目次
ブックマーク
応援する
3
コメント
シェア
通報

君と歩くいつか一つになる旅路で⑥




 ◇ ◇ ◇




「んでよ! 言ってやったのよ。次にコイツらに手を出したら、おめえらロールキャベツか昆布巻こぶまきにして湖に沈めてやるって――」

「いやぁ、でもハマオの自業自得じごうじとくでしょーそれ? ビシッとキメる前に、そんとき面倒見てくれたおまわりさんに感謝しなよ」

「なっ、リンコ! てめえ!」




 夜のレストラン「マンガニク」は、傭兵達の笑い声に包まれていた。


 彼らの活躍によって、襲撃しゅうげきの主犯格である「グリーン・ユートピア」幹部のガニマ・ター、傭兵ようへいのネコゼ・セボと他テロリスト十数名を捕縛ほばく。ミサイル発射阻止・ビッグスーツ複数体撃破・幹部かんぶ級の捕縛とグリーン・ユートピアの戦力に多大な打撃を与えた。防空砲がいくつか破壊された上、この先しばらくは報復に注意する必要があるが、市井しせいに殆ど被害を出すこと無く事件を解決できたのはとても大きな戦果だ。




「仲いいなあ、俺は地元にそこまで知り合いいねえわ」

「俺もそこまで人付き合いはいい方じゃなかったしなぁ。ニッケル、チキン取らせてくれ」


 騒ぐシノハラシティの傭兵達とリンコを眺めながら、少し離れた席でカリオとニッケルはのんびりビールを飲む。とんだトラブルに巻き込まれたものだが、まだ休暇は残っている。




 キッチンの奥で料理を作るナシタは自分を見つめる視線に気づく。カウンターの椅子いすに乗って、マヨがナシタの方を見つめていた。


「何か欲しいかい?」


 マヨは骨付きチキンを、もっちゃもっちゃとみながらナシタをにらむ。


「まだ結婚してねえって聞いたです。どういうことやですか」

「!?」

「大人の男の人と女の人は仲良くなったら一つ屋根の下でくっつい……ふぉああ!?」


 しゃべるマヨの首根っこをカリオが乱暴につまみ上げる。


「ビールなくなってきた。追加ある? ってか手伝った方がいいか?」

「いやいや大丈夫、はい追加の」

「そうか? お、ありがとう……おい、おめえは何他所よそ様の恋事情に口出してんだ」

「んがー! リンコとナシタ結婚させるです!」


 ビールの大瓶おおびんもらい、骨付きチキンをくわえたまま暴れるマヨを持ち上げながら、カリオは席へ戻っていった。




 ナシタはその後ろ姿を見送ると、仲間と話すリンコの方へ視線を移す。彼女がはしゃぐ姿を見ながら、昨夜、ソファで語らっていた時のことを思い出していた。




 ◇ ◇ ◇




「リンコ」

「んー?」

「僕さ、一年ぐらい整備の勉強して、レトリバーに乗せてもらうの頼んでみようと思うんだ」


 リンコは目を丸くしてナシタの顔を見る。


「いいのナシタ!?」

「ダメ、かな……?」

「何言ってんのめちゃくちゃうれしいよ! ってか今すぐにでもオヤジにお願いしに行ってもいいくらい! その……私が気にしてんのはさ、ナシタはこの街を離れてもいいの?」

「うん、街で一緒に活動する仲間もだいぶ増えて、ぼくの担当してる分も引き継いでもらうのはできるだろうし」


 ナシタは窓の外を見ながら答えた。


「……リンコがレトリバーに乗るってなった時のこと、最近特によく思い出すようになって」

「あはは、ちょっと喧嘩したよね。ナシタが街に残るって言うもんだから、私すごい機嫌悪くしてさ」

「あの時は一度、一人で頑張ってみなきゃと思ったんだ」

「言ってたねー」


 ナシタは自分の記憶をゆっくりと、頭の中でなぞりながら話し続ける。


「いつもリンコが仕事に行くときは、ぼくはその内容を耳では聞いていても、実際にはどんなのか想像ができなかった。傷だらけになって血を流しながら帰って来る日もあれば、貧困が原因で手段を選んでいられなかった盗賊達を手にかけてしまって、泣き続けた日もあった。そうして辛い思いをして、帰って来てから隣にいることだけしかできなかった自分が物凄く歯がゆかった」


 ナシタが静かに話すのを、リンコは黙って聞いていた。


「同じように戦うことは無理でも、できるだけ近い所で戦えるように……君の力になれるようにって思った。最初にレトリバーに誘われたときは、まあ厨房ちゅうぼうスタッフとかならできたかもしれないけど……もっと色々なこと勉強しなきゃ、してからじゃないとダメだって思っちゃって」

「それで元々やってたボランティアとか、さらにガッツリやるようになったんだ。んで今度は整備の勉強?」

「うん。あの船に乗るのは、リンコと一緒に戦えるようになってから、って決めたんだ。君は奪うんじゃなくて守るために戦う。それって僕が絶対に足を引っ張っちゃいけないことだと思うから」


 リンコは微笑ほほえみながらナシタの顔を見る。


「バカ真面目まじめ過ぎ。私はそんなの全然気にしないのにさー」


 そう言ってリンコは、ナシタのほおにキスをする。


「……待ってるからね。あの船で、ナシタを」




 ◇ ◇ ◇




 朝日が差し込む中、レトリバーはシノハラシティの地上港を出発する。


 遠く、小さくなっていくシノハラシティを、リンコは甲板上から気の抜けた顔で見つめていた。


「……いつになく、しょんぼりしてやがるな」

喧嘩けんかしたワケじゃないよな?」

「なんで結婚しねえでやがるですか」


 船内への出入り口からカリオ・ニッケル・マヨが野次馬のようにリンコの様子をうかがう。




(……なんであんなにド真面目になっちゃったのかなぁ。れる私も私だけど)


 リンコはため息をついて遠くを見続ける。


(……あと一年かぁ。意外にこう、数字でハッキリ言われると、かえってつらいもんなんだなぁ……)




 ◇ ◇ ◇




「ナシタ、そっちの荷物も頼む。病人が出ていてその薬が入ってるんだ」


 街が働く人々で賑わい始めた頃、ナシタはボランティア用の地上艦で積み込み作業をしていた。二日後にシノハラシティを出発し、二週間ほど他都市でのボランティア活動に従事じゅうじする予定だ。


 ナシタは地上港から地平線をみやる。リンコを乗せたレトリバーはもう見えない。次の街まで広々とした大地を走り続けるだろう。


 彼は誠実せいじつで優しい人間だが、どうも恋人のさみしい気持ちに対しては不器用なところがある。「そばにいる」ということにどれだけの力があるのか、あと一歩理解しきれずにいた。


 だが、そのにぶさとバカ真面目さは、無事に二人の未来をよい方向へ転がしてくれそうである。離れ離れになりながら懸命けんめいに生きる二人は、やがて肩を寄せ合える距離で一緒に歩けるようになるだろう。




 季節が一周する頃、二人の歩く道は一つになる。




(君と歩くいつか一つになる旅路で おわり)

(ファスト・フィスト・ビーストへ続く)

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?