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第二十二話、それぞれの恋愛事情

 それから数日後、城を囲む庭に三人の姿があった。


「せっかく綺麗になったし、なにか植えたいわね」


 ティアナは立ち上がると、手袋についた砂をパンパン払い落として言った。

 今のティアナはドレスではなく、カルラに借りたメイド服を着ている。

 草抜きなどの作業をする時は、ドレスは動きにくく汚れやすい。そのため、必要に応じてカルラの服を借りることにしたのだ。

 丈が膝下であるメイド服に、ヒールの低い靴を履けば、かなり作業がやりやすくなる。

 なにより、メイド服に馴染みがあるティアナは、めちゃくちゃ着心地がよかった。

 そんなティアナの隣には同じく手袋をしたポルカと、二人を見守るように立つカルラがいる。


「うん、お花植えたい」


 そう言うポルカは相変わらず黒いローブを纏っているが、フードは被っていない。ティアナやカルラの前では髪を見せるのに抵抗がなくなっていた。

 あれからすっかり打ち解けた二人は、今では一緒に草抜きをする仲になった。

 そのおかげで雑草はなくなり、綺麗な砂地ができている。

 ビクトール城は高台の上にあるので、日当たりがいい。今は乾燥しているが、水をやり土を慣らせば花の育成も可能だろう。


「いいわね、お花、なにがいいかしら? なるべくこのお城の雰囲気を壊さない方がいいわよね、だとしたらイザークのイメージに合うお花とか」

「お兄ちゃんのイメージ……」


 イザークから連想される花……それを考えた時、ティアナとポルカはすぐにピンとくるものがあった。

 互いにそれを感じ取ったのか、二人は目を合わせて同時に口を開く。


「黒薔薇」


 完璧に言葉が重なり合った二人は、一拍置いてぷっと笑い出した。

 ティアナはあははっと快活に、ポルカははにかむように控えめに。


「すごいわ、完全に一致したわね、私たち気が合うわねポルカ」

「ん……だね、ティアナ」


 互いを名前で呼び合っていることからも、二人の親しさが伝わってくる。

 どうやらこの場所に植える花は、黒薔薇に決定のようだ。

 ならば早速準備を進めるか……そうティアナが考えた時、ふとあることを思いついた。


「ああ、でも、お花を植えるなら、イザークに許可を得た方がいいかしら、なんでも報告しろと言っていたし」


 ティアナが思い出したのは、イザークの言いつけだった。

 砂地を整備することは許可を得ているが、花を植えて庭園のようにする、とまでは話していない。

 しかし、ティアナの言葉を聞いていたカルラが、すぐにその必要性を否定する。


「いえ、もう確認せずともよろしいかと。旦那様は奥様とポルカ様には本当に甘くていらっしゃるので」


 ティアナが後ろを振り向くと、カルラは頷く代わりに微笑み返した。

 イザークが妹であるポルカを大切にしているのは、この城中の人間が知っていることだ。

 そして今はポルカのみならず、妻のティアナにも……いや、むしろティアナに対する方がとてつもなく甘い……ということを、カルラは知っている。

 そのため、よほどのことでもない限り、イザークには事後報告でも問題ないだろうと考えたのだ。

 カルラの話を聞いたティアナは、確かにそうかもしれないと笑顔で応える。


「ふふ、そうね、本当にお優しい方だわ」


 ふわりと柔らかな笑みを浮かべるティアナは、花のように可憐だが……どこかずれている。

 まるで自分が特別扱いされているのを、わかっていないようだ。

 イザークの想いにすっかり気づいているカルラは、このままではいけないと危機感を持った。


「あの……奥様、先にお断りしておきますが、旦那様は決して、誰にでもお優しいわけではございません」

「そうかしら? 優しさがなければみんなついて来ないと思うわよ」


 暗にイザークの気持ちを伝えようとするカルラだが、ティアナはいつもこんな感じだ。

 カルラからすれば、あんなにわかりやすいのに、なぜ気づかないのかと不思議なくらいだが。

 ティアナからすれば、イザークの自分に対する行いは、夫婦としての形を保つために必要なものだと思っていた。

 人質として迎えたとはいえ、夫婦であることに違いはない。だから寝所をともにするのも妻としての当然の役割……といった認識なのだ。

 その中には『勘違いしてはいけない』という、ティアナの自己抑制も含まれているのだが……。

 その辺りについてティアナ自身は無意識なので、特になにも感じていない。

 イザークから愛の告白でもあれば別かもしれないが、彼は口下手ゆえ、肝心な気持ちを言葉では伝えていない。

 そのため、ティアナとイザークは肉体的には結ばれても、まだ心はすれ違ったままだった。

 そんな二人の恋模様が目に見えるように浮かぶカルラは、ため息混じりに心で呟く。


 ――旦那様……これで本当によろしいのでしょうか……?


 全然よろしくないのだが、メイドであるカルラがティアナに直接「旦那様はあなたを愛しています」と言うのも、出しゃばりすぎて違う気がする。

 そもそも第三者が言ったところで、ティアナが本気にするとも思えない。


「いえ、まあ、それはそうなのですが、優しさの種類というものが違いまして」

「では早速黒薔薇の手配をした方がいいかしら」

「決まったお花屋さんがあるから、そこにしよ」


 なんとか察してもらおうとがんばるカルラだが、ティアナはすでに聞く耳持たず、ポルカと黒薔薇の話を進める。

 今日もやはり、イザークの想いはティアナに届かないままだ。


「もしかして、地下室に飾ってあるお花のお店かしら?」

「うん、あたし外出るの怖いから、カルラが頼んでくれてる」

「なるほどだわ、あんなに美しいお花を扱っているお店なら間違いないわね。カルラ、お願いしてもいいかしら?」


 悩んでいたカルラは、急に話を振られて一瞬驚いた。

 とはいえ内容は聞いていたため、なにを頼まれたかはわかる。


「あ、は、はい」


 急いで返事をするカルラに、ティアナは姿勢を正して向かい合うと、きちんと目を見て微笑んだ。


「いつもありがとう、よろしくお願いするわね」


 身分に関係なく感謝を伝えるティアナは、いつ見ても美しい。

 この方のためならなんでもしようと思わせる。


「……かしこまりました」 


 カルラは先ほどまで悩んでいたことさえ忘れ、気づけば頷いていた。

 しかし、ポルカが言っている店は、ドライフラワーが主体なので、生花の数は期待できない。太陽が届かない地下室では、生花を長持ちさせるのは難しいので、カルラがわざわざドライフラワーの店を見つけ、そこに注文を頼んでいたのだ。

 とはいえ、楽しみにしているティアナとポルカを見ると、カルラはとても断ることができなかった。

 そんなカルラの心境を知らないティアナは、了承を受け嬉しくなってポルカを見た。すると彼女は赤い瞳を細め、口元を緩めていた。控えめだが、喜んでいるのが伝わってくる。


「黒薔薇……楽しみ」

「そうね」


 まるでプレゼントを心待ちにする子供のような、純粋で可愛らしいポルカにティアナは胸がキュンとする。

 今までティアナの友人といえば、遠く離れた異国に住む、ムアンルド国王のシニャールくらいだった。

 だからポルカはティアナにとって、初めてできた歳の近い同性の友人なのだ。

 さらにイザークの妻であるティアナからすれば、ポルカは義理の妹でもある。

 そんなポルカの幸せを、ティアナが願うのは自然なことだった。

 そしてポルカを思うほど、浮かんでくるのはあの人物の名前。


「……イザークが黒薔薇なら、ルーカスはなにかしらね」


 ティアナが様子を窺うように、チラッとポルカを見て言った。

 するとポルカは目を大きくし、パッと俯いてしまった。


「……さ、さあ、わかんない」


 白い頬を染めながらモゴモゴと答えるポルカ。ルーカスの名前を出すといつもこんな感じで、なかなか話が進まない。

 ポルカの反応からして、ルーカスに好意があるのは明らかなのだが……。


「そうだ、よかったら私と一緒にマフィンでも作らない? イザークに渡そうと思っているから、ポルカもルーカスに……」

「ルーカス、甘いもの苦手だから」

「あっ、そ、そうだったのね、ごめんなさい!」


 せっかく頭を捻って提案をしたティアナだったが、ポルカの言葉にあえなく撃沈する。

 その後はティアナもいい考えが浮かばず、辺りはしーんと静まり返った。


 ――き、気まずい……。


 自分からルーカスの話題を振っただけに、どうしようか悩んだティアナは、急に額に手をあてて目眩を起こしたふりをした。

 強引に空気を変えるための荒技である。


「ティアナ、大丈夫?」

「ええ、少し疲れただけよ、そろそろ部屋に戻ろうかしら」


 本当は今から城を十周走れるくらい元気なのだが、華奢でか弱く見えるティアナを疑う者はいない。

 城生活が長くなるにつれて、定期的に病弱な演技をするのも慣れてきたティアナ。

 しかし、みんなを騙している罪悪感は、最初と変わらず常にある。


「奥様、どうぞ私に捕まってくださいませ」

「あたしも支えたげる」

「……ありがとう、二人とも、でもそんなに大したことないから」


 いつか本当のことを言って、嘘のない自分で向き合える日が来たらいいのに……。

 そんなあり得ない夢を見ながら、ティアナは二人とともに城内に戻った。

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