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マヨ・ポテトの災難EX⑧




 ◆ ◆ ◆




 メインモニターに映るのは火の海。くずれるかべける鉄骨てっこつ


 まともな精神でいられるのはコックピットという金属の箱に入っているおかげかもしれない。少なくともにおいと音は遮断しゃだんできる。鉄とあぶらげる臭いと悲鳴ひめいを感じ取ってしまっていたのなら、一体どうなっていたのだろう。黒々《くろぐろ》とげた建物とビッグスーツの残骸ざんがいが痛々しく一帯に散らばっている。


「……生体反応なし、各機帰還準備きかんじゅんびを」


 部隊をひきいる小隊長が静かに指示した後、帰還するまで誰も言葉を発することはなかった。




 クマガヤタウン壊滅かいめつから二日後、首都・テエリクシティは陥落かんらく。首脳陣は捕縛ほばくされ、テエリク共和国は解体する運びとなる。




 ◆ ◆ ◆




「――起きてカリオ。ご飯めちゃうから」


 小さな部屋の小さな窓から差し込む光が、開けたばかりの目を容赦ようしゃなくつつく。


 寝汗ねあせのべたつきが気持ち悪く、頭は重い。再び横になりたくなるのを我慢がまんして、カリオは立ち上がって洗面所へ向かう。


 蛇口じゃぐちから出る水はひどく冷たく、鳥肌とりはだが立ちそうになる。眉間みけんにしわを寄せながら顔を上げると、かがみに自分の後ろに立つ女性が映り込む。


「うわ、酷い顔……少しぐらい食べれる?」

「ああ、大丈夫」

「よかった。食べられるときに食べとかないと体に悪いから」


 長い黒髪くろかみをルーズサイドテールにした女性は気さくに声をかける。先日のクマガヤタウンの任務で、疲労ひろう、特に精神的なモノをかくしきれなくなっていたカリオは、そんな彼女――ルース・サテールの気づかいがうれしかった。




 カリオとルースは二人とも、おさなくして両親を亡くし、ホシノタウンの近くの小さな町の孤児院こじいんで暮らしていた。その孤児院の活動を、テエリク共和国の軍の関係者が支援しえんしてくれていたことは二人に大きな影響を与え、カリオは兵士、ルースは研究者として軍に入った。そして今、二人はごく自然に恋仲こいなかとなり、ホシノタウンで一緒に小さな白壁しらかべ一軒家いっけんやに住んでいる。


 内戦が始まったのはカリオが二十歳になり、ルースがもうすぐ二十一歳の誕生日を迎えようとしていた時だった。国土面積こくどめんせきの大きさゆえ行政ぎょうせいに必要なリソースの不足に悩まされていた政府に対し、しびれを切らしたいくつかの都市が、共和国からの離脱りだつを求めたのが始まりである。


 まだ小さかったカリオとルースに、あたたかな食事をくれたその手は、彼らが大きくなるとじゅうを持つ手になっていた。




「ルースの方こそ大丈夫なのかよ」

「んー、私?」


 フォークで目玉焼きをつつきながら聞いてくるカリオに、ルースはほうれん草のスープを飲みながら答える。


「まあいそがしいっちゃ忙しいけどね。カリオの話聞くと、そっちの方がずっと心配」


 カリオは目玉焼きを口に入れる。ケチャップがいつもより酸味さんみが強い。


「それに最近アレなの。そう、子供こども! 詳しくは言えないけど子供の世話、手伝うことになってさ。可愛かわいいのよ」

「子供? 研究所の仕事で?」

「あー……詳しくは言えないの」


 ルースは目玉焼きにケチャップをかける。その容器のラベルを見ると、やっぱりいつも買っているブランドのモノとはちがあっていた。


「子供って本当にいやし。いや、まあ自分の子供育てるとか、そういうのになったら悩みとかもいっぱい出てくるんだろうけど……とにかく、私は大丈夫。だから、カリオは何も気にせずゆっくりしてね――もう戦争だって、終わるんだろうし」


 ルースはそういってパンを千切ちぎって口に放り込むと、笑った。




 ――内戦が終わる。終わったら小さかった頃、本当に夢見た「やさしい軍人」をまた目指せるのだろうか。それとも自分みたいな人殺しがそんな事をねがうのはおこがましいのだろうか。


 戦いの最中、まどう人々に向けて銃弾じゅうだんが放たれるのを見た。ビッグスーツの武器に用いる大きな弾丸だんがんは、人を一瞬で小麦の実のように粉々《こなごな》にした。あまりにもうそのような光景で、その瞬間はかえって平気だった。戦場から駐屯地ちゅうとんちに帰還した時、その恐ろしさにやっと頭と体が気づいて、廊下ろうかで人目もはばからずにいた。




「もしカリオが地獄じごくに落ちるなら、私も一緒に行くよ」




 ある日、「天国があったとしても、俺はもう行けそうにないな」と冗談じょうだんめかして言った時、ルースは笑顔でそう言った。


「同じ軍で働いているんだしね。元々一緒に暮らすのだって、この先ずっと、ってつもりだったし。死んだ後の事なんてわかんないけど、もしそういう場所があるなら私も一緒。でもそんな心配よりまずは生きてる間の心配。怪我けがとかしないように気をつけて、ね?」





「今日は早めに帰れると思う。カリオ、つかれてたら掃除そうじはまた今度でもいいよ」

「少しくらい体動かさないとかえってつらいし、やっておくよ」


 首都が落ちた今、上官からの連絡があるまでカリオは自宅待機じたくたいき。パーカーとスポーツパンツという、研究員とは思えない服装で出発するルースを見送る。


「……どうなるんだろうなあ、俺達」


 共和国が無くなったのなら、自分達はどうなるんだろう。反乱軍は共和国の軍人のことはどうするつもりなんだろう。ルースも同じような想像をしないのだろうか。彼女は以前と変わらず明るく振舞ふるまっている。


「あーダメだ、頭回らねえ。掃除しないと」


 カリオは余計よけい雑念ざつねんを振り払うかのように、あちこちに散らかる本やチラシを片付け始めた。




 ◆ ◆ ◆




「おはよう、ルース。あの子がもう起きてるから早く行ってやってくれ。俺じゃいやなんだと」

「おはようございます……って、あの子そんな我儘わがまま言うようになったんですか、いけませんね」


 ケーワコグ共和国陸軍第九技術研究所きょうわこくりくぐんだいきゅうぎじゅつけんきゅうじょ


 上司に気さくに挨拶あいさつをしたルースは、自分の荷物をデスクにざつに置くと、すぐにある部屋に入っていく。部屋の中には玩具おもちゃが沢山と、黒髪で短めのミディアムヘアの女の子が一人。











「ルース! おそいです! 朝ごはん先食べちゃいました。サンドイッチ!」

「おはようマヨちゃん、ジローさんこまらせてたでしょ? 全くもう」


 足にき着いてくる少女――マヨ・ポテトの頭をルースは優しく小突こづいた。




(マヨ・ポテトの災難EX⑨ へ続く)

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