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第2話 捨てられた先での出逢い

 穏やかに波が寄せては返す砂浜で。

 流れ着いたらしい少女を見下ろしたラズベルは、大きく肩をすくめ呟いた。


「面倒だな」


 既にセドニックは準備のために屋敷へ走り、この場には青髪の少女とラズベルの二人だけ。

 髪と服の乾き具合から、一・二時間ほど前に打ち上げられたと考えられるが、なぜこのような若い娘が流れて来たのかは分からない。


 疑問とわずかな警戒心を乗せ、仕方なしに彼女を抱き上げたラズベルは、夏の日差しを背に屋敷へと向かって行った。



「……」

「あ、ラズベル様。その子はどーしましょーか」


 砂地と石畳の小道を抜け、屋敷の裏口から内部へ戻ると、ラズベルは色褪せた絨毯が敷かれた廊下を直進し、扉が開けられたままになっている談話室へとやって来た。

 道中は最低限の掃除しかされていないらしく、埃の被った絵画と花瓶を置く台座などが幾つも見受けられたものの、流石に室内は整えられているようだ。


 準備を行うセドニックに視線を向けた途端、彼は振り返りざまに問いかけた。


「取りえず寝かせます? 怪我をしているようでしたら手当を……」

「扱いなど分かるものか。それより準備は」


 少女を抱えたラズベルに気付き、ローテーブルを囲むように置かれた長椅子と救急セットを提示するセドニックに、ラズベルは端的に言い返す。

 どうやら彼の言う「準備」とは、少女を介抱するためのものではないらしい。

 彼女を長椅子に置きながら上目遣いに見ると、セドニックは表情を硬くして頷く。


「もちろん整っておりますよ。ナイフと拳銃、どちらがよろしいですか?」


 さらりと物騒な言葉を告げる彼の手には、武骨なナイフが握られていた。





「うぅ……」


 何のつもりか武装する二人の傍で再び少女が目を覚ましたのは、それから二十分ほどのことだった。時刻は二時を回り、窓から夏のぬるい風と日差しが舞い込んでくる。

 見慣れぬ天井に目を瞬いた少女は、人の気配を察して飛び起きた。


「目覚めたか」

「!」


 途端彼女の目に映ったのは、それぞれに武器を持ち、怖い顔で睨みつけてくるラズベルとセドニックの姿だった。

 脅しというよりは警戒心を剥き出しにした視線に、声にならない悲鳴が零れ出る。

 だが、怯えを滲ませた少女に銃を向けたラズベルは、色のない声音で問いかけた。


「お前はこの島の海岸に流れ着いていた。まずは名を名乗れ。何者だ?」


 それは有無を言わせない圧のある口調だった。

 しかし言葉が通じることに少しだけ落ち着きを取り戻したのか、少女は射貫くような視線を見つめ返すと、膝の上で拳を握りしめる。

 わずかな逡巡の末、勇気を振り絞った少女は、自身の素性をこう告げた。


「わ、私の名前はリリス・レネウィスでございます。シャルドア王国 レネウィス伯爵家の末娘、でした。助けていただいたようで、まずは深くお礼申し上げます」

「……でした?」

「ええ。と、ところで不躾ではございますが、ここは何処なのでしょうか? シャルディア語を話されているようですが、ここは王国内……なのでしょうか」


 できるだけ冷静に、相手を刺激しないように心掛け、少女――リリスは恐る恐る問いかける。

 波に飲まれ、どれだけの時間が経ったのかは分からないが、同じくらい場所の見当も一切つかない。彼が「この島」と言ったことで、本土でないことは分かったけれど、今は何よりも状況を把握したい。


「……」


 切実な思いで見つめると、セドニックと顔を見合わせたラズベルはひとつの事実を口にした。


「いいだろう。ここはエニュティアル島。廃王ラズベル・アン・スノーフォレットと島送りの罪人たちを閉じ込めた鳥かごだ」

「エニュ……ティアル、島」


 硬い声音で発せられた事実。それに、リリスは思わず狼狽うろたえた。

 廃王と罪人を閉じ込めた鳥かご。シャルドア王国の貴族として、リリスも話だけは知っている。


 ラズベル・アン・スノーフォレットは十七年前、父王の逝去によってわずか四歳で即位した王の名前だ。だが、半年余りで摂政であった母親に実権を奪われ、数年の逃亡の末、廃王として島に閉じ込められているのだと聞く。


 彼が住むエニュティアル島は、シャルドア王国が持つ数少ない島のひとつで、八方を切り立った山々に囲まれた、天然の牢獄。


 猛獣や魔獣の巣窟と言った根拠のない噂は幾つも存在しているものの、廃王が十四年もの年月をこの地で過ごしているのは、国民誰もが知っていた。


 だけど、まさか、目の前にいる青年が、その廃王ラズベルだというのだろうか。


「……」

「あぁ、これは素で驚いているよーですね。あなたの予想通り、こちらは廃王ラズベル様ですよ。あ、ちなみに僕は、コックのセドニックと申します。いきなり物騒なものを突き付けてすみませんねぇ。なにせこの島には、時折女王指示の暗殺者が忍び込んだりするもんで、警戒せずにはいられなかったんですよ。最近めっきり減りましたが……」


 すると、思い当たった推論に絶句して二の句を継げないリリスを見つめ、ラズベルの後ろに控えていたセドニックができるだけ気軽な口調で語り出した。


 鋭い視線が印象的なラズベルとは違い、セドニックは柔らかい雰囲気だ。年齢は二十代の後半くらいに見える。

 手のひらで器用にナイフを回す彼は、武装の理由まで説明してくれた。


「おいセドニック。いきなり情報を明かすな。まだこいつが無害である保証はないんだぞ」


 しかしそれを不満に思ったのか、ラズベルはセドニックを一瞥すると、低い声音で呟いた。

 幼いころ憂き目に遭った廃王が見知らぬ人間相手に警戒する気持ちは理解できるものの、赤毛の獅子に睨まれたような感覚に、リリスはまた少し震えてしまう。

 だが、そんな態度にも慣れているらしいセドニックはあっけらかんと言った。


「しかし、どー見ても普通のご令嬢ですよ? 無意識時の反応を見れば明らかで……まぁ、ラズベル様の警戒心が猫並みなのは承知していますが……」

「黙れ。それよりお前、先程レネウィス伯爵家の末娘「でした」と言ったな。なぜ過去形だ? そしてなぜ伯爵家の娘が海岸に打ち上げられる? 伯爵の差し金で島に来たのではあるまいな」


 軽口にも思えるセドニックを黙らせ、もう一度リリスに向き直ったラズベルは、なおも追及するように問いかけた。

 その、リリスにとってできたばかりの傷を抉るような質問に、思わず泣きたくなる。

 だがここで偽れば事態は悪化するだけだ。


「……伯爵家の差し金などではありません。私は、いらない存在だと伯爵家から切り捨てられたのです」


 そう自分に言い聞かせたリリスは、ぎゅっと唇を噛み締めた後で正直に話し出した。




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