村人達に別れを告げて、私達はヒューイの家へ向かう。トゥナが世話したというヒューイは、里子としてこの村に来たそうだ。幼い子供を亡くしたジグ、コリン夫妻がふさぎ込んだことで、心配した村人達に相談されたのがトゥナだったと。
それが約1年前。
この時点で、既にエノハ様の協力要請を受けていたトゥナ。私の事情を除いたとしても、戦力として見られていたことになる。名目上、穏健派に属するお父様とも連絡を取っていて、この計画を知っていると聞いた私は開いた口が塞がらなかった。
何故お父様なのか、何故トゥナなのかを問いかけた私に、エノハ様は茶目っ気たっぷりに『秘密です』とウィンクで応える。ここもまだ教えてもらえないのかと落胆したけど、殿下が『俺を信じろ』と言ってくれたからには、納得するほかない。
(何を隠しているんだろう。お父様からも、殿下やエノハ様の話は聞いたことがない……でも、きっと私のためを思ってくれているんだと思う。みんな、優しい人たちだから……)
不安は消せないけど、私も計画の一端になったんだ。信じてついていこう。
そう心に決めた。
そうして辿り着いた一軒の小さな家の前には、体の大きな男性と、線の細い女性が待っているのが見え、ヒューイが手を振ると笑顔で出迎えてくれた。
「奥様、お久しぶりでございます。まさかこの村にお迎えできるとは、不詳このジグ、心からおもてなしさせていただく所存です」
拳を胸に当て、男性が高らかに宣言する。どこか芝居がかったセリフだけど、真剣さが伝わってきて微笑ましい。その隣に、女性が一歩進み出た。
「本当に、なんとお礼を言っていいのか……ヒューイは私を『お母さん』と呼んでくれるんです。それが、とても嬉しくて……でも、亡き息子も忘れられず、ヒューイを悲しませているのかもと考えると、申し訳なくて……」
瞳を潤ませる女性に、トゥナは優しく手を取って声をかけた。
「コリンさん、息子さんを忘れる必要なんてないんですよ。ヒューイもそれは分かっています。大事なのは今でしょう? きっと天国で息子さんも喜んでくれています」
その言葉に続き、ヒューイも女性に抱きついて、はしゃぐようにして笑う。
「そうだよ! 僕、お母さんの息子になれてすごく嬉しいんだ。お空に昇った子は、お兄ちゃんだと思ってる。お兄ちゃんに誇れるように僕、頑張るから。泣かないでよ、お母さん」
その声はまっすぐで、優しさに満ちている。
だけど私は知っているんだ、それが作られたものだって。
ヒューイの正体は、エノハ様配下の少年兵。孤児だった彼を拾い、戦士に仕立て上げ、こうして村に送り込んだ。まだ10才と幼く、あどけなさの残る小さな体からは、暴力的な印象は全く受けない。それでも、腰布に括りつけられた短剣は、存在感を主張していた。
この世界では、日常的に刃物が使われている。むしろ、刃物が使えないと暮らせないほどだ。農耕や伐採、薪割りなどの作業に加え、狩猟にも刃物は必須だ。日本でも刃物は使うけど、外で見ることは殆どない。もし見ることがあれば、それは凶器としてだろう。
笑い合う親子を眺めながら、私は罪悪感を覚えずにはいられなかった。これも、計画の全容を聞かされない要因だろうか。
挨拶が済んだトゥナは、振り返って私達を紹介してくれた。ぼーっとしていた私は、ハッとして顔を上げる。
「ジグさん、コリンさん、こちらは今回お供してくれた方達です。男性がイオ、女性がフィア。これから一緒に住むことになります。まだ新婚だから、お2人からも仲を保つ秘訣を教えてあげてくれませんか?」
殿下はジグさんと握手しながら、照れたように頭を掻く。
「イオと申します。若輩者ですが、妻共々よろしくお願いします。ずっと想い続けて、やっと捕まえた子なんです。ご指導いただけると助かります」
その言葉を聞いて、私は頬が熱くなるのを感じた。あれは演技なんだと言い聞かせて、コリンさんと握手を交わす。
「はじめましてコリンさん、フィアと申します。まだまだ家事が未熟なので、教えていただけませんか? 夫に、美味しい料理を作ってあげたいんです。奥様にも、安心してお過ごしいただきたいですから」
笑顔であいさつしたのに、コリンさんはじっと繋がれた私の手を見ている。そこには筋張った硬い手があった。それは女性というにはあまりにも武骨だ。
しまった、と思う間もなく、コリンさんが怪訝な瞳で私を見つめる。
「あの、失礼ですが……」
任務開始早々の危機に、私はうまく頭が動かなかった。それを察知して、トゥナがすかさずフォローを入れてくれる。
「コリンさん? どうかされましたか?」
問いかけられたコリンさんも、戸惑いが隠せないのか視線が泳いでいた。
「いえ、その、手が……」
握られたままの手をどうにか引っ込めようとするけど、さすが村育ち。華奢な外見に似合わず力が強い。乱暴にしてしまうと怪我をさせてしまうかもしれないし、無理矢理引きはがすのを躊躇してしまった。
そんな私達を見て、トゥナは柔らかく笑う。
「ああ、その子の手、硬いでしょう? コリンさんも農作業をされるからご存じだと思いますが、何度も
その表情は声とは裏腹に、有無を言わせぬ凄みを感じさせた。ただでさえ恩人なのだから、そう言われては引かざるを得ないだろう。
やっと解放された手を背中に隠し、私は羞恥で顔を伏せた。
(いくら女装しても、やっぱり私は男なんだ……)
ドレスを着て、化粧をしても、骨格はどうにもならない。
埋められない溝は、私に現実を突きつけてくるのだった。