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第3話

周囲はすでに年末ムード一色のなか、メンバーの藍沢 凛陽あいざわ りひから発信された『フェリってる』というワードの流行により、もとの意味である『フェリス』という言葉が日本に浸透し、近年では『メリー・クリスマス』と同意義の『フェリス・ナタール』という言葉が街中に溢れていた。

街の至るところでライトアップされ、そこかしこでウィンターソングが流れている。

メンバーの不祥事ふしょうじにより人気絶頂の中で活動休止を余儀なくされたMellowDearz.

しかし個々の人気はいまだに高く、藍沢 凛陽は抜群のスタイルを武器にモデルやCMで活躍し、コスメの分野でもより一層力を入れている。

リーダーの深乃 梓希ふかの あずき梓希は学力を活かして情報番組やクイズ番組でレギュラーを持っている。

ムードメーカーの柊木 柚鈴ひいらぎ ゆずはバラエティやグルメレポーターとして各所で活躍している。

椎名は女優としても活躍し、いまは新しいドラマの撮影中らしい。


世間が騒いでいた人型クローン(僕)のニュースは時間とともに鳴りを潜めていった。


「新羅くん、大丈夫?フォロー入ろっか?」


「すみません、これとこれをお願いします」


電話対応しながら僕のフォローに入ってくれるまつりさん。

久しぶりに入ったバイトでやられた。

身体がなまっていて手際よく動けない。


「このピーク超えたら落ち着くから頑張ろう」


やっぱり彼女はすごかった。

鳴り止まない電話の対応をしながらレジのフォローや洗い物もこなして、なくなりそうになった物の補充もしてくれている。相変わらず高いところのものだけは僕が代わりに取ってあげているが。

土曜日ということもあって、外には行列ができていて途切れる様子がない。

ランチタイムはセットメニューがあるためそれなりに予測が立てられるが、いまはドリンクやスイーツを頼む人が多い時間帯。

冬限定のドリンクを作るのははじめてでさまざまなバリエーションがあるから苦戦した。


「店員さん、顔、こわいですよ」


お客さんに怒られ頭を上げると、そこにいたのは歩風だった。

首には父の形見の一眼レフカメラを首にぶら下げていた。


「歩風⁉︎」


「レジ並んでるときからチラチラ見てたけど、ずっと顔死んでたよ」


「バイト久しぶりで」


「新羅くんの死んだ顔、記念に撮っておけばよかったな」


たのむから記念にしないでくれ。


「カメラ、修理できたんだな」


「うん。みんなのおかげだよ、本当ありがとう」


深くお辞儀をされた。

河川敷で話してから昱到と夏海にも話したら快諾かいだくしてくれた。

みんなでお金を工面くめんして修理代を渡すことにした。

本人に直接だと気を遣って絶対にもらってくれないので、歩風のお母さんにお金を渡すことにした。

もちろん僕たちからというのは内緒で。

でもお礼を言われたってことはきっと事情を知ったのだろう。

歩風は日頃からみんなに元気を与えているし、どんなときも感謝と敬意を示しているから誰も彼女の悲しむ顔を見たくないのだ。


ピークも終わり、ようやく落ち着いたとき、まつりさんが気を利かせてくれて休憩に行かせてくれた。

歩風に合流すると、後から禮央と瓊子がやってきた。


「もう2人とも遅いよ」


「ごめん、禮央が道間違えて」


鳩に豆鉄砲とはこのことだ。

いつの間にか歩風と瓊子が仲良くなっていることにも驚きだが、瓊子が禮央を呼び捨てにしている。

そして、手を繋いでいる。


僕は「んんっ」とわざと喉を鳴らした後、正面に座る2人に向かって腕を組んで尋問する。


「さて、説明してもらおうか」


「実は……」


禮央は昔から瓊子のことが気になっていて、今回の計画を契機に親密になっていったそうだ。

瓊子の父親が逮捕されたそのすぐ後に付き合ったらしいが、もっとタイミングあったろとツッコんでやりたかった。

まったく、人が生死を彷徨っているときに愛を育んでいたなんて。禮央じゃなかったら殺意が芽生えていたところだ。


「その、大丈夫なのか?」


瓊子のことが心配だった。

自分の父親の不正を暴くために動いていたとはいえ、いざ捕まったら生活は変わるし世間の目も冷たくなる。

予想していたよりも生きづらくなるはずだ。


「パパが捕まってからあの家には住めなくなったから紫萌さんの家に住ませてもらってるの。学校までは遠くなっちゃったけど、お家に誰かがいるっていいものね」


もっと落ち込んでいたと思っていたが、瓊子の表情は以前より明るくどこか楽しそうに見えた。

禮央と付き合ったからというのもあるかもしれないが、誰かと一緒にご飯を食べ、日々の出来事を語り合う相手が家にいるというのは幸せなこと。

僕が当たり前にしてきたことを彼女はできていなかったと思うと彼女も辛い日々を過ごしていたのだろう。


紫萌さんはあの一件で会社を辞め、紫萌さんの母親の働く会社に勤める予定。

すべてのSNSの個人アカウントも削除したそうだ。

母親に影響が及ぶことを懸念し、しばらくSNSから離れたいらしい。


グランシャリオの役員だった禮央の母親は、僕のデータ含めたPI計画に関する書類をすべて警察に提出しプロジェクトチームは解散となった。

後日判明したが、僕以外のクローン生成計画はすべて失敗していたようで、後にも先にもこの世にクローンは僕1人のようだ。

今回の計画は社長である九十九 正道の指示によるもののため、他の人たちは逮捕には至らず謹慎処分で済んだ。


「いろいろと巻き込んでしまってごめんなさい」


瓊子に謝られたが、正直これでよかったと思っている。

もっと歳を重ねてから真実を知ったのだとしたらきっと両親を恨んでしまうかもしれないし、もっと最悪な結果に終わっていたかもしれない。

それにしてもなんだか瓊子を見ていると変な感じがする。

とげがなくなったというか、よく笑いよくしゃべる。

おそらくこれが本来の彼女なのかもしれない。

禮央もどこか表情が明るくなった気がする。

相変らずヘッドフォンはしているけれど、人を拒絶するアイテムではなく本来の使い方をしているようだ。


「でも瓊子ちゃんと雪平くんが付き合うなんて意外だったな」


たしかに。

いつもいがみ合っているイメージだったし、そんな感じ微塵みじんも感じなかった。


「私には禮央くらいがちょうどいいみたい」


「それ、どういう意味だ?」


「禮央って友達少ないし、女の子を寄せつけない謎のオーラがあるから浮気の心配ないじゃない?」


「一応彼氏なんだけど」


「ごめんごめん。でも、ちゃんと好きだよ」


見つめ合いながら相好そうごうを崩す2人。

はいはい、もうお腹いっぱいです。

クールなイメージの2人にイチャつかれるとなんだか大声でチックショー!と叫びたくなる。


「そういえば珍しく写真撮らなかったな」


美しいもの好きな歩風にとって2人のイチャつきぶりは絶好のシャッターチャンスだった気がするが。


「あからさまなのはノーカウントなの。フェリすぎてるし」


フェリすぎてるってなんだよ。

歩風の基準がわからん。


「でもよかったよ。2人ってどこか距離があったように感じてたから心配してたんだ」


「歩風ってば、私が纐纈こうけつくんのこと好きだと思って少し遠慮してたみたいなの」


「だって瓊子ちゃん美人だし、一緒にいるところも噂になってたからてっきりそうだと思って」


パパラッチ瓊子のときの噂を信じていたのか。


「纐纈くんと付き合ったら変な虫がいっぱい寄ってきそうだし、彼女になる人は大変だと思う」


たしかに。

中原 エレンさんのような外堀を埋めてくるタイプもいれば生徒会長の一条先輩のような雑な感じで寄って来る人もいるだろう。


「そういえば夏海ちゃんの応援行くよね?」


来週からは女バスのウィンターカップ予選がはじまる。

二年で唯一レギュラーの夏海の応援に行くため、まつりさんには申し訳ないけれどあまりシフトには協力できないと思う。


「私はもちろん行くよ。親友の試合だし、たくさん写真撮らないと」


年が明ければ春高バレーがはじまるから今度はそっちの応援。

昱到はベンチ入りが決まっていて、出場機会があるかもしれないし、今年の三年生は過去最強といわれているから優勝の可能性もあるようだ。


凪も誘おうかと思ったが、たしかちょうど冬の合宿とかぶっていた気がする。

予定が空いていたら誘ってみよう。


年末はみんな予定があって忙しそうだ。

椎名はいまごろ何をしているのだろう。

きっとライブやイベントで忙しいだろうな。

みんなにバレないようブレザーで隠れているシルバーのブレスレットをぐっと握った。


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