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3:小さな優しさ

 セスラス聖王国――百年前に起きた魔族との戦争【オウロ聖戦】で連合国のリーダーとして活躍し、バラバラだった国をまとめ上げた大陸国家である。

 そんなオウロ聖戦に勝利したセスラス聖王国の聖都【ヴィーヴル】の東側、いわゆる飲食店街と呼ばれる一画にジャックの姿があった。


「はぁー……」


 パーティー追放されてから三十分ほど経ったが、ジャックは今も追放されたことに気分が落ち込んでいた。


 理由は簡単だ。

 仲間達を助けるために一人でボスモンスターに挑み、勝利したにも関わらず追い出されたことがショックで堪らないからである。


――ぐぅ~。


 それに加え、ジャックの腹の虫が鳴く。

 思わずお腹に手を当てるが、意識してしまったためかとんでもない空腹感がジャックに襲ってきた。


 そういえば朝から何も食べていないや、と思い出したジャックはポケットの中に手を入れる。

 しかし、いきなり拠点を追い出されたためかいつもならあるはずの財布が入っていなかった。


「はぁぁぁ……」


 お金がないことに気づき、ジャックはさらに落ち込む。

 自分を元気づけるためにも何か食べよう、と思ったにも関わらず持ち合わせがない。

 だからなのか、余計にお腹が空いてきてしまった。


 周りには家族層を狙ったレストラン、単身で活動する男性冒険者に絞った屋台に女性をターゲットにしたカフェなどがあるが、お金がないため入ることができない。


 そのためジャックはますます落ち込んでしまう。


「お腹が空いたなぁ……」


 お金を得るために何かを売ろうにも荷物は拠点に置いてきてしまった。

 荷物を取りに戻ろうにもゲルニカが拠点に入れてくれるとは考えにくい。

 こっそり中に侵入してひそかに荷物を回収するという手もあるが、ジャックにはそんな勇気はなかった。


――ぐぅぅぅ。


「ああ、お腹が空いた……」


 抗議するかのようにお腹の虫が鳴き、ジャックはいろいろと限界を迎えようとしていた。

 このままだとお腹と背中がくっついてしまう、とあり得ない危機感を覚え、ジャックは一生懸命にポケットの中を漁る。


「あ、あ、お金だっ」


 一生懸命に探したおかげか、銀貨一枚と銅貨二枚が出てきた。

 宿屋にしばらく宿泊するにしては心許ないお金だが、ジャックの空腹感を満たすには十分である。


 これでご飯が食べられるっ!


 ジャックは急いでて適当な飲食店に入ろうとした。

 どこに入ろうかと屋台なレストラン、カフェといった店を見渡していると思いもしないものがジャックの目に入る。


「…………」


 それは、一人の子供だった。

 着ている衣服は泥で汚れ、ところどころ擦り切れている。

 長い金髪も薄汚れ、何日も身体を洗っていないのか鼻を摘まみたくなるような異臭が放たれていた。


 何より、その子供は肌の色が赤い。

 額には小さなツノがあり、目は金色に輝き、首には黒いチョーカーがあった。


 見た限り、オーガ種の少女だ。

 しかも、かつて人間と対立していた魔族側についていた種族の子供でもある。


「…………」


 オーガの少女はジッとジャックを見つめていた。

 その目は青い痣があり、誰かに殴られたことがわかる。

 おそらく、抵抗できないことよしとして暴力を振るわれたのだろう。


 もし仮にオーガの少女がチョーカーをしていない者を傷つけてしまえば

 それは


 それが人間側に負けた魔族側の立場であり、百年経った今でも変わりはなかった。


「君は、えっと……」


 ジャックはそんなオーガの子を見て、声をかけようとしたがすぐにやめる。

 オーガの少女からしたらジャックは敵対者で、恨むべき存在だ。

 下手に近づけば何をされるかわからない。

 それに、黒いチョーカーの特性を利用し捨て身の攻撃をしてくる可能性がある。


 今は無視するのが一番だ。

 頭ではわかっているが、心ではジャックは納得できていなかった。

 おそらく自分以上に生活に困っているオーガの少女を助けたい。


 だからジャックは背を向け、持っていたお金を全部落とした。


「……え?」


 思いもしないことにオーガの少女は目を丸くしていた。

 ジャックはそんな反応に気づかないふりをしてその場から去ろうとする。

 そんな姿を見たオーガの少女は急いで落ちたお金を慌てて拾う。

 一瞬だけポケットの中にお金を入れようとするが、少女は意を決したかのように顔を上げ、ジャックを追いかけた。


「あ、あのっ!」


 振り返ると息を切れ切れにし、肩を上下に揺らしながらジャックを見つめているオーガの少女の姿があった。

 喉から手が出るほど欲しいだろう落としたお金を差し出すオーガの少女を見て、ジャックは少しとぼけた表情を浮かべる。


「なんだい?」

「そ、その、落としたよっ」

「落とした? 何を?」

「お金! 落としたよ!」


 オーガの少女は一生懸命にジャックがお金を落としたことを伝えてきた。

 ジャックはそんな健気な姿を見て、屈んで優しく微笑む。

 そして、こんなことを言い放った。


「そっか。じゃあ君にあげる」

「え?」

「拾ったのは君だ。だから君にあげる」


「でも、でも、これは――」

「大丈夫っ。こう見えても僕はすごいんだ。お金だっていっぱい持っているよ! だから、そのお金で美味しいものを食べてっ」


 ジャックの言葉にオーガの少女は言葉が詰まった。

 大きな優しさに、オーガの少女は泣いてしまう。


 ジャックはそんな姿を見て、もう一度優しく笑った。

 そして、泣いているオーガの少女に背中を向け、ジャックはその場から離れていく。

 オーガの少女はジャックが離れたことに気づき、追いかけようとするが顔を上げた時にはすでにその姿は人ごみの中に消えていた。


 一生懸命にオーガの少女は探すが、見失ったジャックを見つけられない。

 それでもオーガの少女はジャックを見つけようと一生懸命に周囲を見回していた。


「へへへ、いいカモがいるぜ」

「またぶん殴って巻き上げてやるか」


 そんなオーガの少女に近づく輩がいた。

 ジャックがあげたお金を狙ってオーガの少女に近づく人間のクズ野郎達である。

 オーガの少女はそんなクズ野郎達に気づかないままジャックを探していた。


「今日はいい飯が食えそうだ」


 舌なめずりながら、クズ野郎達はオーガの少女の背後を取る。

 そしてそのまま手を拘束しようとした瞬間、クズ野郎の一人は背中を蹴られた。


「うおっ!」


 仲間が倒れ、片割れが振り返る。

 するとそこには一人の少女がいた。


 背中を覆うほどの長い赤髪に黒いワンピースドレス。

 左右のこめかみには二つの捻じれた大きなツノがあり、その首には灰色のチョーカーがあった。


「何をしようとしていたんじゃ、お前達は?」


 赤髪の少女はクズ野郎達を睨みつける。

 そんな赤髪の少女を見たクズ野郎達は、思わず腰が引けた。


「な、なんだお前っ? まさか黒鷲の騎士団か!?」

「違うな。じゃが、お前達がやろうとしてたことは看過できん」


 赤髪の少女は瞳を赤く輝かせる。

 そして、クズ野郎達にこう訊ねた。


「選択を与えてやろう。クズらしく逃げるか、それとも我に殺されるか。好きなほうを選べっ!」


 怒気のこもった声は、少女らしからぬものだった。

 そんな声を聞いたクズ野郎達は身体を震え上がらせる。


「ひ、ひぃぃぃっ」

「お、落ち着け! 首を見ろ。魔族の証があるだろ! あいつは俺達を殺すどころか、傷すらつけられねぇーよ!」

「いや、だけど、捨て身だったら……」

「できねぇーよ! こんなところで命を捨ててまでやる魔族がいるか!?」


 仲間の言葉に、クズ野郎は立ち上がる。

 そうだ、魔族は人間に太刀打ちできない。完全な奴隷なんだ、と考え直して。


 そして、下品な笑みを浮かべ、ぬるっとした視線を赤髪の少女に向けた。


「そうだ、そうだよな。だって、魔族は人間俺達の奴隷だもんな。なら、逆らうこともできないよなぁー!」


 クズ野郎は舌を出し、よだれを垂らし、赤髪の少女を取り押さえにかかる。

 そんなクズ野郎を見て、赤髪の少女は鋭く息を吐いた。


「吹き飛べ――【ウインドブラスト】」


 それは、躊躇いのない一撃。

 少女が手のひらをかざし、容赦なく放った攻撃スキルをクズ野郎は真正面から受ける。

 当然、不意打ちに近い一撃を受けたためクズ野郎は派手に後ろへ飛んでいく。


 数台の屋台を壊し、ようやく勢いがなくなった時にはクズ野郎の意識は完全になくなっていた。


「なっ!」


 仲間がやられた。

 しかし、それ以上に想定外のことがあった。


「なんで、なんで、お前は生きているんだよ!」


 魔族側はどんな理由があろうとも人間側を攻撃したらチョーカーの効果で死ぬ。

 だが、目の前にいる魔族側である赤髪の少女は何事もなく立っていた。


 ありえない光景に、クズ野郎は震え上がる。

 そんなクズ野郎を見て、赤髪の少女は冷たく告げる。


「次はお前じゃ。どうする? やるか?」

「ひ、ひぃぃぃぃぃっっっ!!!」


 クズ野郎の片割れは仲間を見捨てて一目散に逃げていく。

 そんな愚か者を見送った赤髪の少女は、やれやれと頭を振った。


「まったく、人間側には呆れたもんじゃ。じゃが、あやつは見込みがあったのぉ」


 赤髪の少女はどこかへ消えたジャックを思い出す。

 そして、少しだけ考え、「にししっ」と笑った後にこんな言葉を漏らした。


「ちょうど人材に困っていたところじゃしな。決めた、奴にしよう!」


 赤髪の少女は機嫌よく鼻歌をこぼし始める。

 そして、どこかへ消えたジャックを追いかけた。


 オーガの少女とのやり取りを見ていた存在。

 まさかそれが大きなキッカケになるとは、この時のジャックはまだ知るよしもない――


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