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1:荷物持ちの少年冒険者

「おっせーんだよ、ジャック! 早く来い!」


 薄暗い洞窟の中、一人の男性の怒号が響き渡る。

 その怒号に反応し、銀髪の少年は大きく膨らんだカバンを背負い走った。

 だが、あまりにも荷物がたくさん詰め込まれているためか銀髪の少年は一度転びそうになってしまう。


 それでも銀髪の少年はどうにか踏ん張り、体勢を立て直すと先頭を行く男性に声をかけた。


「ちょ、ちょっと待ってよっ。今、追いつくからさ!」

「待ってられねぇーんだよ! ったく、やっと二十階層に来たっていうのに」

「ね、ねぇ、少し休まない? ちょっと荷物が重たくてさ……」

「ああ? なんだ、文句か? 落ちこぼれが何を言ってやがる! そんなに文句が言いたいなら、スキルを増やしてから言え!」


 A級パーティー【バロック】のリーダーであるゲルニカは苛立ちながらまた怒号とを飛ばした。

 銀髪の少年、いやジャックはそんなゲルニカの怒号に身を縮こまらせながらも重たいカバンを背負い、先を行くパーティーメンバーを追いかける。


 冒険者――それは未知が待ち受けるダンジョンに挑み、多くの宝を持ち帰ることを目的にした者達のこと。

 そんな冒険者の一人であるジャックは、扱えるスキルが二つしかないということで荷物運びをさせられていた。


「あんまり口答えしないでよね。アンタのせいで全然進まないんだから。さっき倒したモンスターの素材、ちゃんと回収した?」

「う、うん。したよ。スキルで集めたからそんなに時間はかかってないと思うけど」

「気持ち悪っ。あんなスキルで集めたの? 近づかないでよね」

「え? えー……」

「変な系統のスキルを使うなんて。それ、あとで捨てておいてよね」


 ジャックを蔑んだ目で見下しつつ、ゲルニカの取り巻きである二人の少女が言葉を突き刺す。


 そもそもスキルとは、人が扱える特殊能力のことである。

 その系統は確認されているだけで六つあり、【剣士】【戦士】【狩人】【暗殺者】【治癒士】【魔導士】と存在する。


 だが、ジャックのスキルは【魔導士】系統とされているが、他の魔導士からはそんなスキルはないと言われている。


 なら僕の系統はなんだろう?

 そんな疑問を抱きつつもジャックは人よりも少ないスキルのため、仲間内からバカにされていた。


「そっか、みんなすごいなぁ……僕はもうヘトヘトだよ。ちょっとでもいいから休みたいよ」


「じゃあ置いていくわ。アンタは一生ここにいなさい」

「そんなこと言わないでよ。僕、頑張るからさ」


「ふん、生意気。ゲルニカ、ジャックの取り分減らして。ゼロにしてもいいよ」

「あ? また何かしたのか? ったく、面倒くさいな。あとで考えておく」


 ゲルニカと取り巻きの少女のやり取りを聞き、ジャックは思わずもう一度ため息をついた。


 友人に誘われ、夢であるダンジョン制覇をするという目的もあって冒険者になったまではいい。

 だが、その友人が諸事情でパーティーから脱退し、ゲルニカがパーティーリーダーになってからはずっとこんな調子である。


 ルーキーながらも快進撃をしてきたバロック。そのパーティーリーダーであるゲルニカは天狗になっていた。


 初級ダンジョンは制覇した――次は中級だっ!

 ということで初めての中級ダンジョンとして【エニグマ大迷宮】に訪れていた。


 そんなダンジョンにいることもあり、ゲルニカはゲルニカでいっぱいいっぱいだ。

 取り巻きの少女達はそんなことを尻目に好き放題し、全く注意しないゲルニカにジャックは少しうんざりしていた。


 パーティーを脱退しようかな。

 行き場がないから残っていたけど、そろそろ限界だし。


 広がる薄暗い光景に、自分の未来が暗示されているような気がしつつも、勝手に進んでいくメンバーの背中を追った。


 ふと、足を進ませていると妙に明るい空間に出る。

 そこは不思議な光を放つ鉱石がたくさんあり、地面から天井まで光があふれていた。


「わぁー、綺麗だなー」


 思いもしない光景にジャックの目は奪われる。

 この光り輝く鉱石を鑑定してもらったらどれほどの値打ちが付くだろうか。

 そんなことを考えつつゲルニカの顔を見ると、ジャックとは違う反応をしていた。


 それは緊張と歓喜が混じった笑顔だった。

 不思議に思い、ジャックは取り巻きの少女達を見ると似たような笑顔を浮かべている。


 どうしたんだろう?

 ジャックはゲルニカ達に視線を合わせ、天井を見る。

 そこには一体の巨大なトカゲが張り付いていた。


「あれは――」


 その身体は一目ではすぐに把握できないほどあまりにも大きい。

 ただわかるのは、張り付いている天井の半分は身体で覆われている。

 シュルシュルと出し入れしている舌を収める口は、人を簡単に丸呑みしてしまいそうなほどだった。


 ギョロリとした目でジャック達を睨みつけており、顔つきはカメレオンに近い。

 おそらく、地竜に属するモンスターだ。

 そしてそのモンスターはここ二十階層の主、つまりボスモンスターである。


「へへ、やっと見つけたぜ」


 ゲルニカが怪しい笑みを浮かべ、背中に備えていた剣を鞘から抜く。

 さっきまで楽しげに談笑していた取り巻きの二人の少女も真剣な顔つきで装備していた武器を強く握りしめた。


「二十階層まで来たかいがあります」

「ようやく巡ってきたチャンス。しびれるわー」


 戦う気満々のメンバーは、勝利後の輝かしい光景に酔いしれている様子である。

 しかし、ジャックは嫌な予感がしていた。

 相手は未確認のボスモンスターで、誰も戦ったことがない。

 つまり、どんな脅威があってどんな戦い方をしてくるのか全くわからない存在だ。


 いくらゲルニカ達が強くてもそんな相手と真正面からぶつかり合うのは、非常に危険だと考えた。


 だからジャックはすぐにヤバいと思い、パーティーメンバーに叫ぶ。


「ダ、ダメだ! いくらなんでもこのまま戦うなんて危険すぎる――」

「いくぞお前ら! 栄光を掴み取るんだ!」

「「おー!」」


 ジャックの制止など聞かずに、ゲルニカ達はボスモンスターに飛び掛かる。

 それを見ていたカメレオンは、目をギョロギョロさせながら「ぐげっ?」と声を漏らした。


 ゲルニカ達は動く気配のないカメレオンを見て、チャンスだと判断し猛攻を仕掛けることにした。


「燃え滾れ!――【フレイムソード】」

「力の底上げをする――【ラムダエンチャント】」

「アタシを見ろ!――【挑発】」


 バロックのスキルが一斉に発動する。

 しかし、放たれた挑発にカメレオンはピクリとも反応しない。

 それでもパワー、スピードが上がったゲルニカは突っ込んだ。

 燃え滾る剣を振るい、カメレオンの頭を切り飛ばそうとする。

 だが、カメレオンは舌を伸ばし、ゲルニカを叩き落した。


「何ッ?」


 ゲルニカは思いもしない反撃に目を大きくし、体勢を立て直してもう一度カメレオンに突撃しようとした。


 その瞬間、カメレオンは口を大きく開き、黒い泡を吐き出す。

 ゲルニカはその黒い泡に何の躊躇いもなく飛び上がり、黒い泡を叩き切った。

 すると途端に強烈な光が広がり、空間を支配する。


「うわっ?」

「なにっ?」

「きゃあっ」


 強烈な光、いや閃光が戦っていた三人の目を襲う。

 あまりにも強力なためか、痛みを感じてしまうほどだった。

 動けなくなった三人を見て、カメレオンは地面へ降り立つ。

 そして、身体を真っ赤に染め上げ、スキルを発動させた。


「うわぁあああぁぁあああああぁぁぁぁぁぁぁッッッ」


 スキル【爆発】によって強烈な爆風がジャックに襲い掛かる。

 あまりにも強烈なためか、背負っていたカバンがどこかへ転がっていく。

 飛ばされそうになったジャックは咄嗟にスキルを発動させ、自身の影と薄っすら見える岩の影を繋げる。

 直後、身体が浮いてしまうがジャックはどうにか吹き飛ばされずに済んだ。


 爆風の勢いが徐々になくなり、ようやく収まるとジャックは地面に引き寄せられるように落ちた。


「いててて――」


 ジャックは顔を上げ、身体のあちこちから感じる痛みを我慢しながら立ち上がる。


 仲間達はどうなったのか?

 確認するために戦場へ目を向けると、そこにはとんでもない光景が広がっていた。


「なっ」


 力なく倒れているゲルニカ。

 同じように意識を失っている少女二人の姿もあり、パーティーは壊滅状態だった。


 生き残っているのは、ジャックのみ。

 だからこそ、ジャックは選択を迫られることになった。


 このまま逃げるか、パーティーのために戦うかという選択を――

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