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マヨ・ポテトの災難EX⑯




 ◆ ◆ ◆




 分厚ぶあつい雲はひど鈍色にびいろをしていた。おもたく、強い雨が、びちゃびちゃと音を立ててり注ぐ。


 雨粒あまつぶが降って来る空の反対側、地上のあちこちからはほのおけむりが立ちのぼる。希望きぼう一欠ひとかけらも感じさせない暗い情景じょうけいが一帯に広がっていた。




 カリオのクロジは、そこで青いビームソードをにぎり、立ちくしていた。


 数機のビッグスーツの残骸ざんがいが、カリオの機体の周囲に転がっている。研究所襲撃しゅうげき後にコレスが呼び寄せた後詰ごづめの部隊。カリオはそれらも難なくり伏せていた。




 コックピットでカリオは冷たくなったルースの体を抱え、うつむいていた。


 前方から近づいてくるビッグスーツの影。


 不思議と敵ではない、とすぐに感じた。その直感の通り、現れたのは白いクロジではなく、二機の黒い「コイカル」というモデルの量産機。


 通信が入り、カリオのコックピットのスピーカーから男性の声が聞こえてくる。


「そこの白いクロジ。俺達二機は反乱軍にやとわれた傭兵ようへいだ。この町で戦闘せんとうがあったと聞いて偵察ていさつに来ている。そちらの所属とこの状況について知っていることを教えてくれないか」




 ◆ ◆ ◆




 一つ夜をえて、日がのぼり少し経った頃。


 雨は上がり、日差しがれた地面を乾かしていく。カリオを発見した黒色の機体のパイロットの一人、ニッケル・ムデンカイは木の板を十字架じゅうじか状に組み合わせて作った、いくつもの簡素かんそはかの前で、手を合わせた。


「ごめんニッケル、あちこち焼けていて添える花なんて見つからなさそう」


 ニッケルの後ろから声を掛ける赤いモヒカンの女性。もう一機の黒い機体のパイロット、リンコ・リンゴだ。ニッケルはショートアフロにした頭をきながら答える。


「俺たちみたいな通りすがりの祈りだけが手向けか。済まねえなぁ」




 町は近隣から救援きゅうえんけつけてきた治安部隊や医療いりょうスタッフで騒がしくなっていた。まだけむりが上っている場所もあり、何人もの男たちが懸命けんめいに動かした瓦礫がれきの下からは、ひどきずついた死体が何体も出てきている。辛うじて生き延びたものの、目から光を失った町民達の間を、医者達が走り回る。


「……さっき言っていた事だが、アンタの気分が落ち着いてからでいい。と言うか無理だろ。少し俺達のかんでゆっくり休まねえか? その……変なところに突き出したりとかはしねえからよ」


 ニッケルは瓦礫にもたれ掛かって座るカリオに声をかける。カリオはニッケルを見上げて目を合わせたが、すぐに目を泳がせた。


「そこまで世話になるつもりは……」

「世話もへったくれもないでしょ。住んでる町も大切な人もうばわれた人を見捨てるような冷たい女に見える私?」

「見えるんじゃねえの、傭兵だし頭モヒカンだし」


 カリオの顔をのぞき込むようにして話すリンコをニッケルがからかうと、リンコはニッケルの腹にパンチを入れた。


「うぐ」

「おなかいてるでしょ? 私も空いたしウチの船でご飯食べようよ、丸刈まるがりのお兄さん」




 ◆ ◆ ◆




 日はあっという間に空を横切って夜になっていく。医務室で横になっていたカリオはねむりから覚め、ガバッと勢いよく体を起こした。


「よう、起きたか」


 寝ていたベッドの向かい側、デスクに座った船医せんいのヤム・トロロがカリオに声を掛ける。


「俺……あ、いてっ」

「まだゆっくりしておけ。ここに来る途中で気を失って倒れたんだ。相当大変な一日だったみてえだな。怪我けがは勝手に手当てさせてもらったぞ」


 カリオはそう言われて自分の右肩を見る。肩には白く、大きなガーゼがられていた。


「そんな状態でよく戦えたもんだ。しばらくは動かさないようにしろ。あと一日に一度俺がる」

「いや、ちょ、気失ってどれくらい……」

「半日ぐらいさ。腹が減ってるだろう。メシ、余ってないか見てきてやるよ」


 カリオは立ち上がろうとするヤムをあわてて制止する。


「ちょっと待て、飯から治療まで何から何まで面倒見てもらうなんてその……」

「んなこと言ったってなぁ。お前さんの機体も艦に入れちまったし、部屋だって空き部屋がちょうどあるからそこをお前さんの……」

「……え?」




 ◆ ◆ ◆




「フレーム剛性強化ごうせいきょうか人工筋肉あくちゅえーた交換……うわ、ここ重さけずってるのかエグッ! このクロジすげえなぁ。どんだけ改造してあるんだ。武器ビームソードだけのクセに」




 地上艦「レトリバー」。




 サンディブラウンの色をしたその艦の格納庫で、チーフメカニックのタック・キューがカリオの機体をあちこち観察している。


「いや、ちょ、なんで俺の機体が!?」


 クレーンの先に乗ったタックが、調べていた機体の足元、声のする方へ目を向けると機体のあるじ戸惑とまどいの表情を浮かべて見上げていた。


「おー、話は聞いたぜ。すげえなアンタの機体。こりゃじっくり勉強しないと整備せいび支障ししょうが出そうだ」

「整備って、おい、あの俺は……」




 混乱するカリオの横に、並んでくる男がいた。レトリバーの艦長、カソック・ピストンである。


「起きたか。早速だがおまえ、ウチの艦で傭兵やってみねえか?」

「ハァ!?」


 突然のカソックの申し出にカリオはさらに困惑する。


「共和国軍で名をせる三人のエースパイロット。その内の一人はビームソード一本で三桁さんけたのビッグスーツを撃墜げきついしたらしいが、その本人に会えるとはな」

「いやいやいや! 三桁はやってねえよ!?」


 二桁ふたけたはやってるのか? とクレーンの上のタックが考えていると、カソックはひげさわりながらカリオの目を見る。


「これから先、どうするつもりなんだ? 何か決めてるのか」

「む……」


 カリオは自分のクロジを見上げる


「……流石に今日いきなり決められねえよ」




 今日は何から何まで散々《さんざん》だった。仲間を殺され、住んでいた町をこわされ――愛する人を失った。その上、気づいたらなんか知らない傭兵グループの艦にかつぎ込まれている。


「……そうだな。そりゃそうだ」


 カソックはびをしながら大きく欠伸あくびをした。


「空き部屋の話は聞いてるよな。もうすっかり夜だし、そこでゆっくり休んでくれ。多分この町には、クライアントから次の任務にんむの連絡が来るまで滞在たいざいすることになる。この艦を自分の家だと思ってくつろいでくれて構わねえから、さっきの話、考えてみてくれ」

「いや、流石に泊まるとこまで世話になるわけに……」


 カリオが遠慮えんりょするのも聞かず、カソックは歩き去っていった。上のタックは何事もなかったかのようにまたカリオの機体の観察に没頭ぼっとうしている。




 その白いクロジを見上げて、カリオは小さい頃にあこがれていた軍人を思い出す。孤児院こじいんが世界の全てだった頃、親のいない自分にありったけのあたたかさをくれた、武骨ぶこつな顔で、でもいつも笑っていた何人もの兵士達のことを。


(……)


 大きくなって彼等に追い付こうとしたら、いつの間にか自分の手は血でれていた。斬り捨てた人々の命をかてに、今自分はこうして生きている。


 そんな俺に、地獄じごくまで一緒について行くと笑ってくれたルース。


 最後まで自分のことを気にかけてくれた軍の仲間たち。


(……地獄に行くのは、俺一人でいい)


 カリオは目をつむる。


(神様、神様よう……俺はどうしたら……どう生きれば、ルースとみんなは天国にいける?)




 ◆ ◆ ◆




 一週間ほど経った。襲撃を受けたホシノタウンでは、まだ多くの医師や近隣都市きんりんとしの治安部隊、自治体職員じちたいしょくいんが活動を続けている。生き残った町民で動ける者達は、別の町への移住ができないか模索もさくしていた。頭より心で、彼らは感じていた――おそらくこの町が、元のようによみがえることはない。




 そんな状況の中、サンディブラウンの地上艦「レトリバー」に次の任務が通達つうたつされる。未だ苦しい状況にあるホシノタウンを複雑な気持ちで見つめるクルー達を乗せて、レトリバーは次の町へと出発する。






 多くの大切な物を失い、「剣」だけが手元に残った新たな仲間を乗せて。






 それから二か月後、テエリク大陸の中部である傭兵グループのうわさが流れるようになる。


 マジメな奴からマジメな仕事しか受けないマジメちゃんの傭兵達、「黒」一色に塗装されたビッグスーツに乗る三人組の傭兵――


 ――「ブラックトリオ」の噂である。




(マヨ・ポテトの災難EX⑰ へ続く)

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