いらない存在だと切り捨てられた。
もの悲しげな表情を浮かべるリリスに、ラズベルの表情が険しくなる。
「……理由は」
射貫くような眼差しのまま問うと、リリスは感情を乗せない声音で、静かに続きを語り出した。
「役目を失ったからです。レネウィス伯爵家には、古くから「
遠い昔のことのように感じるけれど、捨てられてからまだ一日だ。
語るたびに、何の処置もされていない傷だらけの心臓から見えない血が流れていくような気がして、胸が酷く痛む。
だけど、身の潔白を証明するためにも、話す以外に選択肢はなかった。
「海神殿の神子……」
「あ、僕知ってますよ。国と海の平和のため、先代の神子たちと共に島で暮らし、生涯に亘って祈りを捧げ続けるんですよね。しかし、神子には高度な教育が施されていると聞きました。役目を失ったとしても、伯爵令嬢を捨てるのは損失ではないのですか?」
すると、聞いたことがあるようなないような、微妙な表情をするラズベルの後ろで、セドニックは純粋な質問を投げてきた。
貴族令嬢などは一般的に家の駒であり、たとえ神子の役目を失くしたとしても、才気あふれる令嬢として売り出せば、嫁として買い手が付くだろう。リリスは見た目も愛らしく、家柄的にも売れ残るようには思えない。
だからこそ、捨てられた理由が腑に落ちないと思ったのだ。
「そう、ですね。それが国民たちの知る「海神殿の神子」でしょう。ですが、神子には一般的に知られていない事実があるのです」
「……!」
「確かに神子は生涯祈りを捧げます。しかし、あなたたちが知るような、島での暮らしがあるわけではないのです。私たちは十六で島へ渡った後、死ぬまで祈りだけを捧げます。もちろん寝食など許されません。つまり、海神殿の神子とは、国と海の平和のために捧げられた人柱なのですよ」
セドニックの問いに大きく頷き、リリスは丁寧に告げる。
このことを知っているのは、当主夫妻と神子本人のみだった。だが、もしこの先リリスが他家へ嫁ぎ、何かの拍子で事実が漏れれば、平和のため祈り続ける神子の美談は失せ、人柱などという古い因習をいつまでも引き摺る一族として後ろ指をさされることだろう。
だからこそ役目を失ったリリスは二年間虐げられ、いらない存在として捨てられて当然であると思い込まされた。
加えて彼女は、我が子を死なせたくない夫人の願いで当主が愛妾をつくり、命を捧げさせるためだけに生ませた子供だ。
神子として必要なくなった今、価値の頭数には入らなくなったのだ。
「……なるほど。情報漏洩を防ぐため処分したくても、表立って処刑しては悪い噂が立ちかねない。海に流してしまえば、海難事故を装えると言ったところでしょーか。辛いことをお話させてしまい、申し訳ありません」
声の震えを我慢し、伯爵家から捨てられた理由を
親の思惑で生まれ、捨てられた彼女が不憫でならない。
だが、ここまで聞けばラズベルも害がないと納得するだろう。そう思って彼に目を遣ると、話に嘘はないか探るように彼女を見つめていたラズベルは、ようやく拳銃をテーブルに置いた。
「フン、哀れなものだな。それで捨てられ神子の完成か。だが、話している最中の言動や行動に不審な点はなかった。これで演技ならお前は相当な役者だよ」
「あ、ありがとうございます……?」
「
褒められているのか何なのか分からないような言葉と共に、ラズベルは長椅子に背を預け、呟いた。
取り
ぶっきらぼうな言動から察した途端ほっとして力が抜け、同時に別のことが気になって来る。
説明に必死で気にしている余裕もなかったけれど、海岸に打ち上げられていたということはリリスの髪も服も、今は酷い状態になっていることだろう。
着替え……などあるわけないが、せめて姿見を借りて整えたい。
「ではなんとなく話も済んだことですし、リリス様。数年前、暗殺者メイドが置いていってお仕着せで良ければ着替えませんか?」
そう思っていると、パンと手を合わせたセドニックは、まるでリリスの心を読んだように問いかけた。
「え」
「夏とはいえ、海水で濡れた格好ではお辛いでしょう。洗髪用にお湯も準備しますよ」
「あぁ? なぜそこまでする必要がある」
途端ラズベルは抗議の声を上げたけれど、それも
リリスは気を失っていたから介抱されただけで、目覚めた以上、滞在する理由はない。
本音を言うなら恩返しをしたい気持ちもあるけれど、望まれないお節介は迷惑になる。
答えに悩みあぐねていると、セドニックは呆れ声を滲ませた。
「何を仰いますか、ラズベル様。拾ったものには最後まで責任を持ってくださいよ。この島には船なんてありません。せっかく助けたご令嬢を路頭に迷わせる気ですか」
「それは……」
「害がない以上、滞在してもらってもよろしいーでしょう? この屋敷、僕一人では管理しきれないと常々思っておりましたし、伯爵家の出身であれば、お話し相手としても申し分ないと思いますが」
ため息と共に事実を指摘し、セドニックは言葉を重ねる。
彼はコックだと言っていたが、主従関係はあるようでないのだろう。
二人のやり取りを黙って見つめるリリスに、セドニックは向き直って言った。
「リリス様。先程説明した通り、この島は廃王を閉じ込めておくための鳥かごです。現状脱出手段はありません。週に一度、食料を運んだ定期船が来ますが、すべて女王の腹心が取り仕切っており信用はできない。良ければここで、ラズベル様のお傍におりませんか?」
「……!」
微笑みと共に告げるセドニックは、リリスの意思を確認するように問いかける。
無理強いするつもりはないけれど、それが彼女にとっても最善だと言いたいのだろう。
フンと鼻を鳴らして押し黙るラズベルに目を向けたリリスの胸に、ひとつの言葉が浮かんだ。
(私、ここでなら役に立てるかしら……?)
それは波の飲まれる直前、願った言葉だ。
叶えられないまま死ぬと思い浮かべた願いは、ここで叶うだろうか。
胸の奥に小さな希望が宿り、リリスは覚悟を決めた。
「……っ。はい。ご恩返しさせていただきたく思います。どうかお役に立たせてください!」