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#2

 囚われたビヨンド達が収容所から脱走した翌朝、その話題は大きなニュースとなっていた。

 一面には"カオス・レクス脱走"と書かれており、そのオマケ程度にマイク達の事も書かれている。


『昨夜未明、ビヨンド収容所に囚われていたカオス・レクスとその一味が脱走しました。その際にピュリファイン本部を攻撃しており……』


 そして現在修復真っ只中のピュリファイン本部の前ではアレックスが救助の様子を眺めていた。

 隣には父親であるリチャードや同期のニーナもいる。


「こりゃマズいな、ただでさえ難民のデモがヤバいってのに……」


「激化しちゃうでしょうね……」


 リチャードとニーナはそのような会話をしているがアレックスは無言のまま歯を食いしばっていた。


「くっ、マイクがこんな事する訳がない……っ!」


 確かに彼らは見た。

 燃え盛る本部の中からビヨンドとしてエレメントを駆使したマイクが出て来た所を。

 それでもあのマイクがここまでの事をするなんて信じたくなかった。


「まだ主人がっ、中に主人がいるんですっ!」


 近くで叫ぶアストラル市民の女性、職員の妻だったのだろう。

 嘆く姿を見て尚更マイクが関わっている等と思いたく無かったのだ。


「アレックス、調べよう。マイクが何故こんな事になったか」


 今回は父親として息子の手に肩を置くリチャード。

 それをアレックスは強く受け入れた。


「うん、何とか情報を掴むんだっ」


 決意に満ちた表情を浮かべるアレックス。

 そんな彼をニーナは見つめていた。


「まさかこんな事態になるなんて……」


 ビヨンドとの戦いは単純だと思っていた。

 汚染区域の外にまで悪影響を及ぼすビヨンドを駆除し平和を保つ、たったそれだけの事だと思っていたのだ。

 するとそこへある人物が。


「お前たち、今少し良いか?」


 この篭ったような声。

 振り返るとそこには総司令であるノーマン・タイラーがいた。


「なっ、総司令っ!」


「今しがたマスコミの対応を終わらせて来た、場所を移そう」


 このまま一同は総司令の後に続き彼の所有する高級な車に乗せられるのだった。


 ***


 電動車椅子に乗った総司令専用の席も用意された特注の高級車、執事のような男が運転をしている。

 その中で話は進められた。


「まずこのデータを見てくれ、先日襲われたサテライトエリアの事務所から得たデータだ」


 そう言って鉄仮面の目の部分にあたる場所からホログラムを投影する総司令。

 そこにはサムエル一行により襲われた事務所のあるデータが映し出される。

 それは闇バイトに関するやり取りだ。


「アレですか、汚染区域のものを盗んで高額の報酬を得るという……」


「その通りだ、そしてこのリストの中にお前たちがお探しの名前がある」


 そう言ってやり取りの一部を拡大する総司令。

 そこには確かにマイクの名前があった。


「なっ、まさかこのバイトで汚染区域に……?」


「そう考えるのが妥当だろう」


「でも何でビヨンドそのものに……っ」


 根本的な所が分からない。

 マイクがただ汚染区域に行っただけならビヨンドになるはずがない。

 たとえ汚染物質を摂取したとしても病気になり死ぬだけだ。


「それをこれから探るのだろう。見ろ、もう一つ名前がある」


 そう言った総司令はマイクの他にあった名前を指す。

 もう一人のアルバイトだろう。


「えっと、ジョン・リドル?」


「彼も汚染難民か」


 そこには丁寧に顔写真まで貼られている。

 初老の男だ。

 するとアレックスがある事に気が付く。


「こ、この人……! マイクの父さんの葬式にいた……!」


 すぐに理解したアレックス。

 彼がマイクを誘ったのではないだろうか。


「マジか、よく覚えてるな」


「だって前の方にいたし親しいのかなって……」


 そんなやり取りをしていると車がある場所で停まる。

 それはサテライトエリアへの比較的寂れた入り口だった。


「まさか今から調査しろと……?」


「正面は避けた、デモが凄い事になってるからな」


 総司令から直々の指示を受けアレックス達は覚悟を決める、そして車から降りた。


「マイク……頼むぞっ」


 何を"頼む"なのか自分でも分からなかった。

 ただ今はマイクと今後も友人として過ごせる事を願うばかり。

 そのような想いで彼らはサテライトエリアに進みマイクと一緒に居たというジョン・リドルを探すのだった。





 一方サテライトエリアではデモに参加せず慎ましく生きている者たちの所に情報が届いていた。

 ラジオでビヨンドたちが脱走した事は聞いていたが映像などの確認は出来ていなかったのだ。


「情報いらないか! 安くしてるよ!」


 サテライトエリアの情報屋が新聞紙のようにアストラルシティから得た情報を紙に纏めて売っている。

 それを買った難民は一面を見て驚きの声を上げる。


「おい、ディケンズさん!」


 そして慌てながらマイクが母と暮らしていた仮設住宅に駆け込んだのだった。


「あら、どうしたの……?」


 この数日でまたやつれたマイクの母、サラは突然の訪問者に驚きパート先のエプロンを畳む手を止めた。


「これ見てよ! 大変だ!」


 そう言って情報屋から買った新聞紙を手渡す。

 それを見たサラは一瞬で血の気が引いた。


「っ……!」


 一面にはカオス・レクスが脱走した記事。

 そしてその端の方に共に脱走した一味の顔が記載されていた。

 そこにはよく知った顔、自分が産んだマイクの顔があったのだ。


「何でマイクが……? これビヨンドだろ?」


 そう言われるサラだが反応が出来ない、完全に固まってしまっている。

 それを難民仲間は憐れむように見ていた。


「確かピュリファインに知り合い居たろ……? 話して調べてもらったらどうだ?」


 親切に言ってくれるがサラは死んだような目をしながら微笑んだ。


「……ありがとう、私の方で何とかするから」


 そう言って彼とは別れサラは外へと向かった。


 ***


 外でいつものように配給を待っているサラと他の難民たち。

 しかしいくら待っても配給車は来ない。


「どうしたのかしら?」


 他の難民たちの不安が少しずつ募って行く。

 するとある女性の夫が報告に来た。


「今ラジオで聞いた、デモに邪魔されて配給に来れないってよ」


 それを聞いた一同は落胆の声を上げる。

 仲間同士で首を絞めてしまっているのだ。


「そんなぁ、何やってんだデモ隊は」


「自分の首絞めてどうすんだよ……」


 今日の生活が保証されない。

 明日からもどうなるか分からない。

 とにかく今は今後が不安になり心も安定しなかった。


「はぁ……」


 そんな中でサラも腹を空かせる。

 ぐぅと音が鳴ったタイミングで背後から声を掛けられた。


「サラさん」


 聞き覚えのある声。

 振り返るとそこには夫の葬儀にも来ていた顔が。


「どうも……」


 それはアレックスだった。

 今アストラルシティの者がサテライトエリアに来るのは危険だと思ったが少し汚い服を着て変装しているため気付かれていない。


「お話したい事がありまして、お腹も空いてるなら食事でもいかがです? お代は俺が出します」


 こうしてアレックスはサラと以前マイクと共に行った飲み屋に行き食事を奢るのだった。





 メニューを見たアレックスは少し疑問を抱く。

 明らかに前と変わっている所があった。


「あれ、値上がりしてる……」


 メニューを見ると明らかに値段を修正した跡が。

 一品一品が以前の倍以上の値段になっている。


「財源が潰されたからな、早めに手を打っとくべきだと思ったんだ」


 すると店主が声を掛けて来た。

 しかし相手がアレックスだと気付き嫌な顔をする。


「まぁお前らにとっちゃ安い事に変わらねぇだろうがよ」


 嫌味のように言ってくる店主に少し気分が悪くなるがここで反発しては余計に立場間の溝は深くなってしまう。

 アレックスは堪え仕方なく高くなったメニューを注文する。

 仕事中なので酒は飲まずサラの腹を満たせるものを頼んだ。


「それで、ニュースは知ってますか?」


 テーブルに置かれた唐揚げをサラの方にやり本題に入る。

 ニュースと聞いたサラは一瞬で何の話が理解した。


「え、えぇ……」


 アレックスから見たサラは酷く震えており絶望しているような、怯えているようにも見える。


「これです。ここにマイクがいる理由が分からない……」


「っ……」


 新聞紙を見せられ完全に黙ってしまうサラ。

 仕方なくアレックスは自分が何を求めているのかを伝えた。


「俺たちは手がかりを探してます。マイクはこの男と汚染区域に行った可能性がある、知り合いじゃないですか?」


 そう言ってジョン・リドルの写真も見せるアレックス。


「えぇ、彼は夫の生前の友人で……」


 それを聞いたアレックスは核心を得る。

 そしてサラにお願いをした。


「呼び出してもらえませんか? 彼に詳しい事情を聞きたい」


 そのようなお願いをされたサラは少し黙ってしまう。

 そして数秒の沈黙の後、了承した。


「分かったわ、待ってて」


 型の古い携帯で電話をかけるサラ。

 待っているアレックスだが先程の沈黙には少し違和感があった。


「今来るって」


「わかりました」


 そしてアレックスはリチャードとニーナに報告をする。

 彼らもここに来る事になったのだ。


『にしても意外とあっさりだな』


「多分ここからだよ……」


 電話でリチャードとやり取りをしているとサラが携帯を確認する。


「あら、来たみたい」


 そして飲み屋の扉を開ける。

 ジョンのお出ましだ、そう思い身構えたアレックス。

 しかし現れた人物は違った。


「おい、ピュリファインが何の用だ?」


 現れたのはガタイの良い大男。

 写真と比べてもジョンではない事は明白だ。


「え、誰……?」


 そしてゾロゾロと入って来る男たち。

 揃って彼らはデモ隊の服や鉢巻を身に付けていた。


「何でっ、ジョン・リドルは……⁈」


 サラにアイコンタクトを送るが隙を見たのかサラは出入り口から出て行ってしまった。


「は⁈ どういう事だ……」


 しかしそんな事を考える暇もなく迫るデモ隊の大男たち。


「お前らのせいで俺らの生活は滅茶苦茶だ、そんな所によく入れたもんだな……!」


 今にも殴りかかって来そうな勢いで言うためアレックスは焦る。


「待て待て、俺たちは一生懸命やってる……! 絶対いい世界にしてみせるから……!」


 しかしそれが火に油を注ぐ発言だったようで。


「ホザけ!」


 思い切り殴りかかって来る大男。

 しかし鍛えられているアレックスからすればあまりにスローな動きだった。


「くっ……!」


 攻撃を受け流して行くが大男のパンチは止まらない。

 何度も繰り出される度にアレックスは避けて行く。


「やめろっ!」


「お前らが今の態勢をやめろ! さっさとビヨンドを駆逐すんだよ!」


 言っても聞かない大男にアレックスは遂に痺れを切らす。


「まったく……っ!」


 仕方なく攻撃を受け止め腹部に膝蹴りを喰らわす。


「ぐふぅ……っ⁈」


 大男は一瞬にして倒れた。

 しかしその瞬間、カメラのシャッター音が聞こえる。


「え⁈」


 群勢の中にカメラを構えた細身の男が一人。

 アレックスは事態を理解した。


「ちょっ、やめて下さいよ……! 何するつもりですか!」


 カメラを回収しようと迫るがその際に他の人々から押さえ付けられる。

 その様子もカメラで撮影されてしまった。


「いやマジでっ、やめてくださいって……!」


 抵抗すればするほどその様子が撮影され悪く写ってしまう、だからアレックスは一度そこで抵抗をやめた。

 飲み屋の店主も蔑むような目でこちらを見ている。


「ぐっ、がはっ……」


 すると良いように思ったのか一同はアレックスをリンチして行く。

 倒れた彼を何度も蹴っては踏みつけ、傷を付けて行った。


「何でっ、サラさん……こんなっ」


 するとそこへリチャード達が到着する。

 人混みを掻き分けて怒鳴った。


「何やってんだお前らっ!」


 突然現れた更なる大男とその怒号を聞いた一同は一斉に黙ってしまう。

 それに彼はカオス・レクスを捕らえた英雄だ、敵う訳がない。


「おい大丈夫かアレックスっ⁈」


 息子を抱き上げる父親。

 ニーナもアレックスの傷付いた顔を見て思わず両手で口を押さえてしまう。


「と、とうさん……」


 そしてアレックスを抱き上げ静かにその場から去ろうとするリチャード。

 ニーナもそれに着いて行く。


「っ……」


 カメラを持っていた男もその様子は撮れなかった。

 背中からも伝わるリチャードの威圧感に押されてしまったのである。


「帰るぞ……」


 こうしてゆっくりとサテライトエリアから去って行ったピュリファイン達。

 その様子は儚く哀愁に溢れていた。






TO BE CONTINUED……

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