目次
ブックマーク
応援する
3
コメント
シェア
通報

GET READY FOR SECOND JAM⑧




 ◇ ◇ ◇




タカハシシティの正門から入って、少し進んだ位置に大きな四角推しかくすい状の工場が建っている。トーグリ・タンプルのビッグスーツ工場、「ツルレーシ・ファクトリー」である。


 その第一格納庫。搬入口はんにゅうぐちのそばで車から降りたタニシャ・メークイン……改めマヨ・ポテトとスケトは、休憩スペースらしき場所の小さな椅子いすに座る。


「……」

「スケト、大丈夫っすよ。とーちゃんは大丈夫です」

「で、でもよ……いや、ありがとな」


 車を片付けたタックが頭をきながら二人に歩み寄って来る。


「そら心配だよなぁ、それをこらえて……マヨより大人だな」

「うっせえタック! エロ本あげたら喜ぶって言ったくせにスケトには効果ありませんでしたよ!」


 マヨがタックをにらみつけて威嚇いかくするのをスケトは冷ややかな眼差しで見守る。


「じゃあこの人がタニシャが言ってた変態のおっさんか」

「おっさんじゃねえ! あ、三人とも帰ってきたな。少しデカい音がするぞ」




 格納庫の搬入口から数十メートル手前に、三機の黒いビッグスーツが着地する。十メートルの巨人がゆっくりと格納庫の中へと、重い足音を鳴らしながら歩いてきた。


 ビッグスーツの威容いようを今までで一番間近で見て、スケトは息を呑む。そのままそれぞれのパイロットが降りて来るまで視線を奪われ続けた。


「ニッケルー! リンコー! ハゲカリオー!」

「ハゲてはねえよ。いや待て、滅茶苦茶めちゃくちゃデカくなってねえかおまえ!?」


 三人のパイロットが歩み寄って来るところへ、マヨは彼らの名前を呼びながら駆け寄る。


「ニッケル、その鼻についてるのなんですか」

「これはその……師匠がな……」

「ちょっと待って、え、なんでそんなマヨ背伸びちゃったの!?」

「目隠ししてるのになんでわかるですかリンコ」


 スケトはあんぐりしてその様子を眺める。裏社会から高額の懸賞金けんしょうきんけられている連中が今、友達の少女となごやかな会話を始めている。その様子は彼を困惑させていた。


 仲睦なかむつまじい様子をみて、ふとスケトは自分の家族――父、ナツトのことを思い出した。


「そうだ、父ちゃん!」

「……? おい、マヨ。その子は」

「友達のスケトです。大丈夫です、マフィアのスパイとかじゃないです。多分」


 マヨの言葉にツッコミを入れそうになるスケトだったが、歩み寄って来るカリオを見て真面目な顔になる。


「あ、あの……父ちゃん、じゃなくてえっと、正門前にいた人型戦車のパイロットはその……」


 たどたどしく、しかし真剣な面持ちで聞くスケトの顔を見て、カリオはかがんで彼と視線を合わせて、答えた。


「あの人型戦車のパイロット、お前の親父さんか。大した損傷はなかったみたいだし無事だろ。今から詰所つめしょに連絡してやる。おいタック」

「俺がやるの!?」


 スケトは少し安心して、ほっと息を吐いた。




 ◇ ◇ ◇




にせ「レッドハイエナ団」、傭兵ようへいバッケ・ダヌキの一味との戦闘から三日後。


「のわー!」

「うるせえぞスケト」


 ウダラ家。郵便物ゆうびんぶつに交じっていた手紙を読んで叫ぶスケトを、ナツトがたしなめる。ナツトはあの日から三日間、特にケガもなかったのだが家で休養を取っていた。


 あの日、ツルレーシ・ファクトリーでスケトが保護されていると連絡を受け、ナツトが迎えに行ったところ、二十分近くスケトにその場で泣かれる羽目にあった。一緒に過ごす時間が少なかったこともあって、それだけ自分の息子に目の前で泣かれる経験をしたのは彼にとって初めての事であった。流石に気まずくなり、職場にシフトの調整をお願いして、しばらく家で過ごすことになった。


(……親離れどころの話じゃねえな、むしろ普通より長く甘えられそうだ)


 ナツトはため息を吐いて困ったようにまゆを下げるが、不思議と口元はゆるんでいた。


「父ちゃん! 俺ちょっと出かけてくるからキャッチボールは後でしような!」

「あん? どっか行くのか?」

「タニシャ、タニシャが街を出るって!」




 ◇ ◇ ◇




「実行犯のバッケ・ダヌキは捕縛ほばく。賞金の内の七千万テリはこちらへ入金される予定。バッケに襲撃しゅうげきの依頼を出したのは……タカハシシティの企業の重役か。自分は襲撃の被害者をよそおいながらライバル企業にダメージを与えるつもりだったみてえだが、市民も巻き込みかねない物騒ぶっそうなやり方しやがる。こっちも早々に逮捕……本物のレッドハイエナ団の捜索は継続中だとさ」

「まあでも修行帰りに臨時収入りんじしゅうにゅう来ちゃったねえ」


 タカハシシティの地上艦港に鎮座ちんざする、オレンジ色の大型の輸送艦「レトリバーⅡ」。カソック・ピストン率いるカリオ達の傭兵チームが、新たに拠点とする新型艦である。前任のレトリバーと似た雰囲気の食堂兼休憩スペースで、ニッケルとリンコは自治体より送られてきた手紙を読みながらくつろいでいる。


「あれ、食堂にもいねえ。マヨ見てねえか?」


 食堂に入ってきたカリオが二人に声をかける。ニッケルとリンコは首を振って返事した。


「帰ってきて早々お父さんっぽいねカリオ」

「馬鹿言ってねえでおまえらも探してくれよ。そろそろ出発だろ」




 ◇ ◇ ◇




「……よし、いざ参る!」


 地上艦港の岸、マヨは一機のラジコンを地面に置く。彼女がコントローラーのスティックを操作すると、にくたらしい顔をした丸いキャラクターのラジコンが、ヘリコプターのような羽を回転させて宙に浮く。


「おお……最新型もかわいい顔して飛びますなぁ……んにゃ?」


 マヨは街の方から駆けてくるスケトの姿を見つける。


「スケトー!」

「タニシャ! おまえ、なん……なんだよ、急だろ! ……街出るってホントなのかよ!?」

「おう!」


 マヨは憎たらしい顔のラジコンを着地させると、息を切らすスケトの前でポリポリと頭を掻く。


「いやーホラ、クルーのみんなにはちゃんと挨拶してけって言われたんすけど照れくさくてつい……ミナミとカワメとか、他のみんなにも手紙を送ったりしたんですが……」

「……やっぱり、〝マヨ・ポテト〟だからなのかよ?」

「うん、その、危ねえのもあるんすけど……」


 マヨは少し目を泳がせた後、後ろのレトリバーⅡを見上げた。


「……この船がわたすのおうちみたいなもんなんで……」

「……」


 スケトは数秒プルプル震えていたかと思うと、はーっっと大きくため息を吐いた。


「じゃあしょうがねえかあ。でも手紙だけってのはひどいぜ」

「なんですかわたすにれたんですか」

「違うわ!」




「いたー! マヨ!」


 乗船口の方からリンコの大きな声が通る。


「あ、リンコ」

「もうすぐ出るから準備してって。あ、その子、友達?」


 リンコがマヨに歩み寄ってそう言うと、スケトは少し気まずそうに、小さな声で「はい」とうなずく。


「あーそっか……そうだよね。どうしよ、えーと……よし! これしかないな、マヨ」


 リンコはマヨの耳に顔を近づけて何やら耳打ちする。


「……ホントですか!? タックのエロ本作戦と違ってちゃんと感謝の気持ちが伝わりますか!?」

「ちょっとタックと一緒にしないで。ダイジョブダイジョブ、リンコさんを信じて」




 そう言うとリンコは再び艦内に戻っていく。マヨは改めてスケトの顔を見つめる。


「な、なんだよ」

「……いつかまた必ずこの街にも戻ってくるです。そしたらまた一緒に遊んで欲しいです」




 マヨはそう言うとスケトのほおにチュッと軽く口づけした。




「な!? なっ!? なっ!?」

「んじゃ出発するです! スケトまたね!」


 マヨはラジコンを抱えてレトリバーⅡへ走っていく。その背中を、驚きで目と口が大きく開き、真っ赤な顔になったスケトは見つめる。


 艦に戻って来るマヨを、乗船口からカリオとニッケルとリンコが眺める。


「……おいリンコ。お前マヨに何吹き込んだんだ」


 細い目で睨んでくるカリオとニッケルから目をらしながら、リンコは口笛を吹いた。




「おい、マジかあの艦!?」


 地上艦港で積み荷を運んでいた別の輸送艦のクルー達が、出港したレトリバーⅡに釘付けになる。オレンジ色の船は街を出て少し進むと、船体の横から一対の大きな虹色のまくでできた翼を広げ、空へと舞い上がっていったのだ。


 羽の生えたくじらのようなその姿を、地上からスケトは見上げる。


「……クソッ、とんでもねえ女だタニシャの奴――いや、マヨ・ポテトか……」


 スケトは頬をさすりながら顔を真っ赤にしたまま、しばらく空を見上げていた。




 ◇ ◇ ◇




 遠い遠い宇宙の向こう。


 私たちの住む地球よりもっともっと大きな惑星マール。


 大きな大きな大陸テエリク。


 統治者であったケーワコグ共和国は倒れ、その大陸は混沌の大地と化した。


 傭兵ようへい・賞金稼ぎ・私設軍隊・企業・マフィア・盗賊・テロリスト――


 様々な人々が様々な思惑おもわくの下に来る日も来る日もドンパチドンパチ命をけて戦っていた。




 そんな世界を駆け抜ける、ある傭兵たちとある少女の物語の続きは、ここから始まる。




(GET READY FOR SECOND JAM おわり)

(マスタートリオ・オブ・ブラックトリオ へ続く)


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?