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第10話 第二の試練 惑わせの別れ道

「やっぱり、ここに戻ってきちまうな」

 2人は何度か扉から迷路に入ったが、どの道を通ってもはじめの場所に戻ってきてしまっていた。

 松明の光が石壁を頼りなく照らし、揺れる炎が壁の凹凸に長い影を投げていた。地面の小さなヒビからは冷たい風が吹き込み、通路を抜けてオージの首筋を冷やした。   

「落としたはずの石もなくなるね。」

 ワカはしゃがみ、地面に指を這わせる。目印の小石が消えた跡には、薄い埃が風に揺れていた。

「逆戻りしても角を曲がると石がなくなるのは絶対何かおかしいぜ」

 オージも腕を組み頭を悩ませる。

「私たちがもと来た道も、いつの間にかなくなってしまったしね」

 立ち上がり、後ろを振り返ると、大岩に追われていた通路は岩で塞がれ、壁になってしまっていた。さすがのワカも笑顔が消え、いつもの余裕さが薄れている。

「ん〜、見た目は一緒だけど、ここが最初の場所とは違うとかか?」

 オージが首を傾げ、壁に手を伸ばした。指先が触れた石は冷たく、湿気を帯びた感触が掌に残る。 

「その可能性もゼロではないが……試しにここに置いていた服の布切れは、そのまま置かれているんだ」

 オージが地面に目を落とすと、新調した服の裾からちぎった小さな布切れが、風に揺れながらもその場に留まっていた。  

「それじゃあ迷路の中だけが変わっているってほうが自然か」

 オージはしゃがみ込み、地面に置かれた小さな布切れを指でつまんだ。 目を細め、口はゆがんでいる。頭の中で何かが繋がりそうで繋がらない感覚が、彼の胸をざわつかせた。

「おそらく魔法だろうね……ただ、解決方法は思いつかないね……」

  ワカは立ち上がり、巻物を広げながら首を横にふった。試練の複雑さに、表情は険しさを増すばかりであった。

「『疑え』っていったって何を疑えばいいんだよ」

 オージも巻物を覗き込みながら、眉間の皺はどんどん深くなっていく。思わず口からため息がこぼれる2人。

「はぁ、こんなゴールもない迷路に閉じ込められて、このままだと一生外に出られないぜ」

 オージが壁に額を押し付け、疲れた声で呟いた。冷たい石の感触が額に染み、肩が重く落ちていた。  

「ん?オージ今なんて?」

  オージが皮肉まじりに発した言葉に、ワカの耳はピクリと反応する。松明の光が彼の瞳に反射し、一瞬だけ輝きが増した。  

「いや、だからこのままだと一生外に……」

 オージが言いかけたところでワカはその言葉を遮った。

「その前だよ!この迷路にゴールがあるなんて誰も言っていないじゃないか!」

 ワカの声は次第に熱がこもり、険しかった表情は次第に和らいでいく。ワカが一歩踏み出すと、地面の埃が小さく舞い上がった。 

「いやいや、迷路に普通ゴールがあるもんだろ……あ!」

 オージが反論しかけて、言葉を止めた。ワカの指摘が頭に突き刺さり、巻物の『疑え』が突然鮮明に浮かんだ。目がカッと見開かれ、心臓が一瞬跳ねた。  

「そう!その普通を疑えということなんじゃないか!?」

 ワカが指を鳴らし、オージに顔を近づけた。二人の間に流れる空気が熱を帯び、迷路の冷たさを一時忘れさせた。  

「そうだとしてもどうすりゃ……」

 オージは注意深くあたりを見回す。風が足元を抜ける。その流れは不自然に強く、どこかから漏れ込むような気配を感じさせた。  

「この場所やたら風が入り込んでくると思わないか?」

 ワカは探るように足で地面を叩き始めた。叩く音がこの空間に軽く響く。 

「確かに、通路が外に繋がっていないなら本当は空気も入りこまないはずだな」

 オージも壁に手を当てながら辺りを探っている。壁に目を凝らすが何も怪しい点は感じられない。

 ワカは地面に膝をつき、耳を近づけた。かすかな風の唸りが聞こえ、空洞のような響きが耳たぶを打った。胸の奥で何かが弾けたような感覚が広がった。  

「オージ、構えろ!」

 ワカの叫びにオージが振り返ると、ワカは高く宙に舞っていた。

「な!?」

 ワカが拳を構える。オージは身構えることしかできなかった。

王家の拳骨ロイヤル・ナックル!」

 ワカの拳が地面に叩き込まれると、鋭い衝撃が迷路を揺らし、石が砕ける音が耳をつんざいた。地面が陥没し、下に広がる暗闇が二人の前に現れた。風が一気に吹き上がり、松明の火が勢いよく燃え上がった。


「お前わざといきなりやってるだろ!」

 瓦礫の中からオージが顔を出し咳き込みながらワカを睨みつける。だが、顔に浮かんだ苛立ちはすぐに呆れ顔に変わった。

「はは!まぁ、先に進めたんだからよかったじゃないか!」

 ワカは明るく笑い、いつもの調子に戻っている。ワカとは違い、瓦礫の上に上手く着地している。 

「はぁ……ん?さっそく次の試練みたいだぞ」

 オージは瓦礫を除けながら立ち上がった。崩れた地面の先に薄いホコリに覆われた石碑が目に入る。 

「なんだよ、ドキドキ2択クイズって……」

 オージは石碑に近づき、刻まれた文字を指で拭った 。

 石碑には『第二の試練 ドキドキ2択クイズ』 と大きく書かれその下に細かな文字で文が続く。

 ワカも近寄り、石碑を覗き込む。 

「ふむふむ、ちょっと読んでみるよ」


第二の試練 ドキドキ2択クイズ

 問い あなたは1000人の民を抱える一国の王です。あなたの国は食料難により国滅亡の危機に瀕しています。そんなとき、あなたの目の前に恐ろしい悪魔が現れました。その悪魔は「1000人の民を救ってやる代わりに10人の生贄を捧げよ」と言いました あなたはどうする? 左 1000人の民を救うため悪魔と契約する

右 誰一人犠牲にしない方法を模索する


 読み終えると2人は辺りの景色に目を移した。

 石碑の両側には二つの通路が伸び、暗闇がその先を飲み込むように広がっていた。風が止まり、静寂が石碑の周りを包んだ。


「つまり正解だと思う方の道に進めってことか?」

 オージは眉に手を当て左右の道を交互に観察した。どちらも先の様子は見えない。冷たい風が通路から吹き込んでくる。オージの頭には村の民やジーヤの顔がちらついていた。  

「おそらく、そういうことだね」

 ワカは巻物を握りこみ、頭をコンコンと叩き、考えるような仕草をした。オージも同じく腕を組み石碑の文字をじっと見つめている。2人の肩に石板の問いが、重たくのしかかる。少しの沈黙の後、

「左だね」「右だな」

 と2人は同時に答えを出した。2人の視線が動くことはなかった。お互いがお互いの出した答えを噛み締めている。しばらくして、オージが重たい口を開いた。

「誰ひとり見捨てねぇのが王ってもんだろ?」

 オージの声には力がこもるが目には一瞬の迷いが浮かんだ。

「時に厳しい選択をするのも王の役目だよ」

 ワカも冷静に答えるが、口元はわずかにゆがんでいた。 

「巻物にはなんて?」

 オージの問いに反応してワカが巻物を広げる。 

「『第二の試練 己を信じよ』とだけ書かれているね」

 ワカの声が静かに響き、石碑の周りに重く沈んだ

 2人はここで議論し合っても仕方がないことを悟った。

「別々の道を行くしかねぇな」

 オージは息を吐くように呟くと、右の通路に向かって歩き出した。足音が岩に反響して二人の間に溶け込む。

「ここで一旦お別れだな。また会えることを楽しみにしているよ」

 ワカも軽く手を振り、左の通路に進んでいった。冷酷な判断が必要と頭では感じているもののオージの純粋な理想が彼の心に波紋を広げていた。通路に入る瞬間、二人の目が合う。2人はお互いを肯定し合うかのように小さく頷いた。背中が闇に溶け込み、松明の光が届かなくなると、静けさが一層深まった。


「あれ、俺1人で進んじまったらこの先どうすりゃいいんだ?」

 暗い通路を歩きながらオージが呟く。道中、先ほどの問いが頭の中を駆け巡る。自分が出した答えが正しいのかということよりも、何故ワカが自分と違う答えを出したのかということにオージは考え込んでいた。ワカの現実的な言葉が彼の心を揺らす。

 すると程なくして石の壁が現れた。行き止まりだ。通路は一本道で通る道を間違えたわけではなさそうだった。

「……引き返すか?」

 オージが壁を叩くと、低い音が返ってくるだけ。だが、その音に何か違和感が混じっていた。

 オージは目を閉じ、深呼吸をした。 

「いや、そうじゃねよな。『己を信じよ』だ」

 巻物の言葉が頭に響き、村の民の笑顔が浮かび、覚悟が胸に灯る。自分の選択を信じる力が自然と湧き上がった。

 指先に魔力を集中させるオージ。 

イカヅチ!」

 渾身の一撃を壁に叩き込む。雷鳴が通路を切り裂き、壁が砕け散ると、眩しい光が目に飛び込んできた。と同時に、すぐ近くでも岩盤を揺らすような大きな物音がした。先へ進むとワカも、通路から出てきたのであった。

「やっぱりそういうことか。どっちも正解だったってことだな」

 目を合わせて、2人は笑い合う。意外にも2人とも驚きはないようだった。

「……どちらも正解ではなかったともいえるかもしれないね」

 ワカの言葉は重たく響く。表情は穏やかだったが、目には強い意志のようなものが宿っていた。 

「王の道に正解はないってことか」

 オージもワカの言葉を受け止め、拳を強く握り込んだ。2人の視線が先の道へ移り、重なる。 

「あぁ、自分で作るしかないんだよ。正解は」

 2人は次なる試練に向けて歩き出した。その一歩は2人の新たな覚悟を象徴するような強い一歩だった。 

「先に進もう」

 2人の視線の先に映っていたのは明らかに今までとは違う魔力を宿した門と大きな石像。そして『最後の試練』と書かれた石板であった。



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