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2:世の中は弱肉強食という無常

 世の中というのは無常だ。

 弱肉強食という言葉があり、ジャックは今まさにそれを体験している。


「は、はははっ……一撃で、みんなが……」


 ダンジョン【エニグマ大迷宮】の二十階層――中級ダンジョンの最深部で、ジャック以外の仲間が力なく倒れていた。

 漂う焦げ臭さに、ジャックは身体を震わせる。

 黒煙が晴れ、仲間達が倒れている先を見るとそこには大きなカメレオンの姿があった。


「シャーッ」


 カメレオンは、いやボスモンスターは勝ち誇ったかのように雄たけびを上げている。

 ジャックの仲間達はというと、ダメージが大きいのか立ち上がる様子はない。


「生き残っているのは僕だけ……みんなを助けなきゃ……!」


 荷物運びという立場だからか、それとも本当に運がよかっただけなのかジャックだけが無事だった。

 カメレオンが仕掛けた爆発攻撃のせいで、荷物入れのカバンはどっかに飛んでいってしまったが、そんなことはどうでもいい状況だった。


 いくら何でもこの状況はマズすぎる。

 僕以外、みんな倒れているっ!


 ジャックは改めて状況を確認する。


 攻撃役のリーダーゲルニカだけでなく、盾役と回復役の少女達も倒れている。

 こんな状況ならば、普通は逃げる一択だ。


 しかし、仲間は全員倒れている。

 そんな中、一人で全員を連れて逃げられるか?

 いや、さすがに無理がある。

 下手したらみんなと一緒に死んでしまうだろう。


 じゃあ助けに来るまで時間稼ぎをしながら逃げ回るか?

 それこそ無謀だ。

 荷物運びで足腰が鍛えられたからといって、無尽蔵に体力がある訳じゃない。


「ギュルルルゥッ」


 なら、取る選択は一つしかない。


 ジャックは覚悟を決め、腰に携帯していたダガーを抜く。

 そして自分が使えるスキルを確認した。

 ジャックが扱えるスキルは【影縫い】と【影絵】の二つだけだ。


 スキル【影縫い】――自分の影を伸ばし、触れた対象を引き寄せたることができるスキルだ。これで少し離れた場所にある物体を引き寄せたりできる。


 スキル【影絵】――これは影で偽物の像を生み出すスキルである。使い方次第でボスの動きを陽動できるかもしれない。といっても、完全には騙せないだろうが、とジャックは考えた。


 上手く決まるかわからないが、やるしかない状況だ。

 ただ初めてに近い実戦ということもあり、そのためにジャックは少しだけ不安を抱いていた。


 しかし、そんな不安を抱いても仕方ない。今は生き延びるためにも、目の前にいるボスに集中しなければならない。


「フシュー」


 ヒリつく空気に、浴びせられる殺気と敵意。

 これだけはどんなに場数を踏んでも慣れないものである。

 だが、ジャックがやらなきゃパーティーは壊滅だ。


 なら、ここで腹をくくってやるしかないだろう。


「よし、よし、よしッ。やってやるぞッッッ」


 ジャックは頼りないダガーを握りしめ、低い声で威嚇し続けるボスモンスターであるカメレオンを睨みつけ、挑んだ。


「キシャー!」


 ジャックの突撃に合わせ、カメレオンが雄叫びを上げた。

 同時にカメレオンは巨大な黒い泡を吐き出し、それがまっすぐジャックへぶつけようとした。


 ジャックは転がっている盾をスキル【影縫い】で引き寄せ、掴み取るとそれを黒い泡へぶつける。

 直後、黒い泡は大爆発を起こし、強烈な光を解き放つ。

 そのため閃光によって一瞬だけダンジョンは白い闇に飲み込まれたのだった。


「キシャー!」


 カメレオンはこの閃光泡を使い、一瞬にしてパーティーを壊滅状態に追い詰めた。

 後は敵対する存在の近くへ立ち、スキルを発動させ爆発攻撃を食らわすだけだ。


 だが、ジャックは一度その攻撃を見ている。

 だから同じ手は通用しない。


「シャー?」


 自分が放った泡の閃光によってか、カメレオンはジャックの姿を見失っていた。

 頭を傾げつつ、どこかに隠れたジャックを探す。


 すると、岩陰に隠れていた人影を見つける。

 見た限り、うずくまりながら奪われた視力の回復を待っている様子だった。


 カメレオンはこれよしとばかりにそれに近づき、スキルを発動させようとした。

 だが、傍に寄って気づく――それは人ではなく、人の姿をした黒い何かであることに。


「よく見つけたね。だからお前に、プレゼントだ!」


 カメレオンは反対側にいたジャックに気づき、振り返る。

 その瞬間、ジャックはカメレオンの目にダガーを突き立てた。


「ウギャー!」


 カメレオンの口から悲鳴が上がる。

 必死にダガーを振り払おうとするが、深く突き刺さっているためか取れる様子がなかった。


 ジャックはその姿を見て、「よしっ」と声を漏らし小さくガッツポーズを取る。

 だが、まだジャックはカメレオンを倒せた訳ではない。

 だからジャックはスキル【影縫い】を使い、転がっていたパーティーリーダーの剣を引き寄せた。


 目的はもちろん、もう片方の目を潰すことである。


「僕にだってできる。僕にだってやれる!」


 ジャックは自分を鼓舞し、暴れ回っているカメレオンへ突撃する。

 そして、手にした剣で顔を切りつけた。


 そこからは無我夢中に剣を振り回していた。

 何度かカメレオンのスキル【爆発】で死にかけたが、それでもパーティーを救うために戦う。

 そして、カメレオンの額に剣を突き立てた。


「ウギャアアアァァアアアアアァァァァァァァッッッッッ」


 大きな悲鳴を上げ、倒れたカメレオン。

 それは耳を塞ぎたくなるような断末魔だった。

 それでも、ジャックは剣を離さない。

 ようやく動きを止め、死んだと確信した瞬間にジャックは地面にへたり込んだ。


 「やった、やったぞー! ボスに勝ったー!」


 ボスモンスターに勝利したことにジャックは単純に喜んでいた。

 今までみんなにバカにされていた僕が、パーティーを救った。

 そんな想いに酔いしれ、ジャックは誇らしい気持ちになる。


 これでゲルニカ達は僕を認めてくれる。

 そう思ったジャックだが、待ち受けていたのは全くの正反対な結果だった。


★★三日後★★


「出ていけ、ジャック。二度とその汚いツラを見せるなッッッ」


 ジャックは無事にボスモンスター【カメレオン】を倒し、パーティーを救うことに成功する。

 しかし、ジャックはパーティーリーダーのゲルニカから追放宣言を受けていた。


 窮地からパーティーを救い、ボスモンスターを倒したはずなのだが待ち受けていたのは賞賛と労いの言葉ではなく罵倒と侮蔑だった。


「な、なんで?! なんでそんなことを――」

「お前、嘘をついただろ? 一人でボスモンスターを倒した? バカ言え。俺達が倒せなかったボスモンスターだぞ!」

「だからずっとそう言ってるじゃないか! 僕が頑張って――」


 ジャックの反論を聞いたゲルニカは、「はっ」と鼻で笑った。

 そして、信じられないという顔をし、ジャックの言葉を否定していく。


「荷物運びのお前が誰かに手伝ってもらって、最後においしいところを取っただけだろ! 嘘をつくな!」

「ゲルニカ、ホントにそう思っているの? あんなところに人が来る訳なんてないだろ! それに、あのままだったらみんな死んでいたんだよ!」


「死んでいた? 何を言ってやがる。嘘をついてまで俺達を騙そうとしているお前が、何を言っている!!!」

「だから騙してなんて――」

「信じられるかよ! 荷物運びのお前が、一人で倒したなんてよ!」


 ゲルニカの言葉を受けてジャックは唖然とする。


 もし、あそこで僕がボスモンスターを倒さなかったらみんな死んでいた。

 それに、なんで信じてくれないんだ。


 ジャックがそう言いかけた時、黙って聞いていた盾役と回復役の仲間達が立ち上がる。

 そして、二人はゲルニカのほうに立ち、ジャックにこんなことを言い放った。


「嘘つきが何を言っているのよ」

「そうよそうよ。あれは油断しなければ私達で倒せたわ」

「アンタは手伝ってもらって、最後においしいところを持っていっただけ。そうとしか考えられないんだから」


 少女達に言われ、ジャックは苦々しく顔を歪ませる。

 何を言っても信じてくれない。

 それでもジャックはどうにか信じてもらおうと言葉を並べていた。


「みんなは倒れていた。それに、倒したのは――」

「ホント最低。、信じられないんんだけど。もういいから、とにかく出て行って」

「アンタ、しつこい。さすがにウザいんだけど」


 くそ、くそ、くそ。

 なんでこんな仕打ちを僕は受けているんだ。

 ただみんなを助けただけなのに、どうしてこんな……


 ジャックは怒りのあまりに叫びそうになっていた。

 それでもグッと堪え、ジャックは自分を押さえつける。

 しかし、ジャックの思いとは裏腹に仲間達はとんでもない話題を切り出した。


「ねえ、ゲルニカ。それより報酬はどうする?」

「ジャックはなしでいいでしょ? だって嘘つきだし」

「ああ、そうだな。これは三人で分けるとしようか」


 ジャックが黙り込んでいることをいいことに、ゲルニカ達は手に入れた報酬を三人で分けようとした。

 それを見て、ジャックは思わず口を開く。



「あ、あの、僕の分は――」

「ああ? 嘘をついたお前にやる金なんてないよ!!!」


 ジャックが分け前について切り出すと、ゲルニカは拳を握った。

 そのまま顔面を殴り飛ばされ、ジャックが尻もちをつくとゲルニカは叫んだ。


「とっとと出ていけ、ジャック。次はぶっ殺すぞッッッ」


 怒りに満ちたゲルニカは剣を抜き、切っ先をジャックに向けた。

 ジャックはその行動に言葉を失ってしまう。


 どうして信じてくれないのか。

 そんなに僕は邪魔なのか。

 どうして……?


 こうしてジャックは何も言えないまま、パーティー【バロック】の拠点を出ていくこととなる。

 ゲルニカ達が大金を和気あいあいとしながら分ける姿を見ることなく、ジャックは外へ出た。


 三人の楽しい談笑が聞こえなくなるまで、ジャックは逃げるようにその場から離れたのだった。

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