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第二十一話、誇るべき個性

 しばし、静かな時が二人を包んだ。

 やがて我に返ったティアナが、自分がなにをしているか気づき、弾かれたようにポルカを離す。


「あっ、急にごめんなさい! 私ったらなんてことを……!」


 憎きマルティンの娘に抱きしめられるなんて、きっと嫌だったに違いない。そう考えたティアナは急いでポルカに謝った。

 しかし、当のポルカは焦る様子もなく、その場に大人しく立っている。


「……久しぶり」

「え?」

「……人に抱きしめられたの……お母さんにされてから、かも」


 控えめにそう言うポルカから嫌悪の色は感じない。

 過去のことから人に触れられることが苦手になっていたポルカだが、久しぶりの人の温もりに恐怖以外のなにかを感じつつあった。

 とりあえず嫌がられてはいない? と一安心したティアナは、ポルカの母親との思い出に少し表情を崩した。


「……ポルカさんのお母様も、さぞ美しい髪と瞳をお持ちだったのでしょうね」

「うん……お母さんは、あたしと反対で、髪が赤くて、目がピンクだった……あたしを庇って死んじゃったけど……お兄ちゃんが働きに出てる時に、稀髪を狙う奴らが来て……」

「……お父様は?」

「早くに死んじゃった、税の徴収がひどくて、働き詰めだったから」


 聞けば聞くほど出てくるマルティン政権の闇。

 自分たちが贅を尽くすためならなにをやってもいいと思っているのだ。

 王たちが溶かしているのは、金という名の民の命だというのに。


「父は、国王の器ではないのだわ」


 驚いたポルカは、見開いた目にティアナを映した。

 そこにいたティアナは、意思の強い瞳でポルカを見つめていた。


「あなたは強い人ね」

「……強い? あたしが?」

「ええ、そしてとても優しい人よ。どれだけ辛いことがあっても、自分に与えられたものを愛しているのだから」


 真剣な表情から一転、ティアナはふわりと優しい顔でポルカに言う。

 この地下室は、ポルカの髪や瞳と同じ、ピンクや赤で作られている。

 ポルカが自身の色合いを憎んでいるなら、そんなものは見たくもないはず。

 進んでその色で地下室を彩ったということは、それだけ自身の個性を愛している証と言えるだろう。


「……あなたは、ティアナは、自分の稀髪を愛してる……?」


 ポルカは複雑な表情でティアナに問いかけた。

 ティアナの答えは決まっている。


「ええ、愛しているわ。だってこれは、他の人には真似できない、私だけの個性なんだもの」


 ティアナはかつて、母が口にしたことと同じ答えを告げた。

 本当は、大好きな母から受け継いだものだから、と言いたいところだが、それはできない。

 ティアナは脇腹の子ではなく、マルティンと稀髪ではない正妃の子となっているからだ。

 稀髪は遺伝以外に突然変異で生まれることもあるので、母親が稀髪でなくても血縁関係を疑う理由にはならない。

 それを考慮した上で、ティアナは堂々と自分の気持ちを述べた。

 境遇が違うとはいえ、同じ稀髪を持つ者として、ポルカはティアナが眩しく見えた。


「お前になんかわからないと思われても仕方がないわ、だけど何度でも言います、あなたは身も心も綺麗な人、幸せになる権利があるわ」


 すべてを包み込むような慈愛に満ちた微笑みに、ポルカは神にでも遭遇したような気分になった。

 なぜか、この人の言うことは絶対であると信じ込んでしまう、そんな不思議な力がティアナにはあった。


「……あたしも、自分のこと、嫌いじゃない、これのせいでって、思ったこともあるけど、結局憎めなかった……お母さんも、お兄ちゃんも……ルーカスも、綺麗だって言ってくれるから」

「ルーカスと親しいのね」


 ルーカスの名前を出すと、ポルカは真っ赤な顔をして目を逸らした。

 わかりやすい反応に、ティアナはポルカのルーカスに対する想いに気づく。


「あたしを助けてくれたの、お兄ちゃんと、ルーカスだから……」

「そうだったのね」


 ポルカが人前に出たり、話すのが苦手になったのも、奴隷にされたことが原因だろう。

 だからカルラもルーカスも、誰もが……ポルカの存在を迂闊に話せなかったのだ。本人に断りもなく気軽に話すには、ポルカの過去は重すぎた。


「……ねえ、ティアナ、もう一度、ギュッて、してくれない?」

「もちろんよ」


 恥ずかしそうに強請るポルカに、ティアナは満面の笑みで答え、もう一度強く抱きしめる。

 ポルカは躊躇いながらもティアナの背中に両手を添え、温もりと安らぎを感じていた。

 そんな中、不意にポルカは頬になにかが当たったのに気づく。

 温かく、冷たいもの。

 それがティアナの涙だとわかるのに、そう時間はかからなかった。

 ティアナは泣いていた。

 ポルカのため、そしてこの国の不条理に対し、悲しみ、苦しみ、そして怒っていた。

 この時、ティアナは初めて父である王を憎いと思った。

 今までなにをされても激しい感情を抱いたことがなかったティアナが、明確に強い思いを意識した瞬間だった。


 ――泣くことしかできないなんて、私はなんて無力なの……もしも私に力があればなんて、身のほど知らずもいいところだけど……。


 ティアナが無力な自身に憤りを感じていた頃、ポルカの部屋の前にはある人物の姿があった。

 ドアに背中を預け、腕を組んだイザークは、愛する妻と妹の経緯を見守っていた。

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