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マヨ・ポテトの災難EX㉕




 ◇ ◇ ◇




「シャマス……兄ちゃん……」


 遠く、しかしはっきりそれとわかる気配を、頭上で輝く光の向こうに感じる。水中とも宇宙とも知れぬ空間に浮かびながら、マヨはそちらへ手を伸ばそうとして――思いとどまる。


「いかんです、しっかりするです私! カリオ達が帰るまでコイツを気合いで押さえつけるですがや!」


 頭と胸をめぐる暴力的な衝動。まだ幼いマヨは歯を食いしばってそれと戦う。


「カリオ達が……帰るまで……カリオ達が、帰ったら……みんながここから、いなくなったら――」


 暗闇の底へ引っ張られそうになる。懸命けんめいあらがうもしかし――






「みんながいなくなったら――私は――?」






 ――不意に力が抜けたかと思うと、頭上の光が遠くなっていく。ぐんぐんと意識が下へ、下へとしずんでいく。


 胸の内からは破壊衝動が黒いつめとなってあふれ出ていく。


(ダメです……でも、もう、とても眠くて……)


 爪が何かを切りく感触がマヨの胸に伝わり、おぞましさで満たされていく。仲間を手に掛ける感触を味わいながら、少女の意識はいよいよ消え失せようとしていた。




 ……

 …………

 …………




 ――――




 ――光が消えたかと思った瞬間、別の青い光が闇を裂いて溢れてくる。強くなる光に少女は閉じかけたまぶたを再び開く。


 この光を私は知っている。


 一人ぼっちで荒野を彷徨さまよい、死にそうになった時、もう終わりだと思った時、助けてくれた青い閃光せんこう




「……むお!? カリオ……!?」


 マヨは目を大きく見開く。


 そこにあの丸刈まるがりの男の姿は見えない。


 けれども確かにそこに――そこに、彼はいる。


「カリオ!!」


 黒い爪はぐんぐんと短くなっていき、胸の内に消え、不快感もなくなる。


 青い光が闇をりつぶしていくにつれ、マヨの破壊衝動は小さくなり、沈みかけてた意識が浮上してくる。


 マヨは光の元へ手を伸ばす。




「カリオ!!」




 ◇ ◇ ◇




 ドォン!


「基地内に何者かが侵入! 高速で移動しています!」

「フフフ、そうか誰かが侵入……えっ?」


 愉悦ゆえつひたっていたコレスに、部下があわてて報告する。あり得ない話にコレスは笑顔のまま一瞬固まり、基地の監視カメラの映像を見るとその表情を変えて狼狽ろうばいする。


「は? いや、え、待てどういうことだ!? 何故この状況で基地内に入ってくることができる!」

「不明機……これは……格納庫に接近中です!」




 ◇ ◇ ◇




 ドォン!


 巨大な格納庫の壁に大きな穴があき、ほこりが舞い上がる。穴をあけた侵入者は格納庫の奥を見据みすえる。そこに鎮座ちんざするのは、よろいを着たカエルのような巨大機動兵器「プルツ・サンデ」だ。


 プルツ・サンデは甲高かんだかい起動音を鳴らながら、装甲の隙間から緑色の光をらしている。侵入者――カリオの乗った黒いクロジはそちらへ歩みを進める。




 ズバァン!




 プルツ・サンデの目と鼻の先まで近づくと、カリオはマヨの気配がするプルツ・サンデの胸部目掛けてビームソードで斬りつける。斬られた胸部装甲きょうぶそうこうが地面に落ち、コックピットの中が見えるようになると、そこにはいくつものケーブルが繋がったヘッドギアを被せられ、シートに座る検査着姿のマヨがいた。


 カリオは、自分のヘッドギアを外し、クロジのコックピットの扉を開けると、大ジャンプしてプルツ・サンデのコックピットへ乗り込む。


 物騒ぶっそうな見た目のヘッドギアを前に、果たして無理に外していいものかと迷っていると、不意にマヨが両手でヘッドギアをつかみ、もがくようにして強引に外した。当然、マヨの髪の毛は寝ぐせのようにボサボサのぐちゃぐちゃになる。その様は正に寝起き。


 完全に覚醒し、外のまぶしさに目を細めるマヨに映ったのは、はだを所々赤くしたカリオの姿だった。


「クソッ、あちこち火傷やけどしちまった。そんなに助けに入るのいやがらなくてもいいだろ、何かうらまれるようなことしたかってんだ」

「……カリオ」


 たった数日。拉致らちされてからたった数日会えてなかっただけだ。それなのにマヨには、体のあちこちを火傷やすり傷で赤くしたカリオの姿が、何年も会っていない家族のように思えた。




「――すまねえ、おそくなった。もう大丈夫だ」

「……カリオ……!」



 カリオは雑にマヨの頭をでる。マヨの目から大粒の涙があふれて、その顔はぐしゃぐしゃになる。マヨはカリオの名前を叫びながら、彼のふところに飛び込んで大声で泣いた。




 ◇ ◇ ◇




「プ、プルツ・サンデと生体ユニットとの接続切断! 自動運転に切り替わります! あと十分で強制動作停止……!」

「何者だ! クソッ、シトドの全機発進準備急げ! 私も出る!」


 圧倒的な力に酔いしれていたところに水を差されたコレスは激昂げきこうし、大声で指示を出す。六機のシトドが並ぶ格納庫では急ピッチで発進準備が進められる。




 ◇ ◇ ◇




「む、外の竜巻……よくわからんがまだ消えてねえな」


 泣き止んだマヨをコックピットで隣にすわらせ、カリオは脱出の機会を伺う。


「……! クソッ、もう敵のビッグスーツ出てきやがったか。支給された実体剣もお釈迦しゃかだし、どうするか……」


 レーダーに複数の反応が出るのを見て、眉間みけんしわを寄せるカリオの横で、マヨが腕にしがみつきながら彼の顔を見上げる。


「……大丈夫だ。なんとかしてやるから」

「カリオ、私も戦うです」

「……!」


 カリオのおどろく顔を、マヨの意志の強くこもったひとみが見つめる。


「私のコトさらった奴……えっと昔……その、昔のこと思い出したです! ……私の……お母さん、じゃないんだけど、それみたいな、大事な人を殺して、ジローっていうおじさんも……」


 たどたどしくマヨが話すのを聞くと、カリオも口を開いた。


「……わかった。実は――いや、やっぱいい。てか、奇遇だな。今回お前をこんな目にあわせたヤローにはな、俺もムカつくことがあってよ。だから、丁度いい」




 カリオはルースと自分との関係をあえて伏せてそう答えると、しがみつくマヨの両腕を見る。


「……最初に会った時――荒野こうやのド真ん中で盗賊に追われてたお前を助けた時も、こうやってしがみつかれてたなぁ。あの時はソラマメしだったけどよ」




 カリオは格納庫の入り口を真っ直ぐに見据える。そして、腰のビームソード「青月」の充填部じゅうてんぶを左手で軽くにぎった。






「しっかりつかまってろ――俺から離れるな」






(マヨ・ポテトの災難EX㉖ へ続く)






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