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ファスト・フィスト・ビースト③




 ◇ ◇ ◇




 デカい。


 デカすぎる。


 アオキシティにあるモッツァ邸に招待されたショウとナスビは、その異様な大きさと美しさに眩暈めまいを感じていた。


「……アカンやろコレは。地下で人生の大半を過ごしているワイらにはキツい」

「ウチの住んでるマンションの五十倍は広い気がする……」


 落ち着きなく目線を動かしながら、レイラとその執事、バジル・メボークに先導される形で、ショウとナスビは正面玄関から豪邸ごうていに入っていく。レイラの金色の長髪とバジルの綺麗な燕尾えんび服、そして二人の放つ気品はその豪邸に引けを取らない優美さである。




「ハットリシティでも同じような事が?」


 廊下ろうかを歩きながらショウとナスビの緊張をほぐすように、バジルはにこやかに優しい声で話しかける。


「いや、ワイらの街の近辺ではまだやな。ちょっとコネで回ってきたから、先手必勝で調査しとるんや」

諜報員ちょうほういんさんでいらっしゃるのですよね? そんなに堂々と表立って行動しても大丈夫ですの?」


 レイラが素直すなお疑問ぎもんを忍者二人にたずねると、二人は顔を見合わせた。


「そういやそうやな、ええんやろか?」

「あんま気にしてなかったなウチ」

「あら」


 思いがけない返答に面食らった顔になるレイラを見て、バジルが笑う。




 廊下から洋風の大部屋に全員が入ると、バジルは中央のテーブルの立体映像プロジェクターを起動する。優美なデザインの部屋には、やはりどこか無機質な雰囲気で似合わない機能である。


 最初に大きな地図が表示された。続いてアイコンと線で都市・地上艦の移動ルート・襲撃事件の発生地点が示される。ショウとナスビはそれを丁寧ていねいに確認する。


「お頭から聞いてたけど、確かに規則性があるとみて間違いなさそうやな」

「場所、発生日時、画像記録から得られてる機体の特徴――ようそろっとるな。これだけ何回も事件起きててまだ同じルートを使う奴らがおるんか?」

「三、四回目は犯人を討ちとろうとした治安部隊が犠牲になっております」


 映像は正体不明機による襲撃が、同じ移動ルートの同じ地点、同じ時間に発生していることを示していた。


「三、四日置きに発生しているんか。完全に一定のインターバルで発生しているわけでもないけど、近いうちにまた発生すると考えてもええやろな」


 先日のスズカ連合の会合から、また一件襲撃が発生していた。最初の襲撃から十六日間で五件。今日はその翌日の十七日目にあたる。ざっくり見積もっても明日から三、四日のうちに次の襲撃があると予測するのが自然だろう。


「タイミングは悪くないな。地上艦で事件発生地点に数日張り込む、ってコトでええよな?」

「ええ、こちらも問題ありませんわ」


 レイラと大まかな流れを確認すると、ショウはナスビの方を見た。


「ナスビ、ビッグスーツ乗っての任務はこれが初めてか?」

「おう、ハットリシティ史上二人目のビッグスーツ乗りやウチは。試験結果ショウよりよかったで!」

「そうかよかったな。んじゃレイラじょう、細かいとこ詰めていこか」


 話をスルーされたナスビはショウの脹脛ふくらはぎに思いっきり蹴りを入れた。




 ◇ ◇ ◇




 かわいた風が舗装ほそうされていない道の砂を巻き上げる。うすい雲がかろうじて見えるかというぐらいの高い空から、太陽の光が刺すように降り注ぐ。


 テエリク大陸中央より少し東に位置するこの街を訪れた二人の男がいた。


 一人は身長百九十センチメートル程度で細身、ウェーブがかったブロンドのショートヘアに青い瞳、美しい容姿ようしではあったがどこか軽薄けいはくさと嫌らしさを感じさせる男だ。


 もう一人は身長百六十センチメートルと控えめな高さで、ブラウンのショートヘアで、顔にはまだ幼さが残る少年と言って差し支えない容貌ようぼうをしている。


「この街、看板かんばん小さくてどこがレストランかわかりづらいねえ」


 キョロキョロと周りを見回す背の高い方の男――ナハブの隣で、もう一人の背の低い方の少年――スベンは携帯端末けいたいたんまつを操作していた。


「全然位置がわかんないや。大した道案内システムないんですね〝この時代〟」

「どうするー? 片っ端から店のぞいてみて……ってあそこ、なんかざわついているね」


 ナハブの指さす方をスベンが見ると、ある店の前で人だかりが出来ていた。何を見たのか、はたまた見ようとしたのか、皆が顔を青くして、体をふるわせている者もいる。ナハブとスベンは人だかりかき分けて、店の中へと入った。


「あーここにいたんだイルタちゃん!」


 ナハブが店のカウンター席に座る女性に声をかける。銀色の長い髪にあざやかな赤いひとみ。イルタ――先日、カリオとユデン達と戦った、赤い機体「フライデ」のパイロットだ。


「すまないな。急に呼び出して」

「いーのいーの、あ、ゴメン何で呼ばれたんだっけ?」

「〝今の時代〟のお金を持ち合わせていなかったことを忘れててね。ここのパスタはとても美味おいしかったから無銭飲食むせんいんしょくはしたくない」


 そう話すイルタのカウンターをはさんだ向かい側で、店員と思われる男性がブルブルと体を震わせておびえた様子で後ろの冷蔵庫まで下がっていた。


「イルタ姉さん、これだけあれば外出る時、毎回ランチに出かけても大丈夫だと思いますよ」


 スベンは二つ折り財布を開いて紙幣を見せる。イルタは紙幣を一枚取ると、店内のメニュー表示と見比べて、少し驚いた様子を見せる。


「この枚数は多すぎるんじゃないのか。スベンの分だってあった方がいいだろう」

「気にしないでイルタ姉さん、これぐらいならまたいつでも調達できますし」


 笑顔を見せるスベンにイルタは微笑ほほえみ返すと、少しは持っておけとスベンの財布に紙幣を数枚残し、あとの分を受け取った。




「ってかさぁ、イルタちゃん。やりすぎなんじゃない? 店員さんもお客さんも野次馬さんもおしっこちびっちゃうでしょ」


 ナハブは小さくため息をつきながら店内を見回す。




 店内は人の体と思しき肉と臓器のかたまりが散乱し、血の海となっていた。壁にめり込んだ巨漢は骨が皮膚から飛び出し、テーブルの上に倒れる男には下半身がなかった。




 ナハブはいくつものバラバラ死体の中から千切れた手を拾って、それに付けられた派手な指輪を見る。


「何? 三流マフィア連中にでも絡まれたの? そんで派手に殺しちゃった?」

「違う、殺すつもりはなかった。何者かは知らんが勝手に死んだんだ。パスタを楽しんでいるときに難癖なんくせをつけてきたから、勝手に死んだんだ。殺すつもりはなかった」

「やっぱ殺人犯って殺すつもりはなかったって供述きょうじゅつするんだ!?」


 イルタの言い訳に面食らっているナハブの横で、スベンはカウンターの向かいでまだ震える店員を見ていた。その視線に店員が気づくと、スベンは不気味に目を大きく見開いた。


「ねえ、お客さんに……イルタ姉さんに対してその態度はよくないんじゃないですか? パスタ美味しいって言ってくれてるんですよ? 血を拭くためのナプキンの一つでも用意するとか……」

「ひっ!」


 店員はあわてて体を動かそうとする。だが。


「――もう遅いですよ」

「よせスベン」


 イルタがスベンを制止しようと声をかけたとき、店員の体全体に格子状こうしじょうの切れ目が出現した。


「あ、べ」


 店員の体はその切れ目に沿ってバラバラになり、無数のサイコロ上の肉塊にくかいになって地面に散らばった。まともに悲鳴を上げることもできなかった彼の代わりに、入り口近くの群衆からいくつも悲鳴があがる。


「スベン、おまえはもう少し……なんだったかな、アンガーマネジメント……とやらを意識した方がいい」

「……確かにそうですね。明日以降パスタ作ってくれる人がいなくなっちゃいました。ゴメンなさい」

「気にするな。パスタのお代は……まあいいか」




 先ほどまでその場に立ち尽くすだけだった群衆が、一気にパニックにおちいり大騒ぎで逃げ出していく。


「おまわりさんが出てくるかなあ。イルタちゃん、スベン、どうする?」

「私はもう帰るよ。どうせ〝門限〟までそう時間はないし、少し寝る」

「ぼくも帰ります。ナハブさんはもう少し外にいます?」


 ナハブは上を見上げて数秒考えると答えた。


「俺も帰ろうかな。ニヌギルおじちゃんに何か頼まれてた気がするんだけど、忘れちゃったんだよね。また聞かないと」

「何でみんなこんな物忘れする人に物を頼むんです? そういえばニヌギルさん、〝目が覚めてから〟一番たくさん出かけていません? 今日もウストク持ち出して――」


 スベンが話していると、どたどたと足音が近づいてくる。銃を構えた十数人の治安部隊が、イルタ達へ向かって走ってくる。


「ナハブ、私はパスタの余韻よいんひたりたい。近づいてくるあいつらは任せる」

「は!? パスタの余韻って何!? イルタちゃん!?」

「お願いしますねナハブさん。一分もかからないでしょうし」


 イルタとスベンはナハブを残してその場を去る。


「えー……まあいいか、たまには人、殺しとかないと」


 ナハブは治安部隊の方へ向くと舌なめずりした。







(ファスト・フィスト・ビースト④へ続く)

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