◆　◆　◆

　第九技術研究所から一・五キロメートルほど離れた地点。

「こ、こいつ――」

　刺突しとつ！

　パイロットの言葉を遮さえぎるかのように、白いクロジのコックピットを青いビームソードが貫く。手にしているのはもう一機の白いクロジ。その周りには三機の白いクロジの残骸ざんがい。

　ユーリを倒たおした襲撃者達しゅうげきしゃたちは、カリオを追跡ついせきし攻撃を仕掛けたものの、カリオの反撃を受けて全滅ぜんめつした。

　敵の機体からビームソードを引き抜くと、カリオは研究所の方へ向き直る。アイカメラをズームさせ、コックピットのサブモニターに研究所の周囲の映像を映し出す。

（……！　軍用車両複数。非常時だから避難ひなん用……いや、町を攻撃しているのはアイツら……マズいな）

　カリオは素早く跳躍ちょうやくして、研究所へ上空から接近する。空戦くうせんに特別優れた機体ではないクロジでも、この距離なら二十秒とかからない。

　入り口前で着地する。すぐに片膝立ちになった機体の胸部コクピットから、カリオは飛び降り、周囲の様子を探る。

　血の匂におい。

　カリオの胸の鼓動こどうが早くなる。入口へ近づくと、射殺しゃさつされた研究所スタッフの死体がいくつも転がっていた。

　カリオは腰こしにぶら下げている刀かたなに手を添そえる。何者かがこの研究所を襲撃している。

（……ルース、頼む……どうか）

　カリオは大きく一呼吸入れると、研究所の奥へと進み始めた。

　◆　◆　◆

「タイムマシンだと……！？｝

　コレスは目を丸くして驚おどろいたが、すぐに眉間みけんに皴しわを寄せ、ルースを睨にらみつけた。

「くだらん脅おどしを。ああそうさ、信じないさ。ふざけたこと言っているとすぐに殺すぞ」

「そう、私はここで死ぬでしょうね」

　ルースはコレスの脅おどしに屈さず、毅然きぜんとして鋭い眼差まなざしをコレスに向ける。駆動音は増し、激しい光が暗かった倉庫を照らす。

（なんでこんなこと言ってるんだろう私。別に死にたいわけじゃないんだけどな）

「ルース！　この機械何ですか！　なんで動いてるです！　開けるです！」

　後ろからマヨの叫さけび声と、扉を激しく叩たたく音が聞こえる。

（……ああ、そっか。そうよね）

　ルースは心を決める。目の前の銃口じゅうこうに背を向けて、窓越まどごしにマヨと目を合わせる。

「ルース！」

「いい？　マヨちゃん。これからあなたは知らない場所に突然飛ばされると思う。この前そこにあるソラマメで遊んだでしょう？　まだ運転の仕方覚えてるよね。このロケットが止まったらそれで街まちを探して」

　マヨの目に涙が浮かぶ。感じていた。ギリギリの状況。目の前の人の覚悟。これから何が起こるか。声を震ふるわせながらマヨは必死でルースに呼びかける。

「……ルース、ルースも」

「私が入るスペースはない。無理して乗ると事故になるかもしれない。だからゴメンね。マヨちゃん一人で頑張って欲しいの。ホントにゴメン」

「嫌いやだ！」

　マヨは叫ぶ。

「嫌だ！　ずっと楽しかったのに！　前住んでた所と違って楽しかったのに！　前住んでた所は、お母さんいなかったから、でも今は……今はルースがいるのに！」

　マヨの言葉にルースは思わず目を大きくして、息を吞のむ。口を手で覆おおい、涙を堪こらえる。

「その機械を止めろルース・サテール！　本気だぞ！」

　思わぬ状況にコレスは声を大きくしてルースを脅おどす。

「コレスさん！　まだ撃ちませんか！」

「ダメだ！　エシュルに何かあると……」

　ギュオオオ！！

「……！！　何だアレは！」

　コレス達は思わず後ろに一歩下がる。機械――タイムマシンの上に、渦うずを巻く大きな穴が現れたのだ。

　時空の点と点を繋つなぐ抜け道――ワームホール。

　ロケットのような形のタイムマシンはそのワームホールに向かって、ゆっくりと上昇していく。

「ルース！！」

「マヨちゃ――」

　パ　ン

「……！」

　乾かわいた銃声が響ひびく。コレスの右手の拳銃の銃口からは硝煙しょうえんが立ち上っている。

――焦りのあまりコレスの撃った弾丸が、ルースの背中を貫つらぬいていた。

上昇していくタイムマシンの中から、マヨは倒たおれるルースを見下ろす。

「う……うう……」

　動かなくなったルースから、無情むじょうにもタイムマシンは上昇して離れていく。

「うあああああ！！」

　ワームホールに吸い込まれるタイムマシンの中で、マヨは慟哭どうこくする。　

「コレスさん！？」

　事前に撃つなと指示されていたコレスの部下達は戸惑とまどう。コレスは苛立いらだちで唇くちびるをわなわなと震わせている。

「クソッ、この女どうして……お前ら！　タイムマシンをなんとかしろ！」

「そんなこと言われても！」

　慌あわてて小銃を上に構える部下達。だがそれは遅おそかった。タイムマシンは完全にワームホールの中へ消え、そのワームホールもみるみるうちに小さくなり、閉じてしまった。

　元の薄暗うすぐらさに戻った倉庫の冷たい地面に横たわるルース。その目には倉庫の壁でも銃を持った襲撃者でもなく――カリオと一緒に住んでいる白壁しらかべの小さな家が見えていた。

　マヨちゃん、逃げ切ったら、一緒に暮くらそう。

　カリオなら大丈夫。あれで結構優やさしい人だから。

　ん……なんか、寒くなってきたな。

　ああ、そっか。私死んじゃうのか。

　嫌だよ、こんな寂さみしいの。

　――……カリオ。

　◆　◆　◆

「銃声じゅうせい……こっちか！」

　発砲音を聞いたカリオは音のした方へ走っていく。

「……！　おまえ……カリオ・ボーズ！」

　角を曲がったところでカリオは思わず足を止める。小銃を持った集団と、ロングコートを着たコレス大佐たいさと出くわしたのだ。

「コレス……」

　その瞬間、カリオの頭の中では一つの確信が芽生えていた。思わず口から言葉となって出る。

「……おまえのせいか！」

　ダダダダダ！

　コレスの部下達は小銃を斉射する。カリオは抜刀し、数発を弾いて廊下ろうかの角に再び戻り、身を隠す。

「おまえがやったのかコレス！」

　角からカリオが叫さけぶのを聞いてコレスは舌打ちする。

「あのバカ女を迎えにでも来たかカリオ・ボーズ！」

「あの女？　……ルースのこと知ってんのかテメェ！」

「コレスさん！　こちらへ早く！」

　部下がコレスに、カリオのいる方向と反対側へ退くよう促す。他の部下達も銃を撃って牽制しながら退いていく。

「コレスさん、町の破壊に向かわせたビッグスーツ隊と連絡が取れません！」

「……！　カリオ・ボーズの仕業か！　後詰ごづめのビッグスーツ隊をこの研究所に向かわせろ！　アイツをこの町から出すなと伝えろ！」

　銃撃で身動きが取れないカリオのいる位置から、コレス達はどんどん離れていく。

「待てコレス！　てめぇルースは……コレス！！」

　銃声が聞こえなくなる。コレス達はカリオの視野しやから既に消えていた。

　カリオは一瞬追おうとしたが、すぐにルースを探すことに意識を切り替える。先ほど銃声がしたのは下から、地下の階からだ。

（ルース……）

　静かになった研究所内をカリオは駆かけていく。雨音と自分の足音だけが響く中、カリオは薄暗い倉庫へと辿り着いた。

「……ルース」

　血だまり。

　倒れている長い黒髪の女性。

　カリオはそこへ駆け寄り、抱き起こす。

　光を失った瞳。

　朝も夜も、ずっと傍そばにいた人の顔。

「ルース」

　カリオは小さな声で女性の名前を呼ぶ。温度を失いつつあるその体は、少しも動かない。

　カリオの目から涙がこぼれる。

「嘘だ……ルース、起きろ。ルース、ダメだ、こんな……」

　今朝もいつもと変わらぬ明るい笑顔を振りまいていた、愛する人の変わり果てた姿。人形のように無機質むきしつな表情のまま動かぬ彼女の体を、カリオはぎゅっと抱きしめる。

「――うあああああ！！」

　カリオの絶叫が倉庫に響く。

　雨は強くなっていく。

　町が痛みで泣いているかのように。

（マヨ・ポテトの災難EX⑯　へ続く）