「と、いうことで。今日から一緒に働いてもらうことになったシオリだ」
「あの、コウヘイさん。その方は一体?」
突然現れて、特に通達もない状態で強制的に働かされることを聞いたフレッタは、瞠目しながらそれでも俺の横にいる『シオリ』が気になるようだった。
「シオリはな、俺の生み出したミントが擬態を覚えて人のように振る舞ってるだけなんだ。どこかで見つけてきた彼女とかなじゃいので勘違いしないように」
「はぁ……この無遠慮さ。いつものコウヘイさんだ」
フレッタは何かを言いたげに口の中をモゴモゴさせたが、次第にどうでも良くなって曖昧な返事を返した。
「坊や、一応連絡はもらってるけどね。さっきの今でフレッタに連絡が届くわけないだろ?」
「姐さん、ちーっす」
早速お小言をいただいてしまった。
確かに連絡を入れたのは5分前。
なんだったら列車に乗ってる間に思い出して連絡をしたくらいだ。
そりゃ通達が回ってるわけなかった。
ただでさえフレッタは研究熱心。
研究中は他のことが耳に入らないくらいに集中する。
多分1時間前に言われてもそこまで頭に入ってなかったかもな。
「はいはい。それで、その子が例のミントだって?」
「シオリです」
「今こいつの分体がロゼリア様付きのメイドもやってるから、王宮内の事情にも詳しいぞ」
「あんまり漏らせる情報はないですけどね」
「なるほどね、坊やはその子を使って王宮内のきな臭い情報をいち早く見抜いてアタシに通達するためにうちに配属したいと?」
「え、全然違いますけど」
「なんだって?」
エマール姐さんは表情を訝しめ、こちらを注視した。
正直「王宮に全く似てる存在がいるけど、驚かないでくれ」ぐらいのアピールのつもりだったんだけど、誤解させちゃったかな?
「こいつはに社会勉強をさせたいんですよ。いくら眷属とはいえ、こうして人間の姿になったわけですから、人の営みを覚えてもらおうと思って。あ、だからと言っても本質はミントなので、食事と睡眠は必要ないですよ」
「ダメです、食べたいです」
「あ、やっぱりご飯は食べさせてあげてください」
「コウヘイさんにも制御できてないのをうちに預ける?」
フレッタが「そんな危険なもの預かりたくないです!」と真顔で訴えてくる。
「いや、そんなことはないぞフレッタ。普段は俺の命令に素直に受け答えしてくれるのがシオリなんだ。けど最近は他の姉妹に影響されて食事を覚えてな。どこでどんなものを食べたとか言い合うことで交流してるっぽい」
「ぽい……つまりうちの食事事情がダダ漏れということでは?」
「別にどこと比べるとかじゃないぞ?」
「はい、私たち樹人は味覚器官がありませんから。味の総評をすることが基本的にはできません。ただし、それを知った上で食事を摂らせてくれるところは信頼できそうだと評価をする過程を踏んでおります。兄さんはそれをつい最近知ったので」
「兄さん……」
「シオリは妹設定なんだ。他にも姉個体が二体、妹個体が一体いるぞ」
急に女を連れてきて警戒させてしまったか?
フレッタはジロジロと『シオリ』を見つめた後、何かを諦めるように大きな吐息をついた。
「叔母さま、どうされます?」
「引き受けるしかないだろう?」
「ですよねー」
「今日からよろしくお願いします。フレッタ姉様、エマール姉様」
「あら、あたしをお姉様と呼んでくれるのかい?」
「目上の女性にはそう言うように教わっております」
「王宮の教えがこんなところに反映されてるとはね。最近は特にしつけのなってない輩が多い。シオリと言ったね、あんたは何が得意なんだ?」
「読み書き、計算、それと読書を生業としております。王宮内の私とは常に知識を共有しておりますので、薬草知識もバッチリです」
「よし、あんたはフレッタ付きの助手として働きな」
「ありがとうございます」
「ちょっと叔母さま!?」
『シオリ』はうまいこと馴染めそうだな。
「んじゃあ、俺はここらで」
「久しぶりに顔を出したのに、もう言っちまうのかい?」
「他にも預けに行く予定の眷属がいるんですよ」
「あんたも忙しないねぇ」
「樹人の人権獲得のために頑張ってますから」
「人権獲得? なんの話だい」
「あ、これ言っちゃっていいやつかなぁ?」
俺はイスマイール領でのあらましをエマール姐さんに念話で通達した。
最初はその内容に驚いて見せたが、裏を知ってようやく理解を示してくれた。
奴隷として王国内で購入され続けてきたワイルドベリーの眷属『ベリー』。
その救出は領主の説得だけでは終わらない。
国の認識を改める必要がある。
なので俺は同じ眷属を扱うものとして、いろんな場所に所属させ、人権を勝ち取るのだと主張した。
「その一環でうちにねぇ」
「人と触れ合い、そこで営みを理解することこそが第一歩だと考えてますからね」
「普通眷属に対してそこまで理解を求めないと思うけど?」
「シオリたちの人格には元になった人物がいるんですよ」
「それは坊やの近しい存在だったと?」
「わかります? 遠く離れた故郷の家族なんすよ。今どこで何をしてるのかは知らないんすけど、ついつい甘やかしちゃうのはそう言うところなんすかね」
「あんたの願いはわかったよ。じゃあ妹さんはウチで預かるとするかね。フレッタ、彼女を人間のつもりで扱いな」
「わかりました。シオリさん、研究室を案内するわ」
「よろしくお願いいたします。姉様」
「ええ、よろしくされてあげるわ」
どこか内心で嬉しさを隠しきれないように、フレッタが『シオリ』を引っ張って奥の部屋に引っ込んだ。
俺はエマール魔法具店を後にした。
その足で追放後に世話になった宿屋に顔を出す。
「ちわーっす」
「お、お貴族様じゃねぇか」
「坊や、偉くなったんだってねぇ!」
「ちょ、やめてくださいよ。俺はただの一般人すよ」
宿屋では相変わらず人がごった返して賑わっている。
ほとんどが新規客なのか、俺の顔を知ってる層はいなかった。
まぁ、だいぶ朝だしな。
ほとんどは寝てるか、個室で冒険前の準備だろう。
「ここも変わらず忙しそうですね」
「坊主のおかげで営業は順調だよ。奇跡の水だなんて巷じゃ呼ばれてるがな」
「人手は?」
「うちの娘たちが手伝ってくれてトントンって感じだ。奇跡の水のおかげで俺らもなんとかやってるが、これ以上増えると物理的に人手が欲しくなるな」
「なるほど、ちなみに紹介したい相手がいるんすけど」
「紹介したい相手だって?」
俺は頷き、宿の前で待機させていた『アキ』と『リン』を紹介した。
「アキよ。接客には慣れてるわ。力仕事は、物によるわね」
「リンだよ! まだまだ慣れないことは多いけど、一生懸命頑張ります!」
「田舎から姉と妹が働き先を求めてやってきてさ。ウチでも働いてもらってるけど、どうも相性が悪い。そこで昔世話になったここで働かせてもらえないかを相談しにきたんすよ」
「坊やの家族を?」
「いや、まぁ急な話で無理なら無理でいいんですが」
「そりゃウチらは坊主には世話になってるけど」
「人手はいくらでも欲しいが」
「ちなみに二人とも植物の世話が得意で、姉のアキは香水を使った人心掌握。妹のリンは野菜の世話ができる」
「ほう! うちは酒場も併設してるから荒くれ者が多くて困ってたんだ。奇跡の水を求めてお貴族様が押しかけてくるのもしょっちゅうだしね。でもまぁ、坊やがバックについてくれるってんなら安心だよ」
なんか変な意味で捉えられちゃったかな?
何はともあれ引き取ってくれそうで助かる。
「後ねー、リンねー、こういうこともできるよ!」
そこでリンが特技を披露。
それは俺の信Ⅴで出来る【再構築】の真似事だった。
痛んだ床や柱にミントを生やして再構築すると言う荒技。
忙しすぎてリフォームしてる暇もない宿屋の強い味方になってくれるだろう。
「驚いた! あの痛み切ったフローリングが新品同様だよ!」
「リン、いつの間にそんなことができるようになったんだ?」
「さっきー」
と、要領を得ない。
ずっと甘やかされて生きてきた環境から、誰かの役に立つ居場所への環境の変化によって考え方が変わったのかもしれない。
俺と離れて暮らすことをそう捉えちゃったか?
その後の説明は宿の女将さんと大将に任せ、俺は他の店に顔を出しまくった。
「シオリ、何をやったの?」
研究室では『シオリ』の手がけた完璧な調薬を前にフレッタが驚きの声を上げていた。
「あ、お姉様。言われた通りにやっていたのですけど」
「あ、そうか。コウヘイさんのミントだったわね、この子。普通の子扱いしてたけど、これくらいはできて当たり前なのかも」
「どうしたんだい、フレッタ」
「あ、叔母さま、この子の製薬したアイテムをご確認してください」
「なんだい、それくらい……ってなんだい、こりゃあ!」
「エリクサーです」
「素材だって揃ってなかったろ?」
「兄様のミントを代用素材にしましたら」
「できちまったってわけかい?」
シオリは頷く。
こんなの余計に表に出せないだろう、とフレッタは両手で顔を覆った。
一方その頃宿屋では。
「お客様、こちらボーンステーキのミントソース和えです。鉄板が熱くなってますので火傷などにお気をつけくださいね」
「にょほほほほほ」
「追加のご注文がございましたら、今のうちに言ってくださいね」
宿屋では、見目麗しい給仕の『アキ』に見惚れてか、普段騒がしい酒場の客は全員大人しく食事を待っていた。
その上で差し込む追加発注要求。
少しでも長い間目の中に留めておきたい男連中は、残り金銭を大幅に上回る料理の発注をしていた。
「何ぃ金がないだって? じゃあ裏で野菜の世話とシーツの取り替えだよ! ほら、さっさと働きな!」
その上で給仕の時とは態度の異なる『アキ』の豹変ぶりを楽しみにしている客も多く、わざと多く注文をして支払いを行わない客も後を絶たなかった。
それ以外にも、仕入れる野菜が軒並みグレードアップしており、奇跡の水の回復効果も軒並み上昇。
宿屋の評判も鰻登り。
しかし宿の内装はボロいまま、リフォームする暇もない。
客は来てもこの内装のままで接客するのは限界があった。
そんな時に活躍したのが『リン』だった。
「リンちゃん、これは一体どういうことだい?」
女将が目を丸くして庭を見た時、そこには新たな建築物が増築されていた。
「あ、おばちゃん! リンねー、ここにも宿を作ったほうがいいと思ったの。酒場のお客さんも大勢くるけど、そのままお酒飲んで寝ちゃう人もいるでしょ? でも今のままの部屋数だと足りない。そんな時にね、お酒を飲んだ人用のスペースがあればなって」
「そう言うことを聞いてるんじゃないよ。畑はどこに行って、そしてこれは誰によって作られたものかを聞いてるんだよ」
「んーー、内緒!」
可愛く微笑まれ、誤魔化そうとしてくるが、女将はそれが『リン』の手によってもたらされたことを理解していた。
話したくないことがあるのなら、無理に聞き出す必要はない。
何よりも、宿のためを思っての働きだ。
咎めるつもりもなかった。
「畑はねー、お宿の屋上に変えたの。あそこなら日当たりがいいし、お水は汲み上げることができるから! それに干しておくと甘さが増すってお兄ちゃん
「そうなんだね。リンちゃんは賢いね」
「えへへー」
その日から『リン』の思いつきによって勝手に宿が増設されたり、酒場の料理がグレードアップしたりとやりたい放題だったが、宿も客も困るどころか大助かりだったので誰も何も言えなかった。