イスマイール領の開拓は三日三晩続いた。
承認の出入りする入り口以外に可能な限り街を開いた。
あの場所はなんだと質問されても『口外禁止』で押し通した。
商人が出払ってから、次の買い付けまで領土は数ヶ月間封鎖した。
生み出した眷属たちの人間性の向上期間だ。
ワインを熟成させるのと同様に、生まれてすぐに奴隷として仕上がるわけでもないからな。
「キュエ?」
「この街は眷属たちの街になる。お前も輪に入って教えてもらえ」
「キュエエ」
ミントの眷属もこの通り。
人間らしく振る舞うワイルドベリーの眷属に混じって暮らすうちに、やがて進化を促していた。
<眷属:擬態>何てものを獲得してやがるじゃねーか。
まじか。秘薬とか使わなくたって擬態できるようになるのか。
儲けもんだな!
「ごすじんー」
知能がちょっと足りない感じが、ティアっぽい。
ワイルドベリーほどの擬態術に長けてないのは及第点か。
【ひどくない?】
わ、起きてた。
【今のは酷いと私も思います】
なんだよ、精霊二人して忠告か?
【精霊にもこのような感情が芽生えるものなのですね。きっと人に触れているうちに芽生えたのでしょうか?】
と思ったら違った。
お気持ち表明みたいだ。
おかしなこともあるもんだな。
今までどうしてそんな感情が芽生えなかったんだ?
【人のように扱ってもらえたことがありませんでした】
あー。
俺はティアを憎たらしい妹分ぐらいに思ってるから、その影響もあるのか?
【憎たらしいって何?】
言葉通りの意味だが?
【ふふ、そうかもしれませんね。マスターと精霊でここまで仲睦まじい関係性はあまり目にしたことはないです。私たちは精霊。人より長く生きるので、いつしかそのような感情を封じ込めてしまうのかもしれません】
マスターに感情移入しすぎて過去に悲しい出来事でもあったのかな?
【うちのマスターは長生きするわよ?】
【そうだといいですね】
【絶対だもん、ね?】
そうだな。俺も早々にくたばる気は微塵も起きないな。
【ほらー】と調子に乗るティア。
生まれたばかりで後のことなど知ったこっちゃないみたいな振る舞いだ。
後のことなんて俺もわかんねーし、いいか。
「あ、コウヘイさん」
「よっ」
俺は街で賑わってるパンを買いに来ていた。
店番をしているベリーに話しかける。
俺もこの店じゃすっかり常連だ。
荒野の乾いた空気が育てた葡萄と、ミントの繁殖で程よい湿度が生んだ酵母でこの街でふかふかのパンが食べられるのはここだけ!
ここの葡萄パンがまた旨いんだ。
植物が育てたパンってだけで価値高いよな。
ある意味でここでしか食えない逸品だ。
たまにうちの従業員をここに研修させにこよう、と思えるほどの味である。
「あれからどうだ? パンの焼成で火傷とかしてないか?」
火とか植物の天敵だろ。
うちのティアはいまだに恐れてるぞ。
それを自ら火傷するかわからない焼き窯に手を突っ込むというのだから大したものだ。
「最初は火に対する恐れは強かったですが、やっていくうちに慣れました」
「領主にはそれほどの魅力があるってこったな」
「はい! 旦那様のためを思えばこれくらいへっちゃらです!」
そこにあるのは恋愛感情か。はたまた別の感情か。
「うちの従業員も、彼女たちのものを覚える速度は尋常ではないと。愛玩奴隷にしておくのは勿体無いと申しておりましたぞ」
「そんなに?」
監督役で訪問していたアスタールさんが大絶賛していた。
「そういえば、すっかり着飾るのも上手くなったよなぁ」
今までのメイド服は擬態によるものだったが。
今や完全にミント商会で売られている衣装を身につけている。
最初植物相手に売れるか本気で心配してたが、うちの眷属たちに無償で提供してたら「これはどこで手に入れられますか?」とベリーの眷属たちがまじめな顔して聞いてきたから面白い。
今じゃ店で働いた給料で着飾るのもこの街の風物詩のようになっているのだ。
「いかに植物といえど、この街では住民。着飾るのも選択肢に入れてやらねばなりません。近い将来買われていくのですから、身綺麗な奴隷と小汚い奴隷。どちらの商品価値が高くなるかお分かりでしょう?」
聞く迄もないだろうとアスタールさんは話を続ける。
「もはや一つの種族と言っても差し支えないレベルにまで生活に溶け込んでいるな」
「然り。いっそ樹人と名付けて王国民の一つに加えていただいてもいいのではないかと思われます」
「流石にそれは、商売上、難しくない?」
「今はまだ、でしょう? それに認められれば街中で眷属を出し放題ですよ。きっと我が商店の手伝いをさせても問題ないでしょう」
あー、アスタールさんはそこに話を持っていきたいのね。
それで俺をその気にさせると。
やっぱりその商人と血が繋がってたりしない?
違う? ならいいんだけど。
しかし眷属も使役できるタイプによって様々。
うちの眷属は、ミントゴブリン、ミントオーク、ミントヒューマン、ミントシャーマンだ。
ミントゴブリンは子供タイプ。
ティアにそっくりな容姿で、そこら辺を駆け回ってるガキンチョだ。
ミントオークは女子高生タイプ。
俺と同年代の年頃で、ミントゴブリンよりは落ち着きがある文芸タイプ。
読書とかが好きで、好きな本を買うためにアルバイトに勤しんでいる。
ミントヒューマンは大人の女性タイプ。
ミント商会で取り扱ってる洋服とか香水に目がない。
一番奴隷適性が高そうだが、本人にその気はない。
どっちかといえばキャリアウーマンタイプで、自立を求める。
可愛いものが好きで、よくミントゴブリンと遊んでいる姿が目撃される。
ミントシャーマンは妖艶なお姉さんタイプ。
ミントヒューマンとは異なり、こっちは養ってもらう気満々の姿勢。酒場で働いて、よく商人に自分を買い付けるよう働きかけている。
どっちが先にもらわれるか、ワイルドベリーの眷属と勝負をしているらしい。
だめだぞ、俺は絶対に売らないからな?
その責任を取らされるのは俺なんだから勘弁してくれ!
「そういえば、眷属ってみんな女性体なんだな」
「それはマスターが男だからその異性が選ばれるのでは?」
「そうなの?」
「さて。私は『植物園』の宿命を歩いてませんので」
なるほどね。
俺も別に歩いちゃいないんだが、詳しい人に聞きに行こうか。
俺はベリーの店でパンとブルホーンのワイン漬けを買い込み、領主への手土産とした。
「少しいいか?」
「これはこれはコウヘイ様。よくぞお越しいただきました。今すぐに席をご用意させましょう」
「悪いね」
席を用意してもらい、配膳にベリーメイドたちがテキパキ仕事をこなしていく。
「この子達もずいぶんと仕事の練度が上がったように思えるね」
「コウヘイ様のお陰でございます。まさか街で人のように住まわせただけでこれほど上達するとは」
「いや、俺もびっくりだよ。これ土産」
「パンでございますか?」
「これもベリーが焼いたんだぜ?」
「植物ですよ? パンを焼かせるなど」
「それを言ったらここの植物やワインの製造をしているのもベリーだろう? 直接火に触れこそはしないが、過酷な労働を敷いているのではないか?」
「それは確かに」
「それに植物だからこそ、植物の気持ちがわかるってね。俺の見込みはバッチリだった。食べてみろよ。これはこの場所でしかいただけない味だ」
「では」
たかがパンじゃないか。
そんな顔つきのイスマイール領主は、そのパンを口に運んだ瞬間破顔した。
「なんです、これは! 濃厚な葡萄の香り! それでいてふわふわのパン! 噛み締めるたびに麦と葡萄の香りが行き来して、息つく暇もありません」
「すごいだろ? 人間では辿り着けない領域だ。これは樹人ならではの能力ではないか?」
「その樹人というのは?」
聞き慣れない言葉に領主様も困惑する。
「いつまでもベリー呼びは彼女たちに失礼だと思ってね。名称までつける必要はないが、呼称くらいはつけさせてやってもいいだろう。そこで提案だ。俺はまだ正式に公爵ではないが、もしその地位が確立した時に樹人を王国の正式な友人として迎え入れたい」
「可能なのでしょうか?」
「難しいだろう。だが、奴隷としてだけで運営していくのもいつか無理がくる。何せ獲得した能力は、人間と遜色がないときた。もう一人の人間として見た方が早いくらいにはな」
「ですが……」
「まだ奴隷としての旨みから切り離せないなら俺一人で進めるよ。イスマイール卿を巻き込むことはしないと誓おう。俺も俺の眷属が最近可愛くてな。これを物のように扱うのに抵抗が出てきている」
「本当に奴隷以外の使い道が記されるのであれば」
「確約はできないが、精一杯やれることはやらせてもらうよ」
俺は机上の空論の、さらに遠い未来の約束を取り付けた。
その上で、樹人の中にミント族も入れてもらう約束を取り付けた。
「俺は商人、あらゆる領地を渡り歩く者。だからいつまでもこの領地に長居できない」
「存じ上げています」
「なので俺の眷属はここに置いていく。もし買い付けたいという商人が名乗り出たら、ミント商会の従業員の名前を出せばいい」
「引かない場合は? そしてその眷属がどうしてもついていきたいと言った場合は?」
ミントシャーマンあたりはノリノリでついていくだろうな。
ミントゴブリン~ミントヒューマンは警戒心が強いのに、どうしてあいつだけ警戒心ゆるゆるなのか。これがわからない。
「帳簿に記録しといてくれ」
「それだけでよろしいので?」
「俺は眷属の親ではあるが、自由意志を尊重する男だからな。本人が望むのなら好きにさせてやりたい。でも契約は重めに結べ」
「慎重ですね」
「それを知ってなお買い付ける輩がどのような用途で用いるのか興味がある。もしうちの商会を潰すのが目的なら……それ相応の報いを受けさせてやらねばならないからな。イスマイール卿も選ぶ立場にある。商人に言われるがままの状態から脱却してみるのも手だぞ?」
「心得ました」
「では俺はこの地を立つ。たまに人間の従業員が遊びにくるから、その時はまた相手してやってくれ。樹人たちの教育に存分に役立ててくれてもいいぞ?」
「何から何まで助かります」
「何、そこに同じ旨みを感じただけだよ。むしろこっちも感謝している。眷属の使い道が生まれたんだからな」
ほんと、マジで感謝だ。
あれはミント列車の操作員以外の使い道がなかったからな!