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バギー・バギー・ディザスター②




 ◇ ◇ ◇




「ピクシー・ナイブズ」の殲滅せんめつ任務を完了した翌日の朝。




「ニッケル~! 朝ごはん行くですよ!」


 レトリバーの食堂に入ってきたカリオとマヨが辺りを見回す。休憩スペースのソファでテレビを見ていたニッケルがそちらへ振り返る。


「今日は厨房ちゅうぼうスタッフも外で食うらしいから……ってどうしたんだよ目、くますげえぞ」


 カリオが思わずニッケルの顔を指さす。


「昨日の夜にまた蜘蛛くも見かけてよ……全然寝れてねえ」

「おいおい……まあこの前みたいにぶっ倒れるよりはマシだけどよ」


 声と表情が暗いニッケルは、その場で大きな欠伸あくびをした。




 ◇ ◇ ◇




 ネモトシティ、屋台街。


「やっぱこの辺は蜘蛛多いんだって。他のところじゃあまり見かけないもんね」


 リンコがスープをレンゲで飲みながら話す。惑星マールは二十一世紀の地球と比べて、虫を人の住むエリアで見かけることがあまりない。詳しい理由は不明だが、マールの虫は食性が人間と大きく異なり、生息する地域が人間と明確に分かれるからだと言われている。実際、同じ艦内で同じ種類の蜘蛛を、二日間で二回見るのは珍しいケースだった。


「そうか……クソッ、憂鬱ゆううつすぎる……」


 わかりやすくしおれるニッケル。


「報酬も無事もらえたし、日が暮れる頃には街を出られるだろうから、それまで辛抱しんぼうだな」


 ナシゴレンを頬張りながらカリオがはげますように言う。ニッケルは椅子の背に寄りかかって天をあおぐ。


「やっぱちょっと眠いし、皆の買い物とか終わるまで、先に艦に戻って部屋で寝ておくか……」

「なんか欲しいもんあったら言っておきなよ、私らが買ってきてあげるからさ」


 ニッケルはパスタを食べ終えて、空になった器をテーブルに置いて、言った。


「殺虫スプレー……」




 ◇ ◇ ◇




 同時刻。ハマグリン化学工業の研究棟。


 白色の証明で照らされる無機質な部屋には様々な機材と――大小さまざまな虫が入れられた沢山のケージが置かれていた。


「やっと片付いた。一気にドバーッと荷物が来たな」


 部屋に二人の白衣を着た研究員らしき人物が入ってくる。一人は髪の毛の短い男性で、もう一人は彼より少し背の低い、赤毛のミディアムヘアの女性だ。


「昨日、あのピクシー・ナイブズを誰かがやっつけてくれたんですって。それで配送業者が遠回りしなくてよくなったとか」

「昨日掃討そうとうしたばっかりなんだろ? 配達屋さんもそんないきなりペース上げなくてもいいのにさ」


 雑談を交わしながら、男性研究員がムカデ状の虫がいるケージの中の器に、スポイトで何かの液体を垂らす。


「あの盗賊団いなくなったら随分平和よね。私が前に住んでた街なんて物騒でさ、日に二桁は強盗と殺人事件があって――って今、何垂らしたの?」


 女性研究員が雑談の途中で男性研究員に聞いた。


「何ってコイツのえさだよ。ほらこれ――アレ?」


 男性研究員は手に持っている、先程垂らした液体の入っていた容器を見て硬直した。


「これ……まだ研究段階の成長促進そくしん剤……」


 容器のラベルにはご丁寧に「放置厳禁・鍵付き保管庫に必ず戻すこと」とデカデカと書かれている。残念ながら散らかったデスクに置きっぱなしだったらしい。




 バキバキバキバキバキ!


 業務で扱う薬品の管理は非常に大切な事である。何故ならモノや使い方によっては作業者が怪我をしたり、近隣の環境に悪影響を及ぼすなどの危険性があるためである。今回のケースでは、作業者が薬品の片付けをおこたったせいで、この二人が死ぬ。


 ギギギチギチギチ……


 成長促進剤を摂取したムカデ状の虫がどんどん巨大化していく。ケージを突き破って、人よりさらに大きく。二人の研究員は後ろの壁まで後ずさりして、腰を抜かす。


 男性研究員が持っていた促進剤の容器は、床に落ちて中身がこぼれていく……。


 シャアアア!!


「ぎゃあああ!!」




 ◇ ◇ ◇




「カリオ、カリオ。トウモロコシマンですよ。もうすぐ最終回やるヤツ」

「それのどこがトウモロコシなんだ……」


 黄色くて丸くて眉毛が太く、絶妙にかわいくない表情をしている「トウモロコシマン」のお面をマヨがカリオに見せる。カリオは財布を開いて店主に小銭を渡してそれを買った。


「昼飯までまだ時間あるな。どうやってつぶすか」

「おじさん、この街で見といた方がいい所ってあるー?」


 お面を被って遊ぶマヨの横で、リンコがお面屋の店主に尋ねた。


「うーん、別に観光に力入っている街でもねえからな……あっちにデカい銅像の頭が見えるだろ? ハイパーマイクロボット研究で医療関係の表彰受けた偉い人のなんだが、そこに行きゃ周りで土産みやげ屋とか大道芸とかやってるから、暇つぶしにはなるんじゃねえかな」


 店主は、手前の建物の上からひょっこりと頭を出している、少し遠くの銅像を指さした。リンコとカリオはお礼を言うと、マヨを連れて歩き始めた。




「見てカリオ、これかわいくね?」

「お、おう……」


 三つの目がある宇宙人のフィギュアを見せてくるリンコに微妙な反応を示すカリオ。雑談しながら歩いているうちに銅像のある広場まで来た。


 ――のだが、少し様子がおかしい。広場の一角に通行人が集まり、ざわざわと話しながら遠巻きに何かを見ている。


「おっちゃんが言ってた大道芸か?」

「その割には盛り上がり方微妙じゃない? え、トラブルとかだったらイヤなんだけど」


 カリオは群衆の後方でマヨを肩車してさらに背伸びしてみる。カリオの身長ならギリギリ様子がうかがえそうだ。


 見えたのはゴミ捨て場。ゴミを漁る生き物がいるが、人ではないことは一目見てわかった。細い手のような足のようなモノが六本、薄い透明な羽が一対、体全体は緑色。大きさは三メートルぐらいとかなり大きい――。


「ねえマヨ、カリオ! なんか見えたのー?」




 ――その生き物はこちらを振り返った。一対の触覚がピクピクと動き、大きな複眼が人々をにらむ。




「で、でっか……」

「む、虫……」


 マヨとカリオは目を丸くして口をパクパクさせる。その横で群衆の一人が叫んだ。


「バケモンだぁあああ!!」


 ブブブブブブ!


 不気味な羽音が辺りにひびき渡る!


 人より大きい巨大な虫が、街中に突如とつじょ現れた!




(バギー・バギー・ディザスター③へ続く)

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