ものの一〇分程度で襲撃してきたゴブリン一五〇体を制圧したアーベル達はその後は順調に行軍し、やがて目的の洞窟へと到着した。
「案外狭いですね」
「えぇ。ですので五人ずつで組んで頂いたのです」
マップを出したリベラート。そこへ部隊のリーダーを任されている面々が顔を突き合わせて覗き込んだ。
「道は一本道ですが、途中に休憩できる広い場所があります。後方二部隊はここで野営の準備をしてください。煮炊きは厳禁。結界魔法を展開し、テントは救護所として」
「はい」
「前線四部隊は何かあればここへ。連絡用の魔道具は持ちましたか?」
「ばっちり」
今回はリーダーに状況を伝える為の通信魔道具が配布された。これ、めっちゃ高価なんだけれどシュタール商会は魔道具の生産と販売、流通も行っているので出来る事だ。
「では、第一部隊が突入して三〇分後に次の部隊。緊急時には即刻連絡を」
「了解」
「全員死なない程度の無茶で。死んだら減俸ですので」
笑いながらこんな事を言うリベラートに全員が頷く。これが普通なのだから、普段からなのだろう。
そんな事で第一部隊が先行し、三〇分後にハインツも突入した。
大人三人が並べば狭い岩肌の通路。動くなら横並び二人が適切だろうが、ハインツは大きいので先頭を一人で独占してしまう。
「こうして見ると、本当にハインツ様は大きくていらっしゃる」
「頭ぶつけないでにゃ」
「気をつけるよ」
天井もそれなりに高さはあるのだろうが、ハインツではちょっと出っ張っている場所があると額をぶつけてしまいそうだ。しかも薄暗い。
とはいえ、ハインツも冒険者をしている程に慣れている。それに暗視のスキルも実は持っているのだ。
道には先発の部隊が倒したのだろうゴブリンの死体が転がっている。ダンジョンであれば死体は数分でダンジョンに返る。塵のようになって消えるのだ。が、ここは天然の洞窟でダンジョンではない。自然に消える事はない。
「結構な数が先鋒として出ているが、それでも余裕そうだな」
「数が多い事がゴブリンの特性ですからね。しかも雑魚ばかりだ」
アーベルは死体を凍らせる。それは完全に凍ると勝手に砕けて塵に消える。氷系魔法でも高等なものだ。
「アーベルさんの魔法は凄いですね」
「ありがとうございます。攻撃系統ばかりが特化しておりまして」
「性格に起因したのではないでしょうか」
嬉しそうに微笑むアーベルと、呆れた物言いのリベラート。それらを見て苦笑するハインツであった。
そうした一行は野営を張る予定の中間地点へと来た。その周辺にもゴブリンは倒れている。かなり強いメンバーなんだな、前線。
「あいつら、本当に狩り尽くしていますね」
「戦闘狂の集まりにしましたからね。数が多いので、真っ先に乗り込んで楽しみたいと志願してきた奴等です。まぁ、いつものことですが」
呆れ顔のアーベルがゴブリンの死体を始末し、リベラートもやはり魔法で片付けていく。ハインツは申し訳無いが死体処理が出来るような魔法はないのでお任せしておいた。
が、中間地点を通り過ぎようとすると突如リアが立ち止まり、長い耳を忙しく動かし出した。
「来ます」
「え?」
何が? と、問うほどの時間は無かった。
突如壁の一部が崩れ、そこから大量のゴブリンが現れる。普通のゴブリンだけじゃない。剣を持ったソード、魔法を使うマジシャンもいる。
ハインツは剣を構え、そこへと一気に駆けた。
「ハインツさん!」
「っ!」
危険だと言わんばかりのアーベルの声を背中にし、ハインツは手にしたバスターソードを横に一閃させた。
『ギャァァァ!』
酒焼けした悲鳴とも、金切り声とも言える声を上げて一気に五体のゴブリンが首や胴を真っ二つにされて壁際へと飛んで行く。防御力もない奴等はとてつもない力と速度で壁に衝突する事になり、ぶち当たってベチャリと潰れた。
「うひぃぃぃ!」
「ほぉ、予想以上の戦闘力」
あんまりな光景にベルタは悲鳴を上げてリアにしがみつき、リベラートは顎に手をやり感心している。
その間にもハインツは次々ゴブリンを屠った。
集団で向かってくるゴブリンは基本横薙ぎにして複数を倒し、人数が多ければ水球をぶつけて牽制……の筈が、この水球すらも剛速球過ぎてぶち当たったゴブリンの頭が潰れた。
劣勢とみるや、ゴブリンソードが駆け寄って上から下へと竹割にしてくるが、これでハインツが怯んだり回避をする訳がない。迎え撃つように下から上へと切り上げられたゴブリンソードは次に、自分の体が真っ二つになる悪夢を見た。
だがそれで止まる筈も無い。皆に守られていたゴブリンマジシャンが何やら詠唱をしている。それを見てハインツは急ぎ止めようと走った。
カロッサのごろつきが「ロケットブル」とまで言った猛突進だ。これに弾き飛ばされただけで運の悪いゴブリンが死んだ。
だが距離がある。間に合うか!
そんなハインツの目の前に、一発の雷が落ちてゴブリンマジシャンを一瞬のうちに消し炭にした。
「え?」
「片付きましたか?」
「あぁ、はい……多分?」
見れば周囲は屍累々。ハインツも全身ゴブリンの血だらけで酷い状況だ。
にも関わらず、アーベルはとてもニッコリと微笑んで近付いて、頬についた血を指で払ってくれた。
「とても勇ましい姿でした」
「ありがとうございます」
「ですが、心配になってしまいます。お怪我は?」
「ありません」
伝えると、彼はとても嬉しそうに笑ってくれて、その笑顔があまりに王子様でハインツは血まみれのままもじもじしてしまうのだった。
「彼はミノタウロスとか、それ系ですかね?」
「オメガ、ですわよね?」
「あんなオメガ、居てたまるかにゃぁ」
獣人三人は呆れながらドン引きしている。まぁ、この状況で何やら甘い空気出してる奴等がいるので当然の反応でしょうね。