その大陸は一国が治めるにはあまりにも大きすぎた
穴だらけの統治はやがて怒りを生み、戦火を招く
その争いはたった一つの季節の中で終わった
それでも幾多の無辜の命が焼かれ
痛みは幾千幾万の胸を穿った
失ったものは帰っては来ない
それでも彼らは歩き続けていく
◆ ◆ ◆
――マヨ・ポテトが地上艦「レトリバー」に保護された時点より二年前。
テエリク大陸東部の町、ホシノタウン。
分厚い雲は酷く濃い鈍色をしていた。重たく、強い雨が、びちゃびちゃと音を立てて降り注ぐ。
雨粒が降って来る空の反対側、地上のあちこちからは炎と煙が立ち上る。希望の一欠けらも感じさせない暗い情景が一帯に広がっていた。
一機のタンデムローター式大型ヘリが、その上空を飛ぶ。大きく開いたサイドドアから、二機のビッグスーツが瓦礫だらけになった町を見下ろす。両方ともアトリー社製の「コイカル」という名前のモデルだ。二機は黒く塗装されている。
「酷えなコイツは」
そのうちの一機のコックピットで、ショートアフロのがっしりとした体格の男――ニッケル・ムデンカイは顔をしかめた。
「静かすぎない? 戦闘は終わったの?」
もう片方のコイカルのコックピットで、赤いモヒカンヘアーの女性――リンコ・リンゴは、血を流す人々が横たわる眼下の町を沈痛な面持ちで見つめる。彼女の乗ったコイカルの、頭部前面の円形アイカメラが赤く光った。
傭兵稼業を営む地上艦「レトリバー」のクルーであるこの二人は、火急の依頼を受け、隣町からホシノタウンへ飛んできた。
この町、そして周辺のいくつかの町は、少し前までケーワコグ共和国軍の支配下にあった。大陸中部にある首都が、西側より進行してきた反乱軍に占拠されたこと――実質的な共和国側の敗戦―――を受け、より東の都市・町では残りの共和国側戦力の解体・吸収・掃討が進められていた。
反乱軍と雇用契約を結んだレトリバーは、数々の任務を遂行しながら東へ進んでいたところ、共和国軍の大半が撤退したはずのホシノタウンにて、戦闘が発生したとの報せを受けた。
「ブリッジ、近くに動ける医療チームがいないかすぐに確認してくれ。企業のでも反乱軍のでもどこのでも構わん。……壊滅状態だ、数を数えることすらままならねえ」
通信を行うニッケルの横で、町を見ていたリンコが声を上げた。
「……!! ニッケル! 一機無事そうな機体がいる!」
「動いているのか!?」
ニッケルがそう聞くと、リンコは自分のコックピットのメインモニターに映る映像を、ニッケルのコックピットのサブモニターに送信する。
ニッケルは送られてきた映像を凝視する。共和国軍が好んで用いる白色に塗装された機体。機種はおそらくホージロ社製の「クロジ」。その右手には青い刃が光るビームソード。
(……銃は装備していない。戦いで喪失したか。珍しい青色の刃は気にはなるが……)
「どうする? ニッケル」
「……ヘリはここで待機させて、ビッグスーツで近づこう。慎重にな」
二機はヘリから飛び出し、地上に降り立つ。ニッケルはビームライフル、リンコはビームピストルを構える。周囲に伏兵の類がいないか、慎重に注意を払いながら歩を進めていく。
やがて二機は白いクロジの百メートル前方まで近づく。青く光るビームソードを握ったクロジは動かず、少し俯いているようにも見えた。ニッケルはクロジに銃口を向けて構え、通信を試みる。
「そこの白いクロジ。俺達二機は反乱軍に雇われた傭兵だ。この町で戦闘があったと聞いて偵察に来ている。そちらの所属とこの状況について知っていることを教えてくれないか」
白いクロジは微動だにしない。ニッケルは少し考えると、構えていた銃を地面に置いて、両手を上げる。リンコにも同じようにするよう合図する。二人のコイカルには他にも武装があるため、これで完全な丸腰というわけではないが、出来る限りの範囲で敵意がないことを伝えようとする。
「俺達は反乱軍と契約しているが、アンタが共和国側の人間だとしても理由なく戦りあうつもりはない。さっきも言った通り依頼内容は偵察。アンタを殺して報酬が増えるワケでも――」
ニッケルが説得しようと話している途中で、不意に白いクロジはビームソードの電源をオフにし、青い光の刃が消える。
(……! やけに聞き分けがいいな……いや、敵意がないのは助かるが)
ニッケルとリンコの口からふぅ、っと安堵の息が漏れた。
……二人のコックピットのスピーカーから、クロジのパイロットの音声が聞こえてくる。
「……こちらケーワコグ共和国陸軍第二機動兵機小隊所属、カリオ・ボーズ准尉。当方にあなた方と戦闘する意思はない」
若い男性と思われる声が続く。
「……町の中で倒れている共和国軍機は俺が破壊したものだ。繰り返しになるが俺に戦闘の意思はない。そちらが反乱軍であるならば投降する――この場で処刑したいのであればそれも受け入れる」
リンコの顔に戸惑いの色が浮かぶ。スピーカーから聞こえる声は酷く淡々《たんたん》としている。辺りに転がる数機のビッグスーツの残骸。そしてここに着くまでにもヘリから何体か破壊された機体を見かけている。それら全てがこのパイロットの仕業なのか。しかし、彼は戦闘後にも関わらず興奮してはいない。それどころか――その声は全てを諦めているかのように暗く沈んでいる。
「――ただ……もし、聞いてくれるのなら、頼みたいことがある」
スピーカーからまた声が聞こえる。
「――弔って欲しい人がいる」
ニッケルは思わず目を丸くする。その言葉のすぐ後に、目の前のクロジのコックピットハッチが開き、パイロットが姿を見せたのだ。
――一人の女性の亡骸を抱えて。
冷たい雨は音を立てて降り続ける。
涙で流しきれなかった悲しみはそれでも消えず、町を鈍色に沈めていた。
(マヨ・ポテトの災難EX① へ続く)