「さて帰るか、てか帰りたいぜマジで」
ニッケルは町の外へ向きを変えるが、カリオとリンコは動かない。
「ん? どうした?」
「あー……持って帰る写真も動画もデータも何もねえと思ってな」
カリオの返事にニッケルの胸中に嫌な予感が芽生える。
「最低限、地下のコントロールユニット?の写真なり持って帰れそうな部品はあった方がいい気がするんだよね。それに町を覆っている雲についても調べとかなきゃだし」
「さっき倒したデカいの、多分無人機だと思うんだがやけに奇妙な作りだった。こっちも調べておいた方がいい……ってか肝心の町の壊滅原因もハッキリしてねえだろ。十中八九あのエメトの仕業だとは思うがそもそもなんで暴走したのか――」
リンコとカリオが話すのを聞いてニッケルの頬を冷や汗が伝う。
「いやだ! もういいだろ! 俺は帰る!」
「仕事なんだからちゃんとしろよ。大体正体はオバケじゃねえってわかったんだからビビるこたぁねえだろ」
「どうしてもっていうなら止めないけど、私たちは残るから一人になるよ?」
ニッケルは歯を食いしばって震える。
――結局この後、三人は日が暮れるまで調査を続けた。
任務後、レトリバーに帰ってきたニッケルはよっぽど怖かったのか、それとも拗ねたのか、真っ直ぐ自分の部屋に戻り布団に潜り込んだ。
「カリオ、ニッケルが部屋から出てきてくれないので代わりにトイレついてきてください」
「……気に入っているのかその般若面」
カリオがそう聞くと般若面を被ったマヨはグルルルと唸って威嚇して見せた。気に入っているらしい。
後日、クライアントから任務のお礼と、収集して手渡した情報と物品からわかった事について報告があった。
あの町にはハシナガ・コーポレーションとは別の企業の拠点があり、両社で協力し、ビッグスーツの無人操作や新装備の研究・実験を行っていたことがわかった。傷んだ大量のビッグスーツは様々なコミュニティから廃棄予定だったものをかき集めたモノ、黒髪の機体は新装備の試験機として作られたモノらしい。
町の周囲を覆っていた黒い雲も、自治体の許可を得て配置した、研究中の拠点防衛設備の試作型とわかった。
暴走したエメトについて、関連する業務に携わっていたハシナガ・コーポレーションの社員の中に、自殺事件の被害者と接点のある人物がいたらしい。カリオ達が収集したデータの中には、彼が書いたものと思われる事件に関する記録が見つかった。それ以上の事はわからず、原因の特定は出来なかったが、彼がエメトの暴走に関わっていた可能性は高いだろう……とのことだった。
「クライアントの企業さんってどんなところなんだっけ? 今更だけど」
リンコはロリポップキャンディーを舐めながら、マヨと一緒にトイレから戻ってきたカリオに話しかける。
「艦長がざっくり調べたらしいが、表も裏もスキャンダルらしいものは見当たらなかったらしい。今回の調査利用して悪さするような所じゃなさそうだってよ」
そこまで言ってカリオはあっ、と口を開けて思い出す。
「怪しいって言ったらよっぽどアイツの方が怪しかっただろ。ウドだかムドだか」
「あー、彼ね。でもせいぜいソロの泥棒とかそんなもんじゃない? あそこまで侵入出来たのだって、なんかサイバネ技術積んでたとかでしょ。私達に見せてないだけで」
「うーむ……そんなもんか」
「そうよ」
かくして、ちょっと不気味な任務は、ちょっと謎を残しつつも達成となった。
◇ ◇ ◇
「〝会社〟の〝社員〟がどこにいるのかはわからないってわけか」
太陽の光が入らず、空の見えない庭。赤いショートミディアムヘアの逞しい男――ルガルが、庭の木の下で座り、銀髪のポニーテールの男と会話している。
「由々《ゆゆ》しき事態だ。私が先に封印されたばっかりに」
「由々しき……って、別に誰かが殺しに来るわけでもないんだからのんびりやったらいいだろう、マドク」
ルガルが呆れるように話すのを聞いて、銀髪のポニーテール――マドクはため息をつく。
「あの頭の悪そうな外の民が大陸中にウヨウヨしているのを見て、お前は気分が悪くならないのか?」
「いや、俺らの時代の民とそんな変わってねえだろ……なあ、イルタ」
ルガルは離れた場所の草の上で寝転がっているイルタに声をかける。イルタはボーッと見えない空を見つめて返事をしない。
「フン、相変わらず愛想のない脳筋ゴリラ女め。まあいい、私は私で勝手に進めるさ」
マドクは庭を去っていく。
「はぁ、やっぱあいつめんどくせえ性格してるな……ん?」
ルガルは庭に隣接した建物から誰かが出てくるのに気づく。現れたのは柔和な顔つきで、毛先がハネたセンターパートの黒髪の青年――モリオカタウンでカリオ達と一時行動を共にしていた、ウド・エバッバだ。
「ルガルさんただいま。イルタさんは……寝てるのかな」
「出かけてたのか『シャマス』」
ウド・エバッバと名乗っていた青年――「シャマス」はルガルを見てにこやかに笑顔を作る。
「はい、外に出てみて正解でした。取り敢えず言語は問題なさそうだし、地理的な問題はどこかで書物なりデータなり手に入れれば何とかなるか……」
顎に手をやって考えるシャマスを見て、ルガルが聞く。
「お前はお前で外でやりたい事でもあるのか?」
シャマスはルガルの方へ向いて、また笑顔で答える。
「まだ決めていません。ズルいようですけど皆さんの様子見ながらゆっくり考えようかなって」
「なるほどズルいな」
ルガルはそう言って笑う。
「シャマス」
離れた場所からイルタがシャマスを呼ぶ。
「起きてたんですねイルタさん」
「外、何か面白そうな話はあったか?」
シャマスは上を見上げて少し考える。
「イルタさんが面白がりそうな話かぁ。新しい賞金首の話もあったけどアレは雑魚過ぎてダメだろうし……なんか右翼っぽい武装組織の動きが怪しいみたいな噂ぐらいかな、聞いたのは……あ!」
そこまで話して急に何かを思い出したのか、シャマスは手をパン、と叩いて鳴らした。
「美味しいイタリアンの店、調べてきたんだった! データ渡しますよイルタさん」
「ホントか」
イルタは体を起こしてシャマスの方を向く。顔は無表情のままだが、喜んでいるであろうことはシャマスにも伝わった。
「礼を言う。私からも今度何か用意しよう」
「いいんですよそんなの。それよりそんなところで寝落ちしないように気をつけてくださいね。風邪引きますよ?」
シャマスはデータの入った小さなデバイスをイルタに手渡す。イルタはデバイスを指先で回しながら見つめ、もう一度シャマスに礼を言った。
「シャマスも少し休むといい。まだ起きてからそれほど時間が経ってないだろう」
「ええ、少し庭でのんびりしてから一寝入りします」
部屋に戻るイルタを見送ると、シャマスは草の上に腰を下ろす。
「あの丸刈りの人達、大丈夫だったかなぁ。……まぁいっか、死んでても。どうせこれから僕達のせいで沢山死ぬだろうし」
シャマスはそのまま仰向けに寝転がり、しばらく、見えない空を見上げていた。
(霊魂のねぐら、うろつく咎人 おわり)
(第一部終章 マヨ・ポテトの災難EX へ続く)