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ファスト・フィスト・ビースト⑦




 ◇ ◇ ◇




「なんじゃ、じゃあ酒の美味うまい店もおなごの可愛い店もわからず仕舞いか」


 空の見えない庭でニヌギルは胡坐あぐらをかいている。その調べものを頼まれていたことをすっかり忘れていたナハブは、頭をポリポリとかく。


「ごめーんおじちゃん」

「まあいいわい、おまえの間抜けなところは想定の範囲内じゃ」

「頼んでおいてひどくない!?」


 不貞腐ふてくされるナハブの後ろから、草の絨毯じゅうたんに座るイルタが、ニヌギルに声をかける。


「背中を斬られたそうじゃないか」

「……いや、イルタが望んでるような奴らではなかったぞい。そんな奴らじゃったらワシは一分持たずに死んどる」

「……そうか」


 ナハブはイルタの顔を見た。無表情で変化はないが、少し落胆していることは伝わって来る。彼は視線をニヌギルに戻した。


「無人修理システムがここにあってよかったねえ。俺らを封じ込めた奴らもだいぶドジというか……おじちゃん、サタデが直ったらまた出掛けるの?」

「いや、ワシは少しのんびりするかのう。イルタと違って、無差別に喧嘩けんか売って生き残るのは難しそうじゃ。今回、外であおってみてわかった」

「なるほど、そこを確かめるために出張ってたんだ」


 ニヌギルは立ち上がって、自分より頭一つ分背の高いナハブの胸を小突く。


「次に出る時はおまえがいい酒と女の在処ありかを教えてくれた時じゃ。その街を襲って、奪い取る」

「ああなるほど……いやいや雑! 雑じゃない!? 一人じゃ無理じゃん! ってか自分で調べなよ!」

「細かいことはおいおい考えるわい。さてワシは飯を食うとする」

「ええ……」


 ニヌギルは背伸びをしながらその場を歩いて去っていく。




「……お? これは……イルタちゃんと二人きり! イルタちゃんどっか遊びに行かない?」

「……」

「おーい?」


 デートに誘うナハブを無視して、イルタは上を向いて、庭を舞うちょうながめていた。




 ◇ ◇ ◇




 地上艦「マルチーズ」。


 空がだいだい色に染まる頃、ショウ・ナスビ・レイラの三人はマルチーズのブリッジに集まっていた。


「来ないとは言っとったけど、取り敢えず様子見やな。ワイとナスビはもう何日か同じ場所で張り込むわ。アオキシティで補給ほきゅうさせてもらえるとありがたいんやが」

「……気づいたら結局いそがしくなってるやんウチ」

「そういうもんや忍者は。慣れろ」


 レイラは立ったままティーカップで紅茶を一口飲む。


「補給の件は街の方へお伝えしておきますので遠慮なさらないで。それと申し訳ありません、私は別件の対応で明日の一日は同行が難しいのですが……」

「かまへんかまへん、こっちの調査に時間いてくれるだけでありがたいて」

「フフッ、こちらも改めてスズカ連合へのご協力、感謝致しますわ……それで、あの者が言っていた〝イニスアの囚人〟ですけど」


 ショウはその言葉を聞くと頭上を見上げて考える。


「〝イニスア〟ってアレやろ? 古代文明。三、四千年かそれくらい前の。何の関係があるんや」

「勉強不足!」


 そう叫ぶなりナスビがショウの脹脛ふくらはぎった。


「痛いわアホか! なんぼ暴力振るうねんおまえ!」

「〝イニスアの囚人〟くらい知っとけ! 大昔のイスニア文明で暴れとったとびっきりの七人のワルや! いやまあ言うて眉唾まゆつばな話やけど」

「眉唾を知らんくて蹴られたんワイ!?」


 さわぐ二人にも動じず、レイラはあごに手をやる。


「〝イニスアの囚人〟……確かに御伽話おとぎばなしの域は出ませんが、言葉自体は私も聞いたことがあります。私も調べますし、関係各所にも調査をお願いしてみますわ」

「助かるわ。よしやることは決まったな」




 ナスビが怪我を負った左肩を気にする様子をレイラは見ていた。


「……スズカ連合に応援の人員を頼んでみます。無理はなさらぬよう」

堪忍かんにんな、ウチがどんくさいばっかりに」

「今日はもう私どもの邸宅でゆっくり休まれるとよいですわ。来客用の部屋も空いてますし」




 ショウとナスビは首と手を横に激しく振った。


「イヤイヤイヤイヤイヤイヤ!」

「あら?」

「ワイらは自分とこの艦で寝る! そこまで世話にならんでも大丈夫やし!」

「そうですの……?」


 レイラはぽかんと不思議そうな顔をしながら、またティーカップに口をつける。


(アカン、あの豪邸は……ウチらには不相応すぎる! 絶対腹下すわ!)

(あんな家のベッドで寝た日にゃ、ワイは二度と人間に戻れなくなる気がする……!)




 ――その後、一通り今後の流れを再度確認して、その場は解散した。レイラは空になったティーカップを色んな方向にかたむけながら、ぼーっと上を向いて考えていた。


露骨ろこつ遠慮えんりょされましたわね。以前の三人組の傭兵ようへいさん達もなんか我が家から出る時、体調を崩してらしたような……)


「お嬢様じょうさまも今日はもうお休みになってください。食器は片付けておきますゆえ」


 執事しつじバジルがレイラの横から声をかける。


じいや」


 レイラは真剣な眼差しで言った。


「一度モッツァていの点検をしましょう。化学物質・音・傾き他、人体の健康に害を及ぼすものがないか――今月のタスクがひと段落ついたあたりで日程を組んで」

「お嬢様!?」




(ファスト・フィスト・ビースト おわり)

(名犬勇者エクスギャリワン へ続く)

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