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40_俺はミントで『奴隷』を解放する!

「なるほど、過去にそんなことが」


 まんまウィルメリアから聞いた情報通りだった。

 ただ違うのは、この荒れた土地を一代で開拓し切った当時の貴族の苦労譚だろうか。


 ワイルドベリーからしたら「短命種の人類が何かやってるー」ぐらいの情報でも、当事者やその一族からしたらどれほどの苦労が痛いほどによくわかるというものだ。


 それをここまで発展させた。

 俺はそこを評価したい。


「父親の代までは真っ当にワインで商売をしていたんです。でも私の代でいきなり商人たちが意見を変えて、このワインでは今までの金額で取り扱えないと」


 おっと、ここで商人が出て来たか。


「商人からの信用を失う何かの事件があったのか?」

「いいえ、本当に心当たりがないのです」

「旦那様」


 心配そうに見つめるベリー。

 今は擬態を解いているとはいえ、この親身に接する態度はほとんど人間と同じように見えた。


 その光景を見て、アスタールさんが何かを思いつく。


「もしかして、そこのベリーさんのようなメイドを欲した商人のマッチポンプの可能性があります」

「うちのベリーを?」

「マッチポンプというのは?」

「その商品を求めるために、自分に都合のいい状況に持っていくことです。商人側からしたら、ここでワインを買うことはそこまで大事ではなかったのかもしれません。そこでベリーさんに目をつけた」

「私?」

「ベリーさんのような存在を奴隷としての販売するように勧めたのもその方ではありませんでしたか?」

「おっしゃる通りです」


 なるほど、マッチポンプ。

 自分の思ったように周囲に働きかけることか。

 よくアスタールさんがやってることじゃん。

 領主様が観念したように頷き、棚から取引記録を取り出した。


「今から10年前、この地に初めて訪れた大商人ラストが今回の取引を持ちかけてきたのです」

「ラスト?」


 偶然かな?

 今まで倒した魔族との共通点。

 それが七つの大罪に関する称号のそれだ。

 『強欲』のグリード

 『暴食』のグラトニー

 『色欲』のラスト


 偶然にしては共通点が多すぎる。

 山賊の次は盗賊、お次は商人か。

 色欲とか、嫌な予感がしないのだが。


「その商人は女性でしたか?」

「いえ、男の方でしたよ」


 なら、色仕掛けでメロメロになった線は消えたか。

 グリードに続いてグラトニーも女性体だったらしいからな(詳しくはユウキから聞いた)


「男だからこそ、女性体のベリーさんに惚れ込んだ?」

「その可能性は低いかと。当時の私の宿命はまだまだ未熟で、身の回りの世話ぐらいしかさせてやれなかったのです」

「ふむ、ではなぜ今このような状態に?」

「それがラスト殿の持ち込んだ秘薬によるものでして。これを撒いた翌日からベリーは急に人間のように振る舞うようになったのです」

「当時は色々覚えることが多く、ドジばかり踏んでいましたけどね」


 なるほど、そこに『色欲』がつながるか。

 ただの眷属でしかなかった植物に色気を追加して人のように変えた。


 人間と違って水さえやっていれば食事を与えなくて済むし、コストパフォーマンス性も高い。

 だからこその奴隷というが、もちろん放って置けない惰弱性もあった。


「でもそれ、植物園の支配地域から離れたら自我を維持できないんじゃないか?」


 俺のミントの支配地域外で、眷属が自由に振る舞えてるなんて聞いたことがない。

 だから売ったはいいが、それが維持できないとあっては本末転倒だ。


「そうなのです。最初こそ大金が舞い込んだことに一喜一憂したのですが、すぐに売った奴隷が使い物にならなくなったとクレームの嵐で」


 そこにまたラストなる商人がやってきたらしい。

 まるで眷属がどれほど成長したか見極めているかのように値踏みした後、お決まりのアイテムの販売を行なった。

 高額で。

 やり口が本当にアスタールさんとそっくりなんだよな。

 もしかして生き別れの兄弟だったりする?


 そんなこんなで、売り出したアイテムこそが『隷属の首輪』

 これを嵌めたら遠い地でも自我の崩壊はしなくなったらしい。

 なんだったら自分が植物であることすら忘れてしまったという。


 人間のように振る舞うも、体が植物であることを本能的に理解して、狂ってしまうのだとか。

 擬態というのは良くも悪くも、精神を壊すのだと教えてくれた。


 狂った奴隷は、あの嫌な匂いのする建物に押し込めていると領主様は白状した。


 なまじ人の姿をしているし、喋るので焼却処分する気にもなれなかったようだ。


 息絶えるまで放置して、その肉体をワイルドベリーの栄養として吸わせていると聞いた。


 そりゃウィルメリアも気が滅入るわけである。

 無理やり人の形に変えられた眷属が、日夜発狂した末にその怨念が込められた肉体を栄養として吸収するだなんて。


「発狂する原因は何でしょう?」

「わかりません、人間に恋をした奴隷たちが皆狂うようになっていると私は思うのです」

「なぜ恋をすると発狂を?」

「肉体が根本的に違います。人と比べて眷属は長寿。奴隷として飼われた先で、主人より長生きしてしまうからだと最初は思っていました。けど実際は……肉対関係を結んでも子を授かれないからだと」

「あー」


 男女関係まで求めちゃうのか。

 色欲の影響か?

 買取先がそういうのを求めた先に、どうして自分は植物なのかと思い詰めてしまったと?


「もう奴隷売買なんてやめた方がいいのでは?」

「実際、そうしたいんですがいまだに奴隷の買い付けは止まないのです。どれほどの研鑽を注いで葡萄やワインの質を上げようと、この辺境まで買い付けに来てくれる商人はほとんどおりません。今ここで手放すのはこの地を死ぬ気で開拓してくれた先代様に申し訳が立たないのです」

「なるほど」


『コウヘイ様』

『わかってる』


 アスタールさんの言い分は、その買い付けをうちでやってしまおうというものだ。


 理由?

 普通に美味いし、俺もアスタールさんも気に入っている。

 探せば理由はいくらでも出てくる。


 そしてウィルメリアからもお願いされてるからな。

 奴隷を解放してくれと。

 そのためには信用を買うことが一番だ。


「ならうちの商会が買い付けよう」

「良いのですか? この土地には商売をしに来たのでは?」

「目の前で困っている人を見捨てるなんて俺の漢気が廃るからな。その分、もちろん見返りはもらう」

「そうでしょうね、こちらもあまり振れる袖はありませんが」

「まずはそうだな」


 俺はテーブルにミントペーパーを作り、ミントの樹液で企画を書き出す。


「まずはここの領地で取れるブドウとワインをうちの商会以外との取引を禁ずる」

「それは構いませんが、どうせ作ったところで寝かせるだけの状態でしたし」

「それはあまりにも勿体なすぎる。うちの紹介を通して、うちのミントと掛け合わせた商品として売る」


 抱き合わせ販売というやつだ。


「売れなきゃ売れないでうちで消費するから問題ない」

「我が商会の従業員は6000人。ここの領地で算出されるワインなどあっという間に飲み干すでしょう」

「は、はは」


 領主は乾いた笑いを浮かべるだけだ。

 ここの領地は本当に狭い。

 ベリーなどの人型植物の支配地域がこの程度しかないと言ってるようなものだ。

 レベル300ではこれが限界だった?

 まさかな。


「あとはそうだな、この領地にメスを入れる。イスマイール卿、領土はこの街だけではないな?」

「無論、先祖から譲り受けた土地はあの山からここら辺一帯です」

「ならば荒野を開拓してしまおう」

「開拓?」

「俺はね、このビジネスを続ける上で、なくてはならないことをしようとしている」

「伺ってもよろしいでしょうか?」

「それは眷属たちに、植物としての本来の生活を送らせること」

「植物としての?」


 いまだに理解してないか。


「そう。狂ってしまうのは、生まれてすぐに人間の元に売られていくからではないか?」

「生産性の都合上、どうしたってそこまでコストをかけるべきでは」

「コスト的にはそうだ。だが長期的に見れば、狂う状態を少しでも減らせるかもしない。まぁ机上の空論ではあるが、やってみる価値はあると思う」

「もしできるのでしたら、是非ともやっていただきたい。しかしこちらの財政も相当厳しく」

「ならばうちの商会が勝手にやって、その施設の利用料をお支払いいただくというのはどうか?」

「開拓を任せる? 後が怖いですな」


 それはそうだろう。

 人の庭でキャンプするどころではない。

 なんなら家を建てたりそこに勝手に住むと言われてるようなものだからな。


「失敗だと思ったらすぐに取りやめる。成功したものだけを買い付ければいい。要はモデルハウスのようなものだ。よく館の購入でも実際に住んでみなければわからないものがあるだろう?」

「はぁ……」

「なぁに、俺たちの目的は一つ。眷属に心ゆくままに過ごしてもらい、自分からご奉仕したいと思わせるまで成長させてやること。それこそ葡萄の収穫やワイン製造と同じくらいの時間をかけてね」

「なるほど、植物と同じように扱えば」

「そうだ。今はやけに人間らしく見えるが、俺たちならできると思わないか?」

「はい……」


【この男、いい度胸してるわ。私を支配しようと働きかけてきた】


 へぇ、やるじゃん。

 でも防いだんだろ?


【レベル300程度、蚊に刺されたようなものよ】


 ミントでも蚊に刺されるのか。てっきりハーブの匂いで撃退してるのかと思ったぜ。


「どうかしたか?」

「いえ、なんでもありません。少し話がうますぎるので警戒を」

「した結果どうだった?」

「信用できそうかと」

「ならよかった」


 お互いに笑い合い、俺は即座に荒野にミントを解放した。


「見事なものですな」

「こいつら勝手に増えるんだよね。信じられない速度で」


 オート地植えをONにしたらこの有様だ。

 もう大体いいだろうというところでOFFにする。

 繁殖地にロースアリア・イスマイール領が追加された。

 信仰はⅢ。

 これで眷属を呼び出す『魔性模倣』が解放されたな。


「まずはうちの眷属を紹介したい。来い、ミントシャーマン」

「キュエエエ」

「やはり眷属を」

「ああ、持ってる。だが、この有様でな。奴隷にしようという発想すら持てなかった」

「ならラスト殿から商品を買われては?」

「話を聞いてる限り胡散臭くてな。だってあれ、植物に反乱を起こさせて領地を乗っ取るつもりだろ?」

「そうなのですか?」

「奴隷にして売るっていうのは信じてついてきてくれたこいつらの期待を裏切るようなものだ」

「ですが、私はこの領地を守らねばいけなかった」

「わかってる。あんたを責めてるわけじゃない。俺がそいつを信用できないというだけの話だよ」


 俺は手のひらからミントを生やして加工する。

 それは瞬く間に足元のミントに反映されて、加工の伝達を引き起こした。


「さて、街を作るぞ。イスマイール卿。売り込む時に、町の住人が全て奴隷としての商品となると言ったとき、商人たちはどんな態度を取ると思う?」

「さぞ驚くことでしょう」

「だが、さらにここで店を開き、商人から金をむしり取る!」


 俺は街の他に商店を築いた。


「ベリーたちに商売を?」

「ノウハウは俺が教える。人と一緒に暮らすんなら商売もできた方がいい。人間が何を好むか知っておくのも奴隷として必要なスペックだろう?」

「確かに。読み書きと買い物ができるだけでも商品としての質も上がりましょう」


 奴隷にも種類がある。

 そういうことをさせるだけの愛玩奴隷に、農作業などの仕事を任せる労働奴隷。

 目的によって持つべきスペックが関わってくる。

 今までのただ人間に似てるだけではよくて愛玩止まりだろう。

 だから狂う。

 狂わないための奴隷作りをする必要があるのだ。


「そうしたらどうだ、見た目だけ人間の奴隷より値段を釣り上げられないか?」

「ですね、買い付ける商人次第ですが」

「売り手であるあんたが臆してどうする。今までの不良在庫ではない、街の住人(勝手に増える)の決定権を持ってるのは領主のあんただ。売り手が値段を決めるんだよ。突っぱねられても暮らしていけるようにワインや葡萄はうちが買い付けるからな」

「そんな夢のような出来事が、本当にあるんでしょうか?」

「俺が欲しいと思った。そしてこの領地にはそれができるスペックが備わってる。放っておくのは商人としてあり得ない。だろう、グスタフ」

「旦那には敵いませんや。商機があるのは確実に、しかしお貴族様を唸らせるアイディアは持ち合わせていませんでした」

「ほらよ、うちのバイヤーは鼻がいいんだ。ここには何かある。それがビジネスチャンスにつながるとイスマイール領を選んだわけだ。俺は俺の信じたバイヤーの言葉を信じるぜ。先物買いってやつだ」


 だからあんたも俺を信じろよ。

 そう言いくるめた。

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