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メインモニターに映るのは火の海。崩れる壁、溶ける鉄骨。
まともな精神でいられるのはコックピットという金属の箱に入っているおかげかもしれない。少なくとも臭いと音は遮断できる。鉄と脂が焦げる臭いと悲鳴を感じ取ってしまっていたのなら、一体どうなっていたのだろう。黒々《くろぐろ》と焦げた建物とビッグスーツの残骸が痛々しく一帯に散らばっている。
「……生体反応なし、各機帰還準備を」
部隊を率いる小隊長が静かに指示した後、帰還するまで誰も言葉を発することはなかった。
クマガヤタウン壊滅から二日後、首都・テエリクシティは陥落。首脳陣は捕縛され、テエリク共和国は解体する運びとなる。
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「――起きてカリオ。ご飯冷めちゃうから」
小さな部屋の小さな窓から差し込む光が、開けたばかりの目を容赦なくつつく。
寝汗のべたつきが気持ち悪く、頭は重い。再び横になりたくなるのを我慢して、カリオは立ち上がって洗面所へ向かう。
蛇口から出る水は酷く冷たく、鳥肌が立ちそうになる。眉間にしわを寄せながら顔を上げると、鏡に自分の後ろに立つ女性が映り込む。
「うわ、酷い顔……少しぐらい食べれる?」
「ああ、大丈夫」
「よかった。食べられるときに食べとかないと体に悪いから」
長い黒髪をルーズサイドテールにした女性は気さくに声をかける。先日のクマガヤタウンの任務で、疲労、特に精神的なモノを隠しきれなくなっていたカリオは、そんな彼女――ルース・サテールの気づかいが嬉しかった。
カリオとルースは二人とも、幼くして両親を亡くし、ホシノタウンの近くの小さな町の孤児院で暮らしていた。その孤児院の活動を、テエリク共和国の軍の関係者が支援してくれていたことは二人に大きな影響を与え、カリオは兵士、ルースは研究者として軍に入った。そして今、二人はごく自然に恋仲となり、ホシノタウンで一緒に小さな白壁の一軒家に住んでいる。
内戦が始まったのはカリオが二十歳になり、ルースがもうすぐ二十一歳の誕生日を迎えようとしていた時だった。国土面積の大きさ故、行政に必要なリソースの不足に悩まされていた政府に対し、痺れを切らしたいくつかの都市が、共和国からの離脱を求めたのが始まりである。
まだ小さかったカリオとルースに、暖かな食事をくれたその手は、彼らが大きくなると銃を持つ手になっていた。
「ルースの方こそ大丈夫なのかよ」
「んー、私?」
フォークで目玉焼きをつつきながら聞いてくるカリオに、ルースはほうれん草のスープを飲みながら答える。
「まあ忙しいっちゃ忙しいけどね。カリオの話聞くと、そっちの方がずっと心配」
カリオは目玉焼きを口に入れる。ケチャップがいつもより酸味が強い。
「それに最近アレなの。そう、子供! 詳しくは言えないけど子供の世話、手伝うことになってさ。可愛いのよ」
「子供? 研究所の仕事で?」
「あー……詳しくは言えないの」
ルースは目玉焼きにケチャップをかける。その容器のラベルを見ると、やっぱりいつも買っているブランドのモノとは違っていた。
「子供って本当に癒し。いや、まあ自分の子供育てるとか、そういうのになったら悩みとかもいっぱい出てくるんだろうけど……とにかく、私は大丈夫。だから、カリオは何も気にせずゆっくりしてね――もう戦争だって、終わるんだろうし」
ルースはそういってパンを千切って口に放り込むと、笑った。
――内戦が終わる。終わったら小さかった頃、本当に夢見た「優しい軍人」をまた目指せるのだろうか。それとも自分みたいな人殺しがそんな事を願うのはおこがましいのだろうか。
戦いの最中、逃げ惑う人々に向けて銃弾が放たれるのを見た。ビッグスーツの武器に用いる大きな弾丸は、人を一瞬で小麦の実のように粉々《こなごな》にした。あまりにも嘘のような光景で、その瞬間はかえって平気だった。戦場から駐屯地に帰還した時、その恐ろしさにやっと頭と体が気づいて、廊下で人目もはばからずに吐いた。
「もしカリオが地獄に落ちるなら、私も一緒に行くよ」
ある日、「天国があったとしても、俺はもう行けそうにないな」と冗談めかして言った時、ルースは笑顔でそう言った。
「同じ軍で働いているんだしね。元々一緒に暮らすのだって、この先ずっと、ってつもりだったし。死んだ後の事なんてわかんないけど、もしそういう場所があるなら私も一緒。でもそんな心配よりまずは生きてる間の心配。怪我とかしないように気をつけて、ね?」
「今日は早めに帰れると思う。カリオ、疲れてたら掃除はまた今度でもいいよ」
「少しくらい体動かさないとかえって辛いし、やっておくよ」
首都が落ちた今、上官からの連絡があるまでカリオは自宅待機。パーカーとスポーツパンツという、研究員とは思えない服装で出発するルースを見送る。
「……どうなるんだろうなあ、俺達」
共和国が無くなったのなら、自分達はどうなるんだろう。反乱軍は共和国の軍人のことはどうするつもりなんだろう。ルースも同じような想像をしないのだろうか。彼女は以前と変わらず明るく振舞っている。
「あーダメだ、頭回らねえ。掃除しないと」
カリオは余計な雑念を振り払うかのように、あちこちに散らかる本やチラシを片付け始めた。
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「おはよう、ルース。あの子がもう起きてるから早く行ってやってくれ。俺じゃ嫌なんだと」
「おはようございます……って、あの子そんな我儘言うようになったんですか、いけませんね」
ケーワコグ共和国陸軍第九技術研究所。
上司に気さくに挨拶をしたルースは、自分の荷物をデスクに雑に置くと、すぐにある部屋に入っていく。部屋の中には玩具が沢山と、黒髪で短めのミディアムヘアの女の子が一人。
「ルース! 遅いです! 朝ごはん先食べちゃいました。サンドイッチ!」
「おはようマヨちゃん、ジローさん困らせてたでしょ? 全くもう」
足に抱き着いてくる少女――マヨ・ポテトの頭をルースは優しく小突いた。
(マヨ・ポテトの災難EX⑨ へ続く)