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第二十三話、王女ではなく妻として。

 城の中に入ると、ポルカはさっきまで脱いでいたフードを急いで被った。出入り口に門番が立っているからだ。

 兄のイザークや側近のルーカス、ティアナやカルラなど、気が許せる相手以外には、まだ髪を晒すのが怖いのだ。

 とはいえ、セレステッタ騎士団の者たちは、みんなイザークの妹であるポルカが稀髪なのを知っている。

 だからティアナがここに初めて来た時、水色の髪に過剰に反応する者はいなかった。ポルカの苦しみを作った原因である稀髪を、差別しないよう教育されているのだ。

 そのおかげで、ポルカはビクトール城で嫌な思いをしたことはなかったが、それでも恐怖が拭えないのは、ポルカの奴隷の過去が重すぎるせいだろう。

 城内を歩いていれば、騎士たちとすれ違うこともある。ポルカはその度フードを目深に被り、ビクビクと身体を震わせた。

 そんなポルカの隣に立ったティアナは、彼女の肩を支えて一緒に歩く。

 目眩を起こしたティアナを支えるつもりだったポルカだが、いつの間にか立場が逆転してしまった。

 しかし、ポルカと行動をともにする時は、ティアナはいつもこうして優しく寄り添ってくれるのだ。


「大丈夫よポルカ、この城にあなたに悪いことをする人はいない……そうでしょう?」


 ティアナはポルカを安心させるように、優しい目で語りかける。

 城にはイザークの部下、すなわちポルカにとって味方しかいない。

 そう頭ではわかっていても、なかなか感情がついていかないポルカだが、ティアナの目を見て少し落ち着きを取り戻した。


「……うん、そうだね」


 ポルカは肩の力を抜くと、丸めた背中を伸ばす。まだフードは被っているが、もう震えてはいない。

 周りを気にしないよう、ティアナだけ見て歩けば、少しずつ大丈夫な気がしてきた。

 カルラはティアナとは反対側に立ち、中央に立つポルカを支える形で部屋に向かう。

 そんな三人を通行人たちはチラチラ横目で見ては、とりあえず頭を下げて礼をする。

 稀髪に対しての差別はないにしても、ティアナは愚の国王、マルティンの娘なのだ。表立っての批判はないものの、面白くないと思っている者もいるだろう。

 ティアナと騎士たちの間には、見えない分厚い壁があるようだった。

 この時までは――。


「おい、お前、袖のボタンが取れかけてるぞ」


 ティアナたちの前方からやって来た青年が、隣を歩く青年を指差して言った。

 そんな声が耳に入ったティアナは、ふと足を止めてポルカから彼らに視線を移す。


「え? あー……ほんとだ」


 言われた方の彼は、指摘されたシャツの袖口を見て呟いた。

 ティアナが立ち止まったため、ポルカとカルラも一緒に足を止めている。

 ポルカとカルラはなぜ、ティアナが歩みをやめたのかわからなかったが、その理由はすぐに明らかになる。


「あの、そちらのお二方、ちょっとお待ちになって」


 ティアナたちを横切ろうとした二人の青年は、突然話しかけられ驚いて足を止めた。

 するとティアナはポルカの肩を離し、二、三歩前に出ると、彼らの正面に立った。

 若くて精悍な顔立ちの二人だ、布の白いシャツに茶色のズボンを履いている。鎧をつけている門番以外は、基本このラフな服装でみんな過ごしている。


「そのボタン、よかったら私に縫わせていただけないかしら?」


 ティアナのまさかの発言に、青年二人はギョッとして顔を見合わせた。

 今までまともに話したこともない相手にこんなことを言われたら、誰だって驚くだろう。

 その相手が王女兼、団長の妻なのだからなおさらだ。


「え、ええと……なんでそんなこと……? あなたは王女なんでしょう?」


 袖がほつれた方の青年が、訝しげな表情でティアナを見て言う。

 いわゆるちょっと引いている状態なのだが、ティアナは気にせず話を進める。


「もう王女ではないわ、今の私はあなた方の団長、イザークの妻としてここにいるんだもの。旦那様の部下を労わるのは、おかしなことではないでしょう?」


 ティアナは青年を真っ直ぐに見つめて、堂々たる姿勢で宣言した。

 王女である自身を否定し、イザークの妻であることを強調する。それはここで生きていきたいという、ティアナなりの覚悟の表れでもあった。

 ティアナの発言は、彼らに小さな衝撃を与えた。

 自分たちを見下していたら、到底口から出ない言葉だったからだ。

 あのマルティンの娘なのだ、どうせ自分たちをバカにしているに違いないと、心のどこかで思っていた彼らは、いい意味で裏切られた気分になった。

 青年たちが呆気に取られていると、ティアナの隣にカルラがやって来る。ポルカはやはりまだ怖いようで、カルラの後ろに隠れるようについてきた。


「この方にはなにを言っても無駄よ、部屋の掃除にお庭の整備からお料理まで、なんでも興味を持って、上手になされてしまうんだもの」


 カルラは彼らにそう言った後、ティアナに目配せをして小さく笑った。

 ティアナの行動力に散々驚かされてきたカルラは、今さら裁縫をしたいと言われたくらいで動揺しない。

 ティアナがここに来てから、一番長い時間を共有しているのだ、ティアナの突拍子のない言動にも慣れてきた。

 そんなカルラに心地よさを覚えたティアナは、ふふっと悪戯っ子のような笑みを浮かべる。


「それならカルラ、次は裁縫を教えてくれるのね?」

「まったく、仕方がありませんね」


 二人のやり取りを、目を丸くして見る青年たち。

 カルラのティアナへの対応が、ずいぶん砕けているように感じたからだ。

 遥かに身分が違うにも関わらず、ずいぶんとリラックスしているような、まるで歳の離れた姉妹のようだった。


「ですが、裁縫はポルカ様の方がお上手ですよ。地下にあるぬいぐるみやクッションなどは、すべてポルカ様が仕立てられたものなので」

「ええっ、そうなの、ポルカ?」


 グルンと後ろを向いて、カルラの背後に隠れるポルカに尋ねるティアナ。

 突然話を振られたポルカは、一瞬肩を跳ねさせた。


「……う、うん」

「まあ、なんて多才なの! それならぜひポルカに教えてもらいたいわ」

「別に大したことないけど……ティアナがそう言うなら」


 目を逸らしてカルラのメイド服の生地をいじりながら答えるポルカ。

 長年地下での生活をともにしているため、ポルカのカルラに対する信頼も厚い。


「と、いうわけでっ、ポルカに教わりながら縫わせていただけないかしら!?」


 再びグルンと前を向いたティアナは、これならどうだ、とでも言いたげに勢いよく青年を誘う。

 まだ躊躇する彼の返事を、姿勢を正して静かに待つ。しかしその目はイエスを期待して、ワクワクキラキラ輝いている。口は黙っているが、目がちょっとうるさい。


「えっと……じゃ、じゃあ……」

「んじゃあ、俺がお願いしよっかな」


 悩んだ末の青年の言葉を、突如訪れた快活な声が掻っ攫った。


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