「くそおぉお、またこれかよ!!」
陽光差し込まぬ地下深く、迫りくる大岩を背にオージとワカは急な坂を駆け降りていた。壁に揺れる松明は2人の足元を頼りなく照らす。
綺麗に舗装されているとは言い難い下り坂に2人の体力は次第に奪われ始める。
「君といると退屈しないなぁ!」
大きく腕を振りあげ必死に走る2人。両脇は壁、後ろに迫る大岩はちょうど天井に届くぐらいの大きさで、逃げ道は正面を突っ走るしかない。
「お前のせいでこんなことになってるんだぞ!」
いつもと変わらぬ様子のワカに、ついついオージは声を荒げる。せっかく新調した服は乱れ、さっそく汚れまみれだ。
「石版を触ったのは君のはずだが?」
焦るオージを横目に少しからかうような調子で答えるワカ。どうやら石版を触ったのが原因で大岩に追いかけられているらしい。
オージとは対照的にワカはこんなときでもどこか涼しげだ。まるでこの危機を楽しんでいるかのようだった。
「王家の紋章があるから絶対大丈夫っていっただろ!」
疲れと焦り、そしてほんの少しの怒りでどんどんオージの眉間に皺が寄る。膝が笑いはじめ、足元が乱れていくのが自分でもわかった。
「はて、そんなこといったかな?ところで、こんなに逃げるより君の雷でドカンと一撃、岩を破壊したほうがはやいのでは?」
ワカは走りながらも冷静な提案をするが、オージの顔が曇る。
「
オージの
「お前がなんとかしろよ!」
オージの叫びは半ば懇願に近く、喉がひりつくほどだった。大岩がすぐ背後に迫り、地面の振動が靴底から伝わってくる。
「あぁ!それもそうだな!!」
ワカは軽く笑うと、足に力を込めスピードを上げる。
「お前まだそんな体力が……」
ワカは、ポーンとオージの前に飛び出す。地面を削るように急ブレーキをかけ振り返る。あまりにの勢いに砂ぼこりが舞う。腰をぐっと低く下ろし、右拳を握り込み、脇に構え、左手を添えた。
「
ワカの拳が振り抜かれた瞬間、鋭い風あたりを引き裂いた。淡い光を放つような一閃が大岩に命中すると、轟音とともに岩は細かな破片に砕け散った。
「ふう……これで一件落着だな」
ワカは軽く息を吐き、ホコリを手で払う。足元には砕けた岩の残骸が散らばる。
「城の地下にこんなところがあったなんてな……」
オージは、肩で息をしながら、辺りを見渡し、そのまま地べたに寝そべった。この場所は城の地下深く、城から続く階段を降った先にある。壁には古びた彫刻が刻まれ、松明の光に照らされて不思議な模様が浮かび上がっている。クニを出るための門はこの先にある。
「私も話には聞いていたが入ったのは初めてだよ」
オージは壁についた土ぼこりを指で拭いながら、あたりを探る。
「門まで辿り着けば試練完了ってことでいいんだよな?」
オージは、汗を拭い、疲れが残る身体を無理やり起こし、気力を振り絞った。
「私も詳しくは聞かされてないんだ。ヒントはこの巻物だけさ」
ワカはポケットから小さな巻物を取り出し、オージに向けた。
「巻物?そんなのあるなら……」
オージは、早く言えと言いかけたところで、ワカに言っても仕方ないと諦めた。そんなオージの様子を察してワカが問いかける。
「あら?いってなかったか?」
いつもの顔でニッコリと笑うワカ。そんなワカの視線の先には、土を被った怪しげな石板。
「こんなところにまた王家の紋章が……」
ワカが無邪気に手を伸ばすと、オージは慌てて叫んだ。
「おい!やめろ!」
だが時すでに遅く、ワカの指が紋章に触れた瞬間、ゴゴゴという低い響きが迷宮に響き渡った。オージは身構えたが、大岩は現れず、代わりに壁が軋みながら動きだした。その先には何やら部屋のようになっているらしい。
ワカは疑う様子もなく、その部屋の中に入っていく。オージは、慌てて立ち上がり、ワカの後ろを追いかける。
「今回は私が正解だったようだね」
部屋の中には石造りの大きな扉があった。質素な部屋で扉の他には『第一の試練 大迷宮』と書かれた石板が扉の上に備え付けれているだけだった。
「これが第一の試練ってことは今まで、毒の沼に落ちそうになったり天井には押しつぶされそうになったりしたのは……」
オージが顔をしかめる。どうやらここに辿り着くまでに大岩だけでなく、2人は散々な目にあったらしい。
「はあ……先が思いやられるぜ……しかし、大迷宮ってことは……」
「おそらく迷路だね」
ワカは手に持っていた巻物を広げて神妙な顔をしている。古びた羊皮紙には、かすれた文字が並んでいる。
「その巻物にはなんて?」
オージが尋ねると、ワカは目を細め 巻物を読み上げた。
「『第一の試練 疑え』とだけ書いてあるね」
2人は顎に手をあて頭を悩ませたが、何のことだかさっぱりわからなかった。
「とりあえず先に進むか」
オージは首をかしげつつも、気を取り直して扉を開けた。。
中は通路がいくつかに分かれてるようだった。
「迷うといけないから、目印に岩を落としながら進もうか」
そういうとワカは、足元に転がっていた小岩をいくつか拾い上げ、小岩を落としながら歩き始めた。
「そういうところは、機転が利くんだな……」
オージは感心したように呟き、自分もいくつか小岩を手に持ち、ワカの後を追った。
迷宮の奥は暗く、風が冷たく頬を撫でていく。 進めど進めど、先は見えない。
そんな中、ワカがふと口を開き、歩を緩めた。
「……そういえば私の父にあったことがあるといっていたね!」
ワカの目は好奇心に輝いていた。
「あぁ、小さい頃の話さ。それから王を目指したんだ」
オージは少し照れくさそうに答えたが、どこか誇らしげだった。
「せっかくだから聞かせてくれないか?」
オージは、少し考え込み、ゆっくりと語りだした。
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ー5年前ー
「こら!オージ!きちんと話を聞きなさい!」
村には今日も怒号が鳴り響いていた。どうやらジーヤが、王の功績について熱弁している。
「王様がすごいのはもう分かったよ……でも、俺には関係ないよ……」
眠たげにあくびをしながら答えるオージ。退屈そうに窓の外を見ながら頬杖をついている。そんな様子を見て、ますますジーヤの口調が強くなる。
「関係ないことあるか!いつかはお主も王様を支える立派な魔法使いになるのじゃからな!」
ジーヤは目を見開いて熱弁するが、オージには響かない。
「別に魔法使いには……僕は村で動物のお医者さんになりたいなぁ」
オージの呟きに、ジーヤは大きく息を吐いた。
「はぁ……まぁ、それも良いのじゃがなぁ……しかし!それでも勉強はしっかりせねばだぞ!」
ジーヤの言葉に、仕方なく頷くオージ。
「はーい」
気のない返事を残し、視線は外の景色のままだった。外では風が草を揺らし、遠くで鳥の声が聞こえていた。
その夜オージは眠りつきながら、今日のことを振り返る。布団の中で目を閉じ、ジーヤの熱っぽい声が頭に響いていた。
「本当にジーヤいつもすごい、すごいっていってるよな……あっそうだ!!」
突然閃いたオージは、布団を跳ね除けて立ち上がった。窓から差し込む月光が部屋を薄く照らし、 外からの風が心地よく舞い込んでいた。
「朝だぞ、オージ。起きるんじゃ〜……ん?」
翌朝、ジーヤがオージの部屋に入ると、そこには誰もいなかった。
「おっオージ!?」
ベットの上はもぬけの殻だった。シーツが乱れ、まるで急いで飛び出したような跡が残っていた。 ベットはすでに冷たくなっていた。
「ふぅ、結構歩いてきたぞ……」
オージは、王都に向かって夜通し森の中を歩いていた。ジーヤの熱心な指導により、歳の割には体力があった。
「あっ!あれは!」
目の前に、小さな角を持った獣が横たわり寝息を立てていた。角は小さいといっても体長は 幼いオージの何倍もあった。オージは、忍び足で獣に近づく。
「よーし、かわいい子だねぇ」
近づいたオージは獣を撫でようとそーっと手を伸ばした。その瞬間、獣の瞼があがり、その鋭い眼光がオージに突き刺さる。
「うわっ!」
ぎゃおおおおん
獣の咆哮が森を震わせ、オージは後ずさった。だが足が根に引っかかり、地面に転がってしまう。獣は、立ち上がり、オージのもとへと歩を進める。
「うぅぅ……誰か助けて……」
オージは、恐怖で足がすくみ立ち上がることができない。獣は牙を剥き、今にも飛びつきそうな体勢で構えている。
その時だった。
ドゴォォォン
轟音とともに目の前に雷が落ち、獣を吹き飛ばしてしまった。吹き飛ばされた獣はそのまま何処かへにげていった。雷が落ちた先には大きな背中にマントを纏った男が背を向けて立っていた。
「大丈夫かい?幼子よ」
その大男は振り返りオージのもとに近寄ると片膝をつき、オージに手を差し伸べた。その手は大きく、傷だらけだったが温かさに満ち溢れていた。顔には深い皺が刻まれ、目には優しさと鋭さが共存していた。マントが風に揺れ、その動きすら威厳に満ちている。オージは息をするのを忘れ、ただ圧倒され、初めて「強さ」と「優しさ」が一つになる瞬間を見た。心臓が激しく鼓動し、恐怖が憧れに変わっていく。
オージは開いた口がふさがらず、声を出せなかった。いっときの静寂が森の中に漂った。すると遠くから聞き馴染みのある声が聞こえてきた。
「ぉーい!オージ〜どこじゃ〜無事か〜」
声は次第に近づいてくる。ジーヤだ。
ジーヤはついに、オージを発見したが、ジーヤの視線に飛び込んできたのはオージだけではなかった。
「……ん?あなた様は!?」
ジーヤは、息を切らしてオージのもとに駆けつけるやいなや、男の前で、片膝をついて深く頭を下げた。顔をあげるとジーヤが放しだした。
「お久しぶりです。バシレウス王。何故ここに?」
この大男こそヒューマニアの王バシレウスであった。
王は、ジーヤをみて穏やかに微笑むと立ち上がりながらジーヤの問いに答えた。
「民の助けを呼ぶ声が聞こえたのだ。お主がいるならばもう安心だな」
ジーヤは、伝えきれない感謝の念を表現するために、何度も頭を下げた。そんなジーヤを気にもとめずオージの視線は、王に釘付けだった。王が放つ圧倒的な存在感に、小さな心が飲み込まれそうだった。
「それでは私はもう行くぞ。後は頼む」
去っていく王にジーヤはもう一度深く頭を下げた。オージはその姿を追いかけるように立ち上がり、初めて自分の未来を想像した。 遠ざかっていくその背中を目に焼き付ける。
「オージや、無事か!?心配したんだぞ!」
王の姿が見えなくなると、ジーヤがオージに駆け寄った。肩を掴む手が震え、心配と安堵が声に滲んでいた。だが、オージの目はまだ遠くを見つめていた。
「おい!聞いておるのか!」
ジーヤの言葉はオージには届いていなかった。オージは、目を輝かせジーヤに語りかける。
「ねぇジーヤ!僕、王様になるよ!」
2人を陽光が照らし、あたり一面を綺麗に輝かせた。
まるで、オージのはじめての決意を祝福しているかのようだった。
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「んで、そこからジーヤに修行やら勉強やらみっちり教えてもらうようになったってわけ」
オージは迷宮の道を歩きながら、懐かしそうに語った。
「君にとっては、それが君の運命変える出会いだったってわけだね」
ワカもオージの話を静かに聞き入り、満足そうな表情を浮かべている。
「まあ、単純な子どもだったからな!……ところで道こっちで合ってんのか?」
オージは急に我に返り、周囲を見渡した。迷宮の通路は似たような壁が続き、方向感覚が狂いそうだった。
「分からないが前には進んでいるさ。ほら、開けた場所に出そうだぞ!」
ワカが指差す先から、わずかに光が差し込み道の終わりを示していた。2人は、そのままその光へと向かった。
「あれ?ここは……」
目の前に現れたのは大きな扉と『第一の試練 大迷宮』と書かれた岩盤。立ち尽くす2人。どうやら元の場所に戻ってきてしまったらしい。ワカの手握る巻物に書かれた『疑え』という文字が彼らを嘲笑うかのようだった。