていると聞きました」

「葡萄やワイン以外にですか?」


 何も知りませんよって顔をしてるが、さっきからメイドがソワソワしている。だから顔に出やすいんだってば。


「奴隷、販売してるんだって?」

「一体どこでそのようなデマをお聞かれになったのかは知りませんが、うちはそのようなやましい商売などやっておりませんよ」


 雰囲気は柔らかいが、目の奥底が笑っていない。

 アスタールさんと一緒だ。


「シラ切るのがお上手だ。けど、俺はそれを咎めるつもりはない。なんならうちにも買わせて欲しいと願うべくこうして話を振ったわけだ」

「禁忌と知ってなお手をお出しになられる?」

「禁忌ってほどでもないだろう」


 俺は椅子から立ち上がり、メイドの近くまで歩いて行く。

 ずっと不思議だった。

 このメイドからは人間の気配が読み取れない。

 なんだったら俺の『信仰Ⅲ』の『魔性模倣』によって生まれた『眷属』と同じような、そういう気配。

 だからこそ、確かめる必要があった。


「やっぱり」


 遠目に見れば、普通の人間。しかし近づくことでそれが植物だということを理解する。


「彼女はワイルドベリーの精ですね。俺の『植物園』の宿命がそう訴えている」

「流石に見抜かれますか。ベリー、もう擬態は解いていいぞ」


 なるほど、ベリーと呼ばれたくなかった理由はこの子の名前と被るからか。


「ですが旦那様」

「罪を白日の元に晒す時が来たのかもしれない」


 イスマイール子爵は頭を垂れ、この土地で行っている商売の実態を明かした。

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